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第1話 四畳半の攻防戦

 アニメキャラと中の人。

 二次元とリアル、両方で同時結婚された日には……

「もう、死ぬしかないじゃん!」

 春アニメの最終回で主人公とヒロインが結ばれるのは、まぁ良しとしよう。

 その後、突然発表された主人公役の男性声優とヒロイン役だったアイドル声優の電撃結婚。

 ジューンブライドですか。そうですか。

 ヒロインもアイドル声優も一推しだったから、内外のダブルパンチは俺のライフをごっそり削り取った。

 夏休みを目前に控えた高校一年の七月、生きる気力を無くした俺はついに自殺を決意する。


「よーし! 甘味自殺だ!」


 ヘタレの俺が選んだ自殺方法。

 三週間の家族旅行にも参加せず、暗い自室で二十四時間ひたすら大好きなアニメを観ながら大好きな甘い菓子類のみを食べ続ける。

 結果はひと夏かけて、ただただ太っただけ。


「くそうっ! やっぱり実用性がなかったか!」


 まぁ、実質食っちゃ寝してただけだからな。

 聞きかじりの自殺方法では単に三週間「自堕落な生活」を満喫しただけと親からはこっぴどく叱られ、倍以上に膨れ上がった俺の腹を見た三つ下の妹からも「この豚野郎が」と生ニーソで顔を踏まれながら罵られる始末。


「……って結果だったんだけど、宗介の方はどうよ? こうして連絡とれてるから無事なんだろうけど」


 愚痴を聞いてもらおうと、同じ理由で俺とは逆に断食自殺を試みた親友の宗介に電話してみた。


『お前、よく食えたな。オレの方は逆に何も喉を通らなかったぞ? まぁ、おかげで半分以上体重減ったぜ! もうこのままアニメは卒業して二学期からは新生オレでいく。お前もこっち側へこいよ』


 怪我の功名か、図らずもダイエットに成功した宗介は親友から知人へとジョブチェンジするようだ。


「宗介はん。いっぺんオタクになった人間は、一生その首枷から抜け出せんのと違いますかぁ?」


『そんな裏稼業みたいに言われてもなぁ。お前との友情は変わらないから安心しろ。あとオレも妹ちゃんに踏まれ――』ツーツー……


 最後にバカな事を口走っていた同じオタク趣味を持つ親友までもリア充街道という手の届かないレールへ乗ってしまい、自暴自棄になった俺は二学期が始まっても学校へは行かず、自室に引き籠もっていた。

 たまにチャラいイケメンに変貌した宗介が学校の報告がてら様子を見に来てくれたが、特に登校をうながす事もなく雑談をして終了する日々だった。

 が、この日はちょっとだけ学校へ行ってみたくなるネタを聞かされた。


「お前が休んでる間に転校生が来たぜ。高レベルな美少女で、名前は楠野美里子ちゃん。ただ、カワイイんだが重度の中二病らしくて、さっそくクラスじゃ浮いた存在になっちまったけどな」

「中二病の美少女転校生なんて心強いじゃないか」

「可愛くてもリアルだと結構キツイぞ? 自己紹介が『バンパイアで魔王の妹』だぞ? それまで大はしゃぎしていた男子全員が一瞬でドン引きだったよ」

「チャレンジャーだなぁ、吸血鬼て」


 よっぽど設定練り込まないと、いつまでも中二病が完治しない俺の親父みたいに大スベリだろ。


「んで、案の定クラス全員が腫れ物を触るように距離を置いてそれっきりだった」


 そんな素敵イベントがあってから一週間ほど過ぎた頃、俺の不登校を心配した親がついに学校へ相談したらしく、まずは放課後にクラス代表が威力偵察に送られて来る流れになった。


