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第3話 糖質50%増量中(悪い意味で)

「わかりやすいな、アイツら!」


 慎重そうな割にベタなスポットを選択する市川。

 それだけバレても切り抜けられる自信があるのだろう。知恵があるぶん、優等生ヤンキーめんどくせぇ。

 屋上から校舎裏へ向かう途中、まだウロウロしていた宗介に屈強な教師をオーダーし、市川達のあとを追う。

 俺の鈍足では間に合わず、現場に到着した時には。

 楠野さんに胸ぐらを掴まれた市川が、容赦なく頬を張られているといった、予想外の光景が展開されていた。

 無表情で機械的に平手の往復を繰り返す楠野さんは少し怖くて、止めに入るタイミングが遅れてしまった。

 結果、タイミング悪く宗介が連れてきた教師達に暴力現場を見られてしまい、楠野さんは一週間の停学。市川は持ち前の優等生仮面で被害者になろうとしたが、俺が賭けをしていた事をチクって同じく停学にしてやった。可哀想だが当然同罪の宗介も停学するはめになり、さんざん文句を言われた。

 引け目を感じた俺は悩んだ末、久しぶりの登校だったが、また明日から自主停学をしようと心に決め帰宅した。


「おお、我が息子のご帰還だ!」


 大げさな身振り手振りの末、強引にハグしてくる濃い顔のオッサン。


「はなせ親父、毎度毎度よく飽きねーな!」


 四十半ばを過ぎて未だに現役の中二病患者だ。


「仕事は見つかったのかよ」


 高身長でガッシリした体格。衣服こそ上下九百八十円のジャージだが、黙っていれば貫禄のあるハイスペックな渋い中年って感じだ。たぶん。


「療養中なんだから優しくしてくれてもいいだろう?」

「二度と中二病で療養中とか言うなよ!」


 会社では見た目と言動のギャップで空回り、どこも長続きせず最近の主な職業は自宅警備だった。

 小さい頃は親父からよく練られた設定の妄想話を聞かされたもので、俺の楠野さん耐性は親父のおかげと言ってもいい。褒められた恩恵じゃないけど。


「そう言えばお客さんがお待ちかねだぞ」


 足もとに視線を落とせば、見慣れないローファーが目に入った。


「誰?」


 きちんと揃えられた小さな学生靴に少しヤな予感が走る。



「お前の彼女だと言ってたから、部屋の方で待ってもらっているぞ」

「なんだよ彼女って!? 初耳だよ!」

「だよなぁ。出来るわけないよな、お前に彼女なんて」


 それはそれでムカつく。

 親父と話していても埒があかないので自室へ直行。自分の部屋なのに、扉向こうの気配に緊張してしまう。意を決してドアノブを回す。


「……アンズ君、おかえりなさい。それともワ・タ・シ?」

「楠野さん……?」


 すっげぇ、ドア開けた瞬間にツッコミきれないツッコミ要素満載じゃねぇか! 一瞬時が止まったよ!

 『ご飯・お風呂』をすっ飛ばしての『ワ・タ・シ』はまぁ、よしとしよう。よくないけど。

 巧妙に隠してあったハズの薄い本がジャンル別に山積みされちゃってる机の上も……ギリいいさ。

 でも、俺のベッドで展開されている光景。

 上気した頬で、俺が魔改造した等身大オマケフィギュアと結構なガチ絡みはさすがにアウトだよ楠野さん!


「どうしました?」


 こっちのセリフだよ! 着崩れた制服で悩ましげにこちら見上げられましても。


「いや、この状況はいったい……」


 ご褒美に近いイベントテロに対して言いたい事、聞きたい事は山ほどあるけど、いざとなったら言葉にならない。ってか、イベントテロってなんだよ。


「こういったケースが大好物なのでは? アンズ君の好みは予習済みです」


 なんの予習か怖くて聞けねぇよ。一回のシーンに複数のエロコメイベントちゃんぽんしちゃった感じだもの。


「確かに女の子が俺の部屋で大暴れ(性的な意味で)してるなんて、凄ぇドリーム感があるよ? それは認める。俺もマンガみたいなお約束は好きだから」


 でも正直、怖いわけですよ。こういうのは二次元だから安心出来るのであって、見ず知らずに限りなく近い女の子がリアルでやっちゃうと…… ね。どんだけフリーダムな子なんだと。

