序章 サムライ魔王軍
「まずいのじゃ……」
ステレオタイプでお腹いっぱい感のある『のじゃロリ魔王』を体現したベルアーチェ=クシュリナは、神妙な面持ちで自慢の縦ロールを揺らし、焦っていた。
時折、そのハチミツでコーティングしたような金色の房の先端をこよって舐め、気を紛らわす魔王ベルアーチェ。
スク水とミニドレスを一体化させた珍妙な格好を恥じることも無く、腕組みで胡座をかき、おおよそ玉座とは呼べない安っぽい丸椅子の上でクルクルと回っている。
彼女が守護する宮殿『清心宮』は絶え間なく響く怒号、咆哮、悲鳴で取り囲まれ、僻地に構えるボロい石壁で造られた小さな宮殿は陥落寸前だった。
かつて最盛期には大魔王が統治する十二あった宮殿も、今や片手で足りるまでに減っていた。
と、いうか壊滅させられつつあった。現在進行形で。
原因は明白。
近年この地へ大量投入された魔王軍討伐隊は、個人単位でバカげた威力の特殊能力をもれなく有していたのだ。
のほほんとした緩い剣と魔法の地・ベタリア。この新世代の勇者達が出現するまでは、巨大でストレートな魔力を持つ大魔王が世界の半分以上を占拠できていた。
が、その大魔王といえば勇者達のチートと呼ばれる能力で早々に討ち取られ、魔王軍が誇る十二の宮殿も頭を失い各個に抵抗している状態。
「ベル様ぁ。まぁた髪の毛舐めて……見た目がアレなんですから、その癖ヤめてくださいにゃ」
半壊した扉に気を遣いながら入室してきたメイド姿のネコ耳悪魔侍女ナーヤ。
こちらも主人に劣らずベタな出で立ちで、シックな黒のメイド服に大きなカチューシャを付けている。
口調は子供っぽいが、人間で例えれば成人前後の女性。もう少しつっこむなら束ねたポニーが良く似合うカワイイ寄りの美人。
「主人をアレとか言うな! 若いに越したことはないじゃろ」
「子供っぽいんですよぅ。だから仲間からも狙われるんじゃにゃいですかぁ、色んな意味で」
そう。大魔王亡き今、ベルアーチェを除いた魔王達が、次の大魔王の座を狙い内戦が起きているのだ。
「まったく、今は身内で争っている場合じゃなかろうに。十二宮殿が団結していれば人間どもにココまで遅れを取ることもなかったはずじゃ」
「ベル様、人気ですもんねぇ。悪い意味で」
この色んな意味で小さな魔王、ベルアーチェ=クシュリナは吸血鬼……厳密にはちょっと違うが、聖悪魔十二宮殿のひとつ『清心宮』を守護する魔王である。
「勇者どもに攻め入られるならともかく、あんの牛女! ここぞとばかりに妾をトリに来おって」
「頭より先に胸が出るような方ですもんねぇ。ビーフィー様は」
「言ってる意味がよくわからんが、あんな乳牛『カウ子』でじゅうぶんじゃ!」
「もぉ、ベル様がそんにゃだから魔王軍滅亡のカウントダウンが止まらないんですよぅ」
ハァと大げさな溜め息をつく侍女ナーヤ。頭に同期した桔梗色のポニーが弱々しく振れる。
「魔族に仲良しごっこをしろと言うのがどだい無理な話じゃからな」
残った魔王同士で手を組もうにも魔王気質というか、なけなしのプライドと言うか、そのあたりのトコで折り合いがつかない模様。
ベルアーチェの居る清心宮は人間達から遠方に位置するため、他宮殿の魔王のように、召喚された異世界のチート勇者から無双蹂躙という悲惨な末路を遂げずにすんでいる。時間の問題だが。
しかし、チート勇者に瞬殺の目は当面ないにしろ、代わりに仲間の魔王達が常に彼女の寝首をかこうと狙っているのだ。
魔族なら一度は夢見るであろう大魔王。今はそのポストがポッカリと空いている。
