第5話 『V』でなく『B』から始まるバンパイアだった(大泉バレンチノ的な)
ボロい魔王城の一室で気まずいファーストコンタクトも済んで。
全裸だった俺は落ち着かず、とりあえず着る物を頼んで待っている状態。
魔王もメイドも楠野さんも一緒に退室してしまったので、丸椅子がちょこんと鎮座する部屋に一人きりだ。
いろんな事がいっぺんに降りかかりすぎて、どれから突っ込んでいいのか分からない。
「とりあえず現状を整理するか……」
低く設定された丸椅子を調節して腰掛け、なんとなく子供みたいにクルクル回る。
使い込まれているのか、中のスポンジがくたびれていて、硬いスプリングが薄いシートを隔てて尻に当たる。
本来なら痛いのだろうが、痛覚が無いため「何かあたる」くらいの感覚だ。
さて、等身大フィギュア型転移装置に投げ込まれ、気を失っている間に辿り着いた異世界ベタリア。
ひび割れた出窓から見下ろした風景は、焼け跡が生々しい禿げ山と、ファンタジー世界のモンスターらしき影が力無くまばらに彷徨っていた。つい今し方まで戦闘が行われていた感じだ。
見通しよくキレイに抉られた周辺の地形。城壁も崩れて敵の侵入を防ぐ手だても無い。このボロい本丸を落とすのは容易そうだ。
こんなどん底ジリ貧の戦況を俺に変えろと言うのか。
「どんだけ無理ゲーなんだよ。アニメの主人公でも無い限り逆転なんかできっこねぇ」
しかもこの身体だ。いや、元の不健康男子ボディの方がもっと無理だな。
好きなアイドル声優結婚のニュースをきっかけに、自暴自棄になって「甘味自殺」を図った俺はひと夏かけて肥え太り、満足に走ることも出来ない体型になっていた。
さっきまでは。
まさか俺の魔改造が原因でフィギュアと一体化してしまうなんて。
我ながらエロいボディに魔改造したなと自虐の笑いが漏れる。身体が自分好みの美少女になっても、制作者が自分なだけにムラムラした感情が湧かないのは救いだな。
ふと手の平を見れば、指先を中心に真っ赤に染まっていた。
「うおぁっ!」
得体の知れない人形ボディでも血は流れているんだなぁ。空洞だったこのボディには何が詰まっているのだろうか? 液状になった俺とか考えたくもない。
痛覚が無いのは不便で、出窓に触れた時にガラスで盛大に切ったのに気がつけなかったようだ。まぁ、痛くないのはいいけど。
なんにせよ、変貌しきった自分の身体を前向きに捕らえるには時間がかかるな。
止まる気配無く滴る血に不安が募りはじめた頃。
「またせたの」
軋む扉を開け、魔王を先頭に三人が戻ってきた。
「うぁ、たれ流しじゃのう。早く止血してやれ」
メイドさんは、四角く畳まれた新品の服を楠野さんの両手に乗せかえると、俺に駆け寄って手当をしてくれた。
「ザクザクじゃにゃいですかぁ。痛くにゃいです?」
「なんか痛覚が無いみたいなんで大丈夫です」
傷口を見るに、パテで埋めときゃなんとかなりそうな気もしてきた。もとはフィギュアなんだし。
「では、この速乾パテでぇ……ふんふんふふん」
傷薬、パテだった。
メイドさんが陽気な鼻歌と共にエプロンからパテチューブを取り出すと、手際よく裂け目を塞いでいく。
「転移装置と融合するとは不思議なことが起こるものじゃのう」
外国映画みたいに、一匹のハエが迷い込んでいたらと思うと恐ろしい。
「ま、物は考えようじゃ。顔パーツに魔改造が施されていないのは幸い。妾の影武者として矢面に立ってもらう。我ながらナイスアイデアじゃ」
無茶振りにもほどがある。
決め顔で俺を指さす魔王様。フンスと鼻を鳴らしてご満悦だ。