 俺は極めて平静を装い、簡易テーブルと座布団を二つ出し腰をおろす。つられて楠野さんもベッドからおりて正座した。


「アンズ君、怒っていますか?」


 相変わらず虚ろな瞳で淡々としている楠野さん。


「インパクトが強すぎて頭が追いついてないのが現状かな」


 親父が客間に通していれば何の問題も無かったことだし。


「俺に用があって来たんだよね?」

「はい。首尾良く停学になりましたし、アンズ君も後追い停学してくれると信じています」


 後追い自殺みたいに。まぁ引け目を感じて、暫く引き籠もり生活に戻ると決めてたけど。


「アンズ君には、この機を利用して姉の手助けをして欲しいのです」


 出た、姉が魔王設定! ファーストコンタクトの戦慄ふたたび! 慎重に言葉を選べ、俺。


「その……さっき楠野さんが頬ずりしてた等身大フギュアのモデルがお姉さんで、転移装置とか言ってたやつだっけ?」


 あまりの背徳感にクローゼットヘ封印していた等身大フィギュア。あっさり楠野さんに引っ張り出されて、今はベッドの上に事後状態で放置中だ。


「懐かしさのあまり度が過ぎてしまいましたが、アンズ君が煩悩たっぷりに魔改造したせいなので仕方ないです」

「え、俺のせい?」


 なんかすいません、お姉さん魔改造しちゃって。


「引くほどの巨乳ですね。姉が見たら斬首されるか褒められるかの二択です。あ! なんですか、この切れ込みは。姉のドレスはこんなに肌色面積は少なくないですよ?あぁ、でもココはもっとスジッちゃっていいと思います。むしろスジれです」


 とたんに饒舌になったなぁ。スジれって何よ。そしてもうヤメテ、俺の羞恥心ゲージ振り切っちゃってるから。


「なんかゴメン。好きな声優が結婚しちゃって、どうかしてたんだよ」

「構いません。骨格から大幅に魔改造されたようですが、姉が成長した姿と思えばそれはそれで……もう眺めているだけでびしょびしょですから」


 真顔でなにを言ってるんだ、この子は。


「ずっと疑問だったんだけど、よく俺が『ビッチリマンチョコ』のオマケフィギュア完成させたの知ってたね」


 不思議な子ではあるが、ストーカーって感じじゃない。そもそも俺自身、ストーカーされる器じゃないし。


「大人買いした駄菓子屋の前で、お友達と話していたじゃないですか」


 アイドル声優結婚の発表に絶望して、甘味自殺しようと宗介を誘った時かなぁ。

 俺は楠野さんのお姉さんがモデルと言い張る、オマケフィギュアの完成写真に目を奪われて箱買いした。そして千箱分のパーツを組み上げ今に至る。


「アンズ君が悲壮感たっぷりに、『コイツを完成させた時が俺の死ぬ時さ』ってお友達に言っていたのを聞いていましたから」

「お恥ずかしい」


 結局、宗介は俺と真逆の断食自殺を選んだ結果、激痩せして髪も染めチャラいイケメンになり、俺はと言えば若くして高血糖に悩まされている。


「私達の裏工作の賜ですから気にしないでください。それ以来、アンズ君獲得のため同じ学校に入ったりと日夜アンズ君の行動を監視していました」


 ストーカー説ほぼ正解だったよ! やべぇ、切り抜けられる気がしねぇ。


「その口ぶりだとピンポイントで俺だけを狙ったように聞こえるけど、なんで俺?」

「アンズ君がジャン=ヴァールの息子さんだからです」

 ジャン=ヴァールって…… 親父の中二名じゃねぇか、何吹き込んでくれてんだ、あのバカ親父!


