4.愛人始動
大広間は大層着飾った人々で埋め尽くされ、奥の高御座には何だか高貴な中年層らがヒソヒソと話している。
キンキラキンの装飾品が一様に金色で眩しい。この部屋の色彩感覚はなんだかおかしい。
王子が王広間の扉をバーン!!!と開け登場すると
「あ、王子!第四王子がいらっしゃいました!」
大臣たちが慌てふためきながら、招待客へ王子の紹介を始めた。
「王子!本日は王子の妃候補として諸侯・大夫の淑女さまたちが一同に会し…って、なんですか、その娘は」
一応着飾った蒲公英だが、自分でも場違いなのは深海よりも深く認識している。
大臣ほか正客の視線が痛い。
「あ、よく見たら、牢屋の娘ではないか!」
会場が一斉に動揺した瞬間、王子が蒲公英の肩をぐっと引き寄せ
「これは俺の愛人の、蒲公英だ。」
と大きな声で宣言した。ざわざわ…動揺が波のように会場を走る。
「は!?」
「ラ、ラマンって…王子の恋人ということですか!?」
ざわざわ…
一同どよめく中、淑女の皆さまからは軽い悲鳴まで聞こえる。
「王子、あなた正気ですか?その娘は昨日あなた様に狼藉を働いた娘ですよ!?」
「ああ。わかっている。あれで俺は開眼したのだ」
「‥‥は?」
「女に興味なかった俺が、この蒲公英の一撃で、愛に目覚めたのだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
王子の決め台詞に、しばし誰も口をきけなかった。
(いやいや…無理があるでしょ。なんだこの芝居)
蒲公英は王子の横で固まる。早くも背中につつつー…と汗が伝っているのがわかる。
(た、助けて。誰か)
団子をむさぼる平八の顔が浮かんだ。
「それはその…王子が…ど、ドMってことですかね?」
大臣が恐る恐る口を開くと、王子は誉め言葉をもらったかのように、頬を染めてほほ笑む。
「そういうことだ。」
(いやいや。王子が何を認めてんだよ…)
蒲公英の張り付けた笑顔はひきつり、王子を取り巻く会場の雰囲気は恐ろしいほどに静まり返っていた。
「な、なるほど!!!王子の嗜好はわかりました。ではこの中の女性でど、ドSの方は?いや、国の娘たちにも聞きましょう!そしてドSの美しい娘を集めて…」
「ならん!!!!俺は他の女なんか要らない。蒲公英1人でいいのだ」
「いやしかし…その娘は…」
「なにがダメなのだ。昨日の事件のお陰で俺は蒲公英に出会い、愛した。それでいいではないか。」
「いや、それでもその娘では…」
「蒲公英もこの国の娘だ。」
「でも見るからに異国の血のものですし…そもそも器量がそんなによくない…」
「は!!???」
思わず蒲公英が般若のような顔で大臣を睨むと、つかさず王子が
「そこは事実だ。認めよう」
と言ったので、蒲公英は王子の脛を思い切り蹴った。
「いでっ!!!」
「王子!!!」周囲の家来が気色ばると、
「と、まぁ…こんな気位高いところも好きだ」
うるんだ目で王子が蒲公英に微笑む。
ざわざわ…ざわざわ
「しかし王子。愛人は所詮、愛人。きちんとお妃は迎えてもらわないと。」
大臣がとりなすと奥にいた紳士らが口を開く。
「お前は仮にも王位継承者の1人。世継ぎは多く必要だ」
王子は切れ長の目をキッと奥へやると
「それは無理だ」
と冷たく言い放つ。
「なぜですか!?王子はお妃も愛人を持てばよろしいのです。まずはこちらよりきちんとした花嫁を選び、愛人とは別に…」
「俺は勃たない!」
「え?!・・・は?」
「女相手に俺は勃たない!そもそも欲情しないのだ。」
「そ、そんなバカな…」
「本当だ。10歳になる頃からあらゆる女が俺を誘惑してきたが、俺の息子が反応した事は一度もない!!」
大広間に解き放たれた衝撃の告白に皆、固まった。
王子の横の蒲公英も固まった。
色々と上級な恋愛用語が出てきてついていけない蒲公英だが、今のは聞いてはいけない話の様だ。
(王子は何やら男として機能しない?…でも霧生とは恋仲なんだよね。それってやっぱり王子は男色家だから?)
蒲公英は霧生を思い出した。
そして霧生の漆黒の髪に指を入れて、愛をささやきながら首筋を愛撫する王子を想像した。
ついで霧生の何物にも屈しない毒のような魅惑の身体が王子の手でしなやかに崩れる様子を想像した。
(う…☆素敵。なにそれ。)
蒲公英は、今まで感じたことのない位、興奮してきた。
(いや、待てよ)
あの霧生が王子を捕まえ、なだめる王子を追い詰め、強引に迫る…そんなのも素敵だ。
「うふ…うへへえっへへhh」
蒲公英の気持ち悪い笑い声で、大臣たちも我に返った。
「ではその娘!その娘はどうなんです?女には欲情しないのでしょう!?」
「その娘も一応女ですぞ!」
大臣たちが騒ぎ出すと、王子は微笑み…
「それが不思議なのだ。蒲公英にぶん殴られた瞬間、俺は…」
王子が急に、蒲公英の顎と一緒に唇までも掴むと、顔を寄せてかぶりつこうとしたので、
「ぎゃぁ!何すんのよ!!」
蒲公英は思い切り王子の顎にアッパーくらわした。
王子は2秒静止し、
「…俺は興奮して勃った」
と潤んだ瞳で言い切った。
「蒲公英だけなのだ…この粗忽で不器量なこの娘に限り…」
王子が蒲公英の胸を後ろからぐわしと掴み、首筋を吸い上げると
「ぎゃぁぁぁxx!」
蒲公英は振り向き様に王子にヘッドロックを決めた。
「…この身体に触りたいと思う。恐ろしいほどに欲情するのだ。」
倒れた王子がすく…と立ちあがり、蒲公英のバックを取ると耳を食み太ももを撫で上げると、おぞましさに打ち震えた顔の蒲公英が王子に大きく回し蹴りを決めた。
「しかし、この娘は異国の血をひく、どこの馬の骨かもわからぬ無法者。」
王子が蒲公英をホールドし、両腕で蒲公英の頭と腰を締めつける。
「到底、妃にはできぬが…、しばらくはこの娘を愛人にして情事しまくろうと思う。」
王子が蒲公英の頬に自分の頬を重ねながら、熱く宣う。
「ねぇ?ハニー。俺に女の良さをたっぷり教えておくれ」
王子がぐぐぐと蒲公英に口づけを迫ると蒲公英がぐぐぐ…と両手で王子の顔を掴みにかかる。蒲公英の爪が王子の顔に食い込んでいるが
「ああ…そんなツレナイ君が愛おしい。これからベッドでどんな風に啼かせてあげようか」
「この変態…っ!!!」
目の前で繰り広げられる王子と蒲公英の攻防戦を皆、唖然と見ていた。
いくら恰好よくても王子でも…
私には無理だわ…
王子にあんな暴言に狼藉、私はできません…
あの王子じゃ、私の手に余る…
変態…無理。
会場の高貴な淑女たちの心の声が聞こえてくるようだった。
奥間の高貴な中年層らは、家来と共に姿を消し、残された大臣らは決断するしかかなった。
どうやら、ド変態な第四皇子に今すぐ結婚は無理そうだ。
よくわからないが、あの娘を愛人に置いて、しばし王子には女との情事を練習してもらい、リハビリ(?)後、頃合いをみて正式に妃を迎えよう、と。