「妾は大魔王の座など興味無いというのに……」
邪魔な大魔王候補があれば、継ぐ意志があろうと無かろうと力無き者から消える宿命。
「ですよねぇ。ベル様、そんな器じゃないですモン」
安堵を含んだ笑顔を向けるナーヤ。
「ですモンて、失敬じゃな」
「だってそうじゃにゃいですかぁ。自虐気取りで一人称『妾』とか言ってますしぃー」
「気取りってお前……」
いつもの事かと、諦め気味に侍女の暴言を聞き流す。
ベルアーチェは魔王の割に優しすぎた。
魔王軍にあって唯一の穏健派。彼女には魔王職を継ぎ、治めるだけの器は胸同様に……いや、胸よりはあったが、世襲制がとられていた清心宮ではベルアーチェが魔王に就任するや配下達に見限られ、僅かに残ったのは頼りない妹をはじめ、侍女のナーヤ=ロックルゥ、そしてまな板ボディに原石を見出している別の意味で鼻息の荒い一握りの無力な雑兵ばかり。
魔王の血統でありながら目を見張る特殊能力もなく、一部の性的……熱狂的な崇拝者にしか威厳もない。
ヌル魔族はともかく、野心的なガチ魔族が離れていく要因を挙げれば事欠かないロリ魔王だった。
「こんな時、先代がいらしたにゃら……」
「それは言っても始まらん」
そこそこの実力と威厳を持っていた先代魔王。
大魔王の側近として頭角を現してきた矢先、様式美をわきまえない新世代のチート勇者から大魔王を庇って彼らの経験値と消えたのだった。
「父上がかろうじて妾を継がせた辺境の魔王職じゃ。ジリ貧じゃが、前向きに行こうと思う」
「そうですね。いくらジリ貧とはいえ、ベル様の胸よりは希望がありますモン」
「その語尾ムカツクのじゃ」
「ならベル様ものじゃのじゃ言わないでくださいよぅ」
可愛く頬を膨らますナーヤ。
「そう言えば外が静かになったのぉ」
「さすがにビーフィー様も引き上げたようですね」
ちょっとでも体重をかければ崩れそうな出窓から外の様子を伺うナーヤ。
先程まで『牛虎宮』の魔王軍とベルアーチェ軍が激しくぶつかり合っていたのが嘘のように静まりかえっている。が、今まで清心宮の存在を覆い隠していた森のベールの大半はキレイに抉られ、神秘さのカケラさえない荒れ地が戦いの規模を物語っていた。
「今回は私、ナーヤ=ロックルゥ率いる『八万の大量兵』を総動員してにゃんとかビーフィー様の軍を退けましたけどぉ……手駒はほぼゼロになっちゃいました。相手の再侵攻まで数日の時間稼ぎにはにゃったと思いたいですねぇ」
「そうじゃのぅ。この貴重な時間、無駄にはできん。なんとかこの戦況をひっくり返す力が欲しいものよ」
「あ! ベル様ベル様ぁ、ミリィ様から耳寄りな情報があったんですにゃっ! すっかり忘れていました」
「耳よりなじょーほー? あのヌケた愚妹はなんて寄こしたんじゃ?」
高々と通信筒をかかげる侍女に訝しげな視線を向けるベルアーチェ。
「今、お話しにあがった『戦況をひっくり返す力』の事ですにゃ」
「なんじゃと!」
自慢げに鼻を鳴らすナーヤにすがりつくベルアーチェ。侍女を見上げる大きな瞳はキラキラと期待に満ちあふれている。
人間側陣営が得た強大で便利な戦力。姿こそ人間と大差ないが、ベタリアの者ではない。
魔族との戦力差を短期間で逆転させた異世界の住人達。
手駒の乏しいベルアーチェは、この第三勢力に以前より目をつけ、戦力にならない妹のミリィをニホンへ送り込み、情報を集めていた。
「いまや彼らのもたらした文化は、ベタリアの急成長にかかせにゃい要素ですからねぇ」
「我ら魔族陣営にもその新風が欲しいものよ……」
ベルアーチェ達からすれば異世界にあたる場所、ニホン。
