第2話 委員長に絡まれる(悪い意味で)
引篭もり脱出のいい機会なのだろう。
登校せずにいたらまた押しかけられて分が悪い1対1のホーム戦になってしまうからな。
冷たい外気によって不摂生な身が清められた翌朝、ほつれたホーム戦のスエット上下から、ビジター戦の学ランに身を包み登校する。
「お、杏! やっと登校か。おはよう」
俺とは対照的にリア充サイドに転身した宗介からわざとらしくも熱い抱擁を受ける。
「ああ、おはよう。宗介」
「お前の制服、短ランみたいになってんぞ」
くたびれたスーパーサイヤ人みたいな頭の宗介に言われたくない。
母親が気を利かせて制服の下だけはウエストサイズの大きい物を用意してくれていたが、上の2サイズアップは店に在庫が無く、現状のものへ強引に袖を通している。
「まぁ仕方ないさ」
キツキツの学ランを椅子に掛け、一息つく。激太りした身では登校するだけで息も切れるし一苦労だ。
「イツキ、なんでアンタ来てんのよ!」
ズカズカ割り込んできたと思ったら、キツイ目をしてクラス委員とは思えない発言をする市川。
「お前の寄こした代理人がスゲェ優秀だったんだよ。他人に仕事押しつけといて何言ってんだ? 俺も登校したし結果オーライじゃねぇか」
「アンタのせいで大損だわ」
俺と隣の空席を交互に見て敵意剥き出しの舌打ちをされた。
「アイツ、お前が登校しない方に賭けてたんだよ。当然オレは来ると信じてたけどな」
宗介、目が¥マークになってるぞ。
「ビリ子のヤツっ」
市川は悔しそうに爪を噛み、ブツブツ文句を言いながら千円札五枚を宗介に叩き付け、取り巻きと共に教室を出ていった。
「なぁ宗介、ビリ子って誰だ?」
「オレに勝利をもたらしたバンパイアこと、楠野美里子ちゃん。ちなみに席はお前の隣」
マジか。俺が休んでいるのをいい事に、楠野さんと相席にされていた。
「で、その楠野さんは?」
「さぁ。花壇でダンゴ虫集めてるか、踊り場の大鏡に向かって語りかけてるか、屋上で呪文を唱えながらフェンス沿いに回遊してるか…… 予測不能だな」
市川の読みでは支離滅裂な言動をする楠野さんをぶつければ、俺が登校しないと踏んでいたのだろう。
「あの剣幕だと楠野ちゃん、またイジメられちゃうかもな」
「そう思うなら助けに行こうぜ」
「無茶言うな。オレは痩せてイケメンにはなったが、内面はクズオタクのまま変わんねーよ。返り討ちにあうのが関の山だ」
宗介、お前ってやつは……
勝手に気を揉んで、暫くはそれとなく楠野さんの身辺に気を配っていた。
数日後。
登校した俺を待っていたのは、机の上に置かれた大きめの便箋。
『ゲームをしましょう』
そう書かれた差出人不明の招待状。
ぶっちゃけ『告白姫』って新手のイジメだ。まさか自分が対象になるとはな……
高校生活半年目にして訪れたソレを開封する俺。飾り気の無い書面を見ると。
『屋上に捕らわれているお姫様へ告白するだけの簡単なゲームです。勝てば明るい学園生活が約束されるでしょう。』
覚悟を決め、重い足取りで行きたくもない屋上へ向かう。
『告白姫』。
それは人を試す残酷な行為。屋上に着いたし、実際に見てもらった方が早いだろう。
内開きのドアを数センチだけ開け、こっそり様子を伺う。
微妙に奇抜なデザインの校舎は、屋上の一角に絶好のイジメスペースを提供していた。
うなだれて椅子に縛られている女生徒が一人、そのコを押さえつけているカースト上位の女子数人、そして底辺の俺には本能でグループのボスと分かるキツイ感じの奴が一人。
つまり楠野さんと市川、その取り巻き連中だ。
「こりゃ、逃げらんねぇな…… 行くしかないか」
覚悟を決め、彼女達の前へ出て行く。
「遅ぇよイツキ! 授業始まっちゃうじゃん、お姫様もお待ちかねよ?」
うなだれた楠野さんの頭を手のひらで乱暴に揺する市川。なんでこんなヤツがクラス委員長なんだか。
生徒や先生受けのよい市川。完璧な外面で味方を増やす、表裏使い分けが巧い演技派だ。
「よかったわね、ビリ子。王子様の登場で第一関門突破よ?」
なすがままにされている楠野さん。
俺が呼び出しに応じなければ彼女へのイジメは悪化し、俺もヘタレとしてイジメの対象になる。
「ホラ、イツキ! クズ野ビリ子ちゃんに告白してやんなよ」
「アタシら恋のキューピットじゃね? キャハハハッ」
こいつらは嫌がらせのつもりだろうが甘いな。
「楠野さん。俺、君のことが好きなんだ」
残念だったな市川。俺は目の前でいじめを受けている電波系不思議美少女・楠野美里子に一目惚れしているのだよ。チョット揺らいではいるけどな!