「もしかして、バカ親父と会話弾んじゃった? なんかシンパシー的な感じで」


 親父の本名、樹安晴。イツキ・ヤスハル、すなわち「ジュアンバル」転じてジャン=ヴァール。

 息子の俺は樹杏。イツキ・アンズで「ジュアン」。小さい頃に親父と合わせて『ジャンバルジャン』だとか名前の由来を聞かされた。駄洒落で命名するのはいかがなものか。


「まさか初対面の女の子に、いきなり『ジャン=ヴァール』なんて魂の名前で名乗っちゃってた?」


 いくら中二病をこじらせているとはいえ、四十過ぎのいい大人だ。そんな事はないだろう。ないハズだ…… たぶん。


「いいえ。双方こちらの世界での名前で自己紹介しただけですよ? 軽い魔力比べはしましたが」


 開口一番というか邂逅一番というか、シンパっちゃってたかー


「親父はもう手遅れだけど、楠野さんには目を覚ましてほしいなぁ……」

「私が覚醒するにはアンズ君の手助けが必要です」


 どうにも会話にズレがあるなぁ。仕方ないけど。


「オーケー、オーケー。俺も自主停学するって決めてるから、とことん楠野さんに付き合えるよ」


 ここはある程度彼女の妄想に乗っておくか。


「では、さっそく転移装置を起動させましょう」


 十キロ近い等身大フィキュアを片手で軽々とベッドから降ろす楠野さん。細っそい白磁のような腕のどこにそんな力があるのか。


「起動っても、中身からっぽだよ?」


 可動関節だからポージングは自在ってニュアンスではないだろう。

 触り心地が極上の、謎の新素材で構成された等身大フィギュアの中身はほぼ空洞だ。組立てと魔改造する時に確認している。


「魔法アイテムですから問題ありません。起動キーはキスです」


 ベタだよね。ちょっと意地悪してみようかな。


「えー、俺の初キッスが人形て悲しくない?」

「てっきりアンズ君は組立てた時点でフィギュア相手にキス以上の事までされていると思っていましたが、意外です」


 心外です。


「確かに組立中は変なテンションで危なかったけど、こう見えて紳士なんだぜ?」


 アイドル声優結婚のダメージの方が強かったってのは黙っていよう。


「では、私が先に貰いますね」


 楠野さんはおもむろに眼鏡を外し、丁寧に胸ポケットへ入れる。


「へ? むぐゥッ!」


 からかい半分で油断していた俺は、一瞬のうちに楠野さんの両手で顔を固定され唇を奪われる。その甘美な口づけに思考も停止し、なすがまま押し割ってくる滑らかな舌を堪能してしまった。

 勝手なイメージで、楠野さんなら目を閉じた優しいキスなんだろうなと思っていたが、現実は終始まばたきひとつせずに静かな炎が宿る瞳でジッと俺を捕らえていた。

 予想外な行動に混乱しているせいか、楠野さんの紅潮した顔が離れる直前、俺のマヌケ面が映り込んだ彼女の瞳が紅く輝いた気がした。


「どうしました?」


 余韻に浸る事なく赤フチ眼鏡をかけ直し、なにごとも無かったかのように平然としている楠野さん。


「こ、こっちのセリフだよ! 何で俺なんかに……」


 デブオタにためらいもなくキスって。あんたクレイジーだよ! しかも結構大人な感じのじゃないか? あれって。よく知らないけど。でも、ごちそうさまです。


「遠回しにおねだりされたのかと思いまして」

「おねだり?」

「ファーストキスがまだのようでしたから、『ヘッヘッヘッ、俺にキスさせたきゃ、まずはお前の唇をよこせ』的な? これで後顧の憂い無くフィギュアとキスできますね」


 なんか、楠野さんの中の俺って凄いゲス設定なのね。


「わかったよ。楠野さんの覚悟に報いるよう努力するさ」


 観念して等身大フィギュアとキスをする。何やってんだ、俺。眠れる森の某じゃなしこんなんで何か起こるなん……


「……ってぁ!」


 思考終わりにマヌケな声が出てしまった。


「テァ?」


 小さく復唱する楠野さん。いやいや英語じゃないよ? 小首傾げてキレイなRの発音されましても。それどころじゃなく、等身大フィギュアが妖しく光ってるんですけど。


「成功したようですね。ここまで魔改造されては正直起動するかも不安でしたが」


 耳鳴り音とともに発光が強くなっていく中、淡々と経過を見守っている楠野さん。

 等身大フィギュアの腰部分から上半身が外れて宙に浮く。上半身と下半身の間には支柱もなにも無い。例えるなら、果物を押し上げて腰振りダンスをしながら上半分を支える猫がいない状態、まさにイリュージョン。

 発光が収まった後、恐る恐る輪切り状になった空洞のはずの分割口を覗けば、オーロラのような膜が生き物のように波打っていた。


「さ、ここからベタリアへ転移できますよ」


 この異次元の膜的なやつ、何かヤバイ! え? ぜんぶ楠野さんの妄想話じゃなかったの!?