「バカ息子のためにゴメンナサイねぇ。あの子の部屋、二階の奥だから勝手に上がっちゃってね。今、お茶の用意するから」


 ドアに耳をあて様子をうかがっていると、母に促されてゆっくり階段を上がる足音が近づく。

 わざわざ家まで訪ねて来るなんて、責任感が強いのか単に点数稼ぎか。

 小さくノックされ、居住まいを正した俺が「どうぞ」と裏返った声で返答すると、パンパンに膨れたカバンを重そうに提げた見知らぬ美少女が入ってきた。


「カワイイ…… じゃなくて、誰?」


 知らない顔だった。素直に心の声が出てしまったが、こんなどストライクな女の子がクラスメイトだったら忘れるわけがない。

 第一印象は儚げで透明感のある少女。華奢な肩口のラインを隠す素直な黒髪ロング。赤フチ眼鏡のレンズ越しに、憂いを帯びたやや虚ろな瞳が俺を捕らえていた。

二次元以外で初めての一目惚れだった。


「お久しぶりですね。はじめまして、楠乃美里子です」


 宗介の言っていた例の転校生か……って、久しぶりの初対面!? しょっぱなから飛ばしていらっしゃる!


「二学期からアンズ君のクラスに編入しました。よろしくお願いします」


 繊細な声質で告げる転校生。しかも美少女から名前呼びなんて、チョット怖いケドありがとうございます! 


「よ、よろしく楠野さん」


 木目調の簡易テーブルを挟み、この場にそぐわない眩しすぎる清楚系美少女が腰をおろす。

 初めこそ驚いたが、よくよく考えたら転校一ヶ月にも満たない彼女が何故クラス代表なのだろうか。

 鈍器とも言えるほど凶悪に変形したカバンから淡々と分厚いプリント群を取り出す楠野さんに話を聞けば、クラス委員である女ボス市川から仕事を押しつけられたようだった。


「アイツならやりそうだなぁ。楠野さん、災難だったね」


 カースト最底辺の俺。女子のてっぺんに君臨する市川をどうこう出来る訳もなく、イジメられているであろう楠野さんに無責任な慰めの言葉をかけるしかなかった。『無責任な言葉』時点でどうかとも思うが。


「大丈夫です。覚醒すればイチコロですから」

「覚醒?」


 あぁ、バンパイア設定か。確かに虚ろであろうと彼女の瞳には吸い込まれそうな魅力があり、「これがチャームか!」と錯覚するレベルだ。


「楠野さん。たいへん言いにくいコトなんだけどさぁ ……そのバンパイア設定は控えた方が波風立たないと思うよ? 手遅れかもだけど」

「設定、ですか?」


 数十センチ先でたおやかに口元へ指を添え、首を傾げる楠野さん。

 逡巡しているのか、頭を左右に傾けるたび遅れて扇を開くサラサラの黒髪。微かにシャンプーの香りが舞って、なんとも心地よい。


「なんの事ですか、それ? アンズ君はわたしと一緒に魔王軍を救うんですよ」


 ヤベェ、会話になってない上なんか俺も巻き込まれてる! 