さて、ここの選択肢による結果は大まかに次の四通り。
一つ、彼女を振った場合は俺へのイジメが免除。
二つ、彼女に好きと言った俺のケースは二人揃ってイジメの対象だ。ただし、仲間がふえる分、彼女の心細さは軽減されるかもしれないのが救い。
「良かったじゃーんビリ子! 彼、アンタのこと好きだってよ? デブでオタクだけどいいよねっ! 返事してあげなきゃ。答えは?」
「……はい。嬉しいです」
か細くて感情が無いけれど、澄んだ声。
三つ、彼女が告白を受け入れた場合も同様で、即席カップルでイジメられる。
四つ目、楠野さんにとってベストは俺を振ること。その場合、イジメの対象が俺に移り彼女は解放される。通常なら。だが彼女は俺の告白をあっさり承諾してしまった。
完全な逆恨みだが原因が原因なので、ここで俺を振っても何も変わらない事を知っているのだろう。むしろ俺がいた方が彼女には都合がいい。
そこそこイジメられ慣れている俺としては『好きな女の子に告白できたうえ、本心はどうあれオーケーをもらい、一緒にいられる』のだ。歪んだポジティブ思考で逃避もできよう。告白する相手が男だったらと思うとゾッとするが。
はかったように予鈴チャイムが鳴り、俺達を祝福する。イジメ開始のゴングともとれるけど、そこは前向きに。
カースト上位連中はさっさと優等生の仮面を被り、屋上をあとにする。
残された俺達二人。
「なぁ、振って良かったんだぜ? アイツらから逃れるチャンスだったろ。絶望的な確率だとしても」
雑に巻き付けられたビニール紐の拘束を外してやりながら、出口のない残酷なことを聞いてみた。
「…………」
答えられる心境じゃないか。
「ごめんな、無理な質問して。忘れてくれ」
小さく頷き、ヨロヨロと立ち上がる楠野さん。
彼女の印象。飄々としてジッとしていればミステリアス。女子にしては長身で動作が鈍臭く、赤ふちメガネの奥の焦点が定まらない瞳が嗜虐心を煽るのだろう。
一番の要因はひた隠しにする恵まれた容姿。カースト上位から目の敵にされるのも頷ける程の美少女。長い黒髪とシャギーの間からのぞく整った顔は人形のようで。
俯いてることが多いが、オドオドしている訳でもなく、我関せずなスタンス。自分をバンパイアだと言ったり、壁に向かって話していたり、たまに裏庭で一人、喜々として穴を掘っていたりする奇行を目にするのはご愛嬌というものだ。
とにかく、こんな感じで「美少女だけど彼女にはちょっと」が楠野美里子の見られ方。
「……優しいですね。アンズ君は」
またも身内以外、女子と接点のなかった人生で好きな子から名前で呼ばれる幸せ。
始業ベルが鳴っても動こうとしない楠野の虚ろな視線を追って、俺も高く澄み渡る秋空を見上げ、サボりに付き合うことにした。
翌日の昼休み。
「杏! やべぇぞ、市川達が美里子ちゃん連れて行った!」
さっきまで職員室にて屋上でのサボリを楠野さんと二人仲良く怒られていたのだが、俺の不登校に話題が移る前、楠野さんだけ先に帰されたところを狙われたのだろう。
周囲を見回すも、みんな腫れ物には触れたくないようで一様に目をそらされてしまった。
「力があれば楠野ちゃんを助けてお近づきになるんだが、あいにく腕っ節も舌戦もからきしのオレだ。ここはお前に譲るぜ!」
いい笑顔でクズい事言われましても。はぁ、と力無く頭を振る俺。
「とりあえず頼れそうな教師をさがして連れて来てくれ。場所は不明だけど」
使えない親友にそう伝えて教室を出る。
「まずは踊り場経由で屋上へ行ってみるか」
始業まで十五分ほど。大鏡の前は容姿に自信のありそうな数人の女子がせわしなく身体を捻っている。その中に楠野さんがいないのを確認すると、ファッションチェックをしている女子の後ろを通り、横目で見た鏡に映る自分の無様な体型にへこみつつ屋上を目指す。
息を切らせて辿りついた屋上には人影はなく、十代が出すとは思えない俺の呼吸音が響くだけだった。
フラフラと花壇が一望できるフェンス側ヘ移動し、下を見れば。
「いた! 下かよ!」
数人の女生徒に取り囲まれた楠野さんは抵抗する様子もなく、人のいない校舎裏の方へ連れて行かれた。
次回更新は6/25前後の予定です。