「ベル様ぁ? 影武者の意味、分かっておられます?」
ガバガバのナイスアイデアに異を唱えるメイドさん。
「そうだぞベル子。助っ人の域、超えちゃってるじゃねぇか」
早めに主導権を握らねば命がいくつあっても足りない。
「おまっ、ベル子て。一応、妾は魔王じゃからな? 魔王ベルアーチェ様じゃからな?」
「なんか言いにくいんだよ。それより早く着る物プリーズ」
開き直る俺。せめて対等の立場にもっていかねば。
「ベル子様ぁ、彼は魔王軍初の召喚勇者にゃんですよぉ? ここは彼の意を汲んで、もっとチヤホヤするべきでは?」
そこまで要求していません。
「仕方ないのぉ……」
魔王様あっさり流されちゃったよ。それだけ切羽詰まる状況なのかな。
「アンズ君。これ着て」
楠野さんから手渡された衣類。念願の服は服だったが、
「ピッチピチのTシャツて!」
不服だった。
「さっきSSでお願いされたから」
確かに言ったけども。サイズの話じゃないからね? 細かいとこ拾うね楠野さん……
「下乳はみ出してエロいですにゃあ、影武者様」
SSだからね。
「……で、下は? 下」
Tシャツだけ渡されましても。いや、こんなチビTに袖通してる時点で俺かなり融通してるよ? 恥ずかしいけど着ないよりマシだから。……マシなのか? これ。もうわかんねぇよ。
「すみませんねぇ。ウチ、女所帯にゃもんで男性下着はどにょタイプをご所望で?」
「このビジュアルに男物下着ってどうよ」
女性下着の着用はドキドき…… 気が引けるが、見た目の印象が大切だろう。
「待って待って、楠野さん。しょーがないわねぇ的にたくし上げたスカートの中からゆっくり両手を出そうか。いやいや、パンツ脱がなくていいから。「どうしました?」って顔もヤメテ?」
楠野さんの使用済み下着はとても魅力的だけども。
「逆に丸出しという線もアリじゃな!」
ねぇよ。痴女ばかりか、ここ!
「俺にチビT1枚、下丸出しで戦場を駈けろと? 言っておくけど「お前の」影武者なんだからな? 攻めたファッションを履き違えるな。まぁ履いてないんだけども。結局はベル子の評価になるんだぞ」
今もスク水ドレスって珍妙なチョイスの子だから、ベル子のセンスではアリなんだろうけど。
「フンッ、バカめ。そういう次元ではないのじゃ」
「あ! 私、わかっちゃいましたぁ! ビーフィー様にぶつけるんですねっ」
「ビーフィー様って?」
初戦の相手だろうか。
「説明がまだじゃったのう。まぁ目先の敵じゃな。大魔王が勇者に瞬殺されたと知るや、次期大魔王の座を狙う輩同士で内戦が起きておる」
「ベル様は魔王の中でも最弱。大魔王の座に興味がにゃくても、邪魔にゃので他の大魔王候補が首を取りに来ますにゃ」
こんな切ないテンプレ台詞初めて聞いたよ。
「牛虎宮の乳牛女がここぞとばかりに攻めよるのじゃ」
「狙いが命じゃにゃい所がまた…… 良いにょか悪いにょか」
二人の溜め息がシンクロする。
「煮え切らないなぁ。そのビーフィーって強いの? それ以前の問題で、殴り合いとかした事ないんだけど俺」
これ重要。
「見た目はこんななっちゃったけど、ほんとの意味で普通の高校生だからな? いや、謙遜じゃなくて。なんなら血糖値が高い分、中身はただの不健康男子なんですが」
「それじゃ」
「どれよ? 今の中に逆転要素、皆無だろーが」
思春期男子にすら組み敷かれてアウトだよ、性的な意味で。
「血じゃよ、血。妹から聞いておらんのか?」
バンパイア設定か。楠野さんの妄想話でなく、やはり本物のバンパイアなんだろうな。