「オーケーオーケー。せっかく来てくれたんだし、設定に付き合うのもやぶさかではありませんよ?」


言い掛かりだとしても、ここ数週間は宗介としか会話して無かったからな。相手が美少女ともなれば、こちらからお願いしたいくらいだ。


「俺が楠野さんと魔王軍の助っ人に……マジか」

「わたしの姉、魔王ベルアーチェがアンズ君の助力を待っているのです!」


 いよいよヤバくなってまいりました。先程の一目惚れ認定は軽率だったかなぁ。


「ゴメン、ちょっとピンとこない」


 少しだけ興奮気味に身を乗り出した楠野さんに気圧されて、目が泳いでしまう。


「すでに半分契約済みのはずですが……食べましたよね? 『ビッチリマンチョコ』千個」


『鼻血を吹き出す美味しさ』でおなじみの、キャラを模ったウエハースの中に文字通りチョコがビッチリ詰まった菓子だ。


「よく調べたね……うん、食べたよ? 結局、自殺どころか鼻血も出なかったけど」


 そう、夏休みに甘味自殺を図った時に選んだお菓子だ。

 チョイスした理由はオマケの美少女フィギュアに釣られたから。


「オマケのフィギュアもコンプリートされましたよね?」

「当然、コレクターだからね。バラバラのパーツ千個で一体のフィギュア完成って、商売としてどうなんだろうね。一箱がまるまる毛髪だった時は何の嫌がらせかと思ったよ」


 ぶっちゃけると、頭髪パーツだけで数十箱分使用していた。

 店側も場所をくって難儀していたのか、千個フルコンプのセットが2,000円そこそこで投売りしていたのだ。

 おかげで超精密フィギュアにもかかわらず、なけなしの俺の小遣いでも千個箱買いが可能だった。

 その結果、リアルな毛髪を装備した人様には見せられない等身大ロリフィギュアが完成してしまったのだ。

 よく分からない罪悪感と渦巻く煩悩を振り払うため、なんの気の迷いか魔改造を施して今はクローゼットに放り込んだままになっている。


「存分になされましたか?」

「存分にの意味が分かりませんが……」

「こう、産卵期の鮭的な感じで」


 いやいやいや。ピンときてしまう俺もどうかと思うが、楠野さん、見かけによらずディープな世界を覗いていらっしゃる。そしてヤメテ、その生々しい手の動き。


「とりあえずはオマケの等身大フィギュアを組み上げたんですよね?」


 新素材か何か知らないが、人体パーツは全て触り心地の良い柔らかい質感で。


「はい。とても駄菓子のオマケとは思えないクオリティーでしたっ! あ、存分にの感想じゃないからね?」

「そのフィギュア、うちの魔王様を模した転移装置なんです。今どこに?」


 ヤベぇ、魔王さま魔改造しちゃったよ。


「そ、そーなんだー転移装置かー」


 そりゃ棒読みにもなるさ。早く解放されたいっ。


「はい。あとはアンズ君を連れて帰れば私の姉、魔王ベルアーチェも大満足するはずです。一緒にがんばりましょう!」


 なんか大満足させちゃイケナイ気がするんですけど! 楠野さん。捌けねぇ、捌けねぇよそんなボール!

 ガッシリと俺の両拳が楠野さんの掌に包まれる。

 ひーーん。逃げそびれた……小さく柔らかな指なのに凄い力だ。

 やんわり手を引き抜こうとしたが。


「く、楠野さん。ちょっと手、放してくれると有難いんだけど」


 なにこのコの握力、全然抜け出せねぇ!


「左手首でいいです?」


 いいです? と小首傾げてにこやかに言われましても。近いです、そして笑顔が怖いです。


「いいって、なにが?」


 身の危険を感じた俺は包まれた手を上下にブンブン揺すってみるも、逆に彼女の控えめな胸元へ引き込まれ、固定されてしまう。

 控えめとはいえ、その味わった事のない「ふにっ」とした感触にドギマギする間もなく、結果的に引き寄せられた俺の首筋には、彼女の甘い吐息がかかるほど接近していた。


「この差し出された首筋でもいいですよ?」


 差し出した訳じゃないです。アナタに引っ張られたんです。その華奢な細腕からは想像できない力で。


「いやいやいや、オカシイよ? 設定に忠実なのはイイけど、いろいろオカシイよ?」

「なにか誤解していますね? 吸血するんです。あ、血を吸う方の。それで完全に契約成立です」


 誤解してないし、血を吸う以外の吸血が思いあたりません!


「く、楠野さん! よ、よく考えて! 想像してみようよ、その愛らしいくちびるで俺の首を吸ったところで、現実にはデブオタの脂ぎった皮膚と汚い汗で「ヂチュー」ってなっちゃうだけだから!」


 自分の部屋で美少女と二人きりという空間に加え、見ようによっては女の子が首筋にキしようとしてくる極上のシチュエーションだけど、実際は想定外すぎてプチパニック必至だ。


「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! 学校行きますからっ! あと、自分を大切にっ!」

「……わかりました。時間も遅いですし、続きは学校で」


 何をわかったのかアヤシイところだが、少し頬を上気させた彼女は俺を解放してくれた。

 来た時間も遅かったうえ、この攻防戦は始まりから数時間に及んでいたようで、彼女を見送りがてら久しぶりに出た外は日も沈み、澄んだ空気が薄着の全身を貫いていった。

 そんな中、彼女の掌と密着していた両手に残る高めの体温と、腕に刻まれた心音のリズムは暫く抜けきらないでいた。


「仕方ない、明日は学校行くか」


次回更新は6/5前後の予定です。

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