「ち、ちょっと待って! 心の準備が……」

「意外とゴネるのですね。男の子はこういう展開がお好きなのでは?」


 俺の片足を鷲掴み、不気味なオーロラがうねるフィギュア下半身の切り口へと強引に近づける楠野さん。


「好ーきーだーけーどーっ! 俺プロじゃないからっ、『いつかは自分も異世界に』って日々努力しているプロフェッショナルの方に悪いからぁーっ!」


 なんだよプロの方って!

 パニックになった俺はバランスを崩し、楠野さんの細い指で足首を掴まれたまま、俯せに倒れ込み無様にもがく。


「オイオイ息子よ、初彼女だからってどんな無茶しているのだ? 下まで響くなんて相当アクロバティッ…… くぉあ!?」


 騒ぎを聞きつけた親父が部屋へ飛び込んで来た。頼りないが、藁をも掴むさ!


「クォア?」


 チクショウ、相変わらずの復唱カワイイなぁ、楠野さんはっ!


「転移…… ゲートなのか……?」


 この流れだと、親父の中二設定もホント臭ぇなぁ。


「彼女さん、これはどういう事かね? 今更大魔王が刺客を送って来るとも思えんが」

「貴方が謀反を起こした時の大魔王様は勇者によって瞬殺されました。これは全くの別件です」

「息子をどうする気だ? 返答次第では……」


 なんか見たこともない凛々しさだ。気迫もあり、不覚にも格好いいと思ってしまった。

「貴方と争う気はありません。少しの間、ご子息を助っ人として我が軍に参加してもらうだけです」

「ベタリアで何が起こっているのだ? 息子を連れて行くなら私を納得させてみせろ」


 思いとどまってくれたのか、楠野さんは掴んでいた俺の足を放し、親父に向き直り正座する。


「現在、ベタリアでは人間と魔族のパワーバランスが逆転しています。人間側がこちらの世界の冴えない男子共を召喚した挙げ句、チートという能力を用いて幅をきかせているのです。彼らの青田刈りならぬチェリー刈りはとどまる所を知りません」


 淡々と話しているが、微妙に寄った眉を見ると怒っているのだろう。で、チェリー刈りってなに? 楠野さん。


「純粋な人間よりも、魔族と人間のハーフである貴方のご子息ならご助力願えると思いまして」


 会話を聞くに、俺が魔族の血を引いているからトラブルに巻き込まれているらしい。


「……それって親父じゃダメなの?」


 なけなしのアニメ脳を総動員して、なんとか異常な状況を受け入れた俺は基本的な提案をしてみる。


「残念ながら、チェリーを倒せるのはチェリーだけですので……」


 何そのスタンドみたいな扱い。


「それと我が姉、魔王ベルアーチェは貴方同様に人間側との共存を望んでいます」

「……息子ならそれが可能だと? 何も知らない普通の高校生だぞ」

「ベタリアに召喚された者はみな、口を揃えて『普通の高校生』と言っていましたが?」

「…………」


 どうした親父、考え込む必要あんのか? 早く助けろ。なに無言で眉毛に海苔貼ってんだよ、どっから出した?


「ちょ、待て親父、その無言のVサインはなんのマジナイだっ!? く、楠野さん? まだ話途中だよね? なんで俺カヌーみたいに持ち上げられてんの? ストップ、ストップ」


 願いも虚しく、俺の身体は楠野さんの細腕で異世界ヘ繋がるオーロラの海へと華麗なダンクを決められた。



見切り発車で3作同時に書き始めたため、頭の中のイメージ出力が追いつきません。

ネタを思い付いたものから公開しますので、更新される作品はランダムになります。

次回更新はどれかが7/8前後の予定です。

『だっと』の再開は年末前後が目標です。



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