ベタなところでは、血を吸って俺を眷属にって線なのかな。
「糖分でドロッドロだけどいいの?」
「お主が食べたビッチリマンチョコは魔力を凝縮して造り出した物。あとは妾が「ちーと」とやらを与えれば、単騎で魔王の離宮ひとつ簡単に落とせるじゃろ」
おお、チート。現代っ子の俺には心地よい響きだ。
「俺もついに能力者かぁ。で、ベル子はどんな属性なんだ? ベタに『闇』とか」
「ぞく……せい? 家柄みたいなものかの。『血吸い家風』じゃな」
「『地水火風』! すげぇ、四大元素全部か! なんかテンション上がってきた」
やっぱロリキャラほど最強説は正しかったんだな。
「地水? なんか微妙に噛み合ってない気がするんじゃが……?」
「ベル子ちゃぁん、早くぅー、チート能力くれよぉー」
「相当浮かれておるな。ベル子言うな! ホレ」
ホレて。
ついと差し出されたのは楠野さんだった。
「んんー? なぜ楠野さん?」
「早く受け取らんか。んんー?」
「んんーじゃねぇ。お前のその「んんー」はどっからくるんだよ? 確かに楠野さんはチート級の可愛さだよ! でも俺を倒してどうすんだ」
赤らんだ頬を両手で隠し、顔をフルフルする楠野さん。さっそく俺が仕留められちゃったよ、カワイイなぁ、もう!
「わっかんねぇかなぁ、欲しいのは童貞を精神的に殺す能力じゃねぇんだよ」
それならこのボディだけでもお釣りがくるはずだ。
「せっかちじゃの。我が妹は燃料の入っていない武器の貯蔵庫みたいなものでな」
「ミリィ様は豊富にゃ術の知識はありますけど、それを発動するだけの魔力が無いのですよぉ。私達では規格が合わず認識されませんしぃ」
「俺が楠野さんの燃料になって、『ニコイチ』で運用するってこと?」
「概ね正解じゃな」
「え、じゃ何? 俺を介して楠野さんが能力を使うの? なんだその一回仲介が入る不便な能力。もう俺のチートじゃないよね?」
だって楠野さんのさじ加減ひとつだもの。
「だから契約するのじゃ」
バンパイアとの契約。このままだと楠野さんに血を吸われて一生奴隷生活だ。楠野さんに養われる人生も悪くないっちゃ悪くないのだろうが……
「ちゅっ」
斜め上の人生を妄想…… シミュレートしていたら、いつのまにか楠野さんが首筋に噛みついていた。
痛みは感じとれないが、白く鋭利な歯がかなり深く刺さっている感覚があった。覚悟を決めてされるがまま数分。
「私に血を吸われたからには私がシモベ」
何言ってるのこの子。まぁ俺の知る楠野さんは、大体こんなだけどさ。
「どうしました?」
小首を傾げてデフォルトのフレーズ。
「それ、こっちのセリフだよね」
なんで血を吸った側がシモベなのよ?
「普通、バンパイアったら、吸われた側がシモベになるんじゃないの?」
「それは『ヴァンパイア』じゃな。我らは『ブンパイヤ』じゃぞ? マイナーな種族じゃから聞き間違えても仕方ないがの」
「何ソレ? いわゆる『V』じゃなくて『B』から始まる感じ? 一気に胡散くせぇな!」
「分かりやすく『分配屋』じゃな。持ってる能力を分け与える種族なのじゃ」
なんだその偽物ブランドのようなネーミング! 色んなイメージがガラガラと崩れていくと同時に、俺自身も膝から崩れアルファベット三文字態勢になっていた。
「アンズよ。放心しておる暇はないぞ? さっそく反撃開始じゃ」
「ナーヤ・ロックルゥ with八万の大量兵の犠牲を無駄にしないためにも絶対に勝つのじゃ! トローリィーッ!」
ベル子の怪しげな檄に拳をつき上げ「おおー」と返すメイドさん。