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第4話 安易にTSする(ただし、等身大人形)

 楠野さんに問答無用で転移装置へと投げ込まれてからどのくらい時間がたったのだろう。

 俺の最後の記憶は、焼き海苔で太眉になった親父が、急造の顰めっ面にVサインで見送る姿だった。

 オーロラがうねるゼラチン質の層に埋没して呼吸が出来なくなり、そのまま意識が遠のいてしまった。

 今はなんとか覚醒しつつあるが、まだ動くどころか目も開けられずに朦朧としている。


「ミリィよ、結果はどうあれご苦労じゃったな。さすがは我が妹」

「はい」

「でも、ベル様ぁ? 目覚める気配にゃいですねぇ……」


 たぶん俺の事だろう。

 ゴツゴツした石畳の上に寝かされているようで、背中が少し痛い。聴覚を頼りに集中すると、俺を中心に両サイドと頭側で計三人いるのかな。

 舌足らずなロリボイスなのに口調が年寄り臭い子と、な行がネコ語になっている頭の軽そうな……奔放そうな子、そして聞き慣れた楠野さんの声だ。


「この転移装置でよく転移できたのぉ」

「そうですねぇ。彼に現地組み立てを丸にゃげしたこちらにも非はありますがぁ……さすがに原型とどめてにゃいですもん。男子高校生の煩悩にゃめていました」


 すいません。魔改造犯人、俺です。


「でも、こにょ寝顔は眠れる森の美女的でグッときちゃいますぅ」


 まさかのデブ専? マジか。この子の美的センスを疑ってしまう。


「ではではでは! 私、ナーヤ=ロックルゥめが目覚めのキッルを!」


 研ぎ澄まされた聴覚が一文字違いの物騒な単語を聞き逃さなかった。


「いやいやいや! それだと死んじゃいますから! LLでなくSSの方でお願いします、服のサイズみたいになっちゃいましたがっ!」


 命の危険を感じて完全覚醒した俺は、飛び起きて転がりざまに土下座する。が。


「え?」


 手が地面に着けにくい。

 その原因はメタボ腹が邪魔とかではなく、肘に当たっている二つの魅惑的な球体だった。

 恐る恐る身体を見てみれば、何という事でしょう。


「俺、全裸じゃん!」


 問題はそこじゃないけども。

 ぺたんと座り込み、プチパニックになりそうな頭を現状確認させることで落ち着かせる。

 まず視界に飛び込んできたのは、細くしなやかな両の五指。

 そのまま視線を落とせば、今までメタボ基準を超えていた腹の脂肪は、話にならない等価交換レートでたわわに実った双丘へと『変肪』しているではありませんか。

 もっちり感溢れるスベスベの太股に力を入れて立ち上がり、華奢な割にしなやかな腰を左右に捻って自分の身体を確認する。

 半分以下まで引き締まったウェストは、今までの『waste』からキュットくびれた完璧な『waist』になっていた。

 スラリと伸びたエロく健康的な脚を支えている足首は、某マグネロボやスペリオル某にも劣らない脅威の細さだ。

 最後のパーツ、意識的に後回しにしていた股間だが。

 思春期男子の好奇心を一身に背負って注視すれば、ふたつの意味でツルっツルだった。

 落胆半分、安心半分。そして確信した。


「……等身大魔改造フィギュア」


 股間以外、俺の妄想が百パーセント反映された造りですもの。改造者、俺ですもの。

 フィギュアと同化しちゃってるって、俺のアニメ脳が囁いていますもの。


「ホレ、しっかりせい。アンズよ。大丈夫かの?」


 俺の目の前で、蜂蜜色の縦ロールをみょんみょん弾ませた幼女が背伸びをして、ちっちゃな

手の平を振っている。


「魔王……ベルアーチェ……?」


「うむ。我が居城『清心宮』(セイシンキュウ)へようこそなのじゃ」


 その姿は俺が魔改造するにあたり、さんざん後ろめたい気持ちにさせられた、その本人。生ベルアーチェである。


「こうして並んでいると、ビフォーアフターみたいですぅ。ツルっツル含め、真逆じゃにゃいですかぁ」

「おまっ、妾がボーボーであるかのようにっ! 見るか? 妾の美しいセラピーロードをっ!」


 セラピーロードの意味するところがよく分からないが、色んな意味で俺はここにいていいのだろうか。


「はいはい、ベル様はしたにゃいですよー」


 好奇心で瞳を輝かせた猫耳メイドさんは、スク水の切れ込みに手をかけて吼えるベルアーチェを抗議ごと軽く押しのけ、俺との間に割って入る。


「さすがに思春期男子ですねぇ。際限無い欲望がてんこ盛りの造形と言いますかぁ『ボクの考えた最強の美少女』ってカンジで良いと思いますぅー!」


 一通り値踏みを終えたメイドさんは俺の背中に密着する。背中越しに彼女の体温や「ふにょん」とした魅惑の弾力が伝わってきた。


「衣服のキャスト製パーツは転移した時にオフった感じですかねぇ」


 オフったの意味がよくわかんねぇな。

 今、俺の全身はセルロイドに近い柔らか新素材柔のはずだが、全裸で土下座したのに痛覚が無い以外、五感は以前と変わりなかった。

 背後のメイドさんが、柔らかな手を俺の両肩に添え、肩越しに小さく整ったあごを「にゃーん」と乗せる。


「もうコッチがベル様でいいですぅー!」

「妾だって成長すればこうなるわい」


 見た目と反比例してこの中では年長者っぽい気がするけど、この魔王に伸びしろはあるのだろうかと心配してしまう。


「つるぺた寸胴って、彼に完封されちゃってるじゃにゃいですかぁ。せめて「パピコ」くらいのシルエットになってからまた来てくださいですぅ、ぷぷ」

「ぐぬぬ……」


 魔王の大きな瞳には悔し涙がこぼれ落ちそうだった。いたたまれねぇよ。


「ベ、ベルアーチェさま、ドンマイ」


 ほどよい位置に差し出された光沢のある蜂蜜色の頭は撫で心地が良くて、小さい頃の妹と同じ感覚でポンポンしてみた。


「ポンポンやめい、一応魔王じゃぞ」


 手の甲でぐしぐしと涙を拭い、無い胸をはるベルアーチェ。痛々しくも健気だな魔王……


「そもそもお主が転移装置を魔改造なんかするからじゃ! 気合い入りすぎじゃろ、原型留めていないにもほどがあるではないか」


 言ってて虚しくならないのだろうか? さすがに聞けない。聞いてはいけない。


「聞いておるのか? 妾の顔で哀れんだ表情向けるでない! これでも一部に熱狂的な支持者がおるのじゃぞ」


 不毛なプライドを誇示する魔王。

 自分では見えないが、俺の表情筋は「哀れんだ表情」に拍車がかかっていることだろう。


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