ベタリアに住む人間側のネットワークにより、『無報酬で働くチート勇者』の噂はたちまち広まり召喚しまくった結果、魔王軍を凌駕するほどのチートインフレを引き起こしていた。
「魔王軍として、人間側の戦力に頼るのはどうかと思うが背に腹はかえられん。して、どのような者なのじゃ?」
「えぇと、名前は…… ジャンジャジャーン!」
通信筒のメモを読み上げるナーヤ。
「ほう、鳴り物入りとは凄いな。名を早く言え」
「いえいえ、違いますにゃ! どう言えば…… あ、そうですにゃ…… そうですにゃ……」
一人納得したナーヤは、ポケットからペンを取り出すと、崩れかけの壁に文字とは言い難い図形を書く。
「ジャンJr.=樹杏。むかし謀反を起こして大魔王様から異世界へ飛ばされたジャン=ヴァールの息子さんのようですにゃ」
縦ロールを左右に揺らし、『?』マークで顔いっぱいにしたベルアーチェ。侍女からメモをとりあげ、内容に目を通す。
「ナーヤよ、Jr.は『ジュニア』の略じゃ。そして『樹杏』はイツキ・アンズと読むようじゃぞ?『ジャンジャジャン』と読んでしまうあたりお前らしいがのぅ」
「ベタリア語ができていればいいじゃにゃいですかぁ。異世界語なんてキエテ・コシ・キレキレテだけ覚えとけばいいですにゃ」
「ワカリニクイな。異世界語はこれから必須じゃぞ? しかしジャン=ヴァール殿の息子とは……」
謀反の罪で大魔王様から異世界へ飛ばされたというジャン=ヴァール。
幸か不幸か、その流刑地は今や大量のチート勇者生産地であるニホンだった。
当初、大魔王へのリベンジに燃えていたジャン=ヴァールだったが、飛ばされてすぐに現地の娘と恋に落ちてしまう。
復讐がバカらしくなる程の、逆にニホンへ飛ばしてくれた大魔王に感謝するほどの大恋愛の末、子宝にも恵まれ、現在は正体を隠し人間として生活しているようだ。
ベルアーチェが戦力に迎えようとしている者の素姓、それがジャン=ヴァールの息子であった。
「問題は召喚方法か。ゲートはさきほど牛女に破壊されてしまったからのぅ。かろうじて残った通信用ミニゲートではせいぜいネズミ一匹が通れる程度じゃ。人間サイズなどとてもとても」
大きな溜め息をつき、ふたたび回転椅子玉座でクルクル回るベルアーチェ。やや萎びた縦ロールは、彼女の心情を表しているようだった。
「ベル様、逆転の発想ですにゃ! 召喚できないなら転移させればイイじゃにゃい!」
「お前、パンが無ければみたいに…… なにか良い方法でもあるのか?」
「情報によるとぉ、息子さんはフィギュアコレクターですにゃ。ですから転移装置の造形を彼好みに変えて送りこめば……」
「なるほど。当人に転移装置の蒐集と組み立てをさせて自力で来て貰う訳じゃな」
幸い連絡用の小さな簡易ゲートは無事で、妹が寄こした通信筒程度なら往来が可能だ。
「現地でのサポート兼スカウトはミリィ様に丸投げしてはいかがでしょうか? ベル様と比べて、ややオツムが足りないとはいえ、容姿はベル様以上に男性を殺せますからねぇ。性的な意味で」
「たかが十五、六の小僧じゃ。ミリィが失敗しようと、妾の色気でどうとでもなるわ」
エヘン! と無い胸をはるベルアーチェだが、真剣な表情のナーヤがガッシリ主人の両肩を掴み、無言で深く首を振った。真横に。
「相手は思春期真っ盛りの『ダンシコウコウセイ』にゃんですよ? ベル様みたいな寸胴ではリスクが高すぎますにゃ、下手したら門前払いですにゃ!」
「お前、チョイチョイ妾をディスってくるのな」
一瞥するベルアーチェの視線を華麗にスルーし、話を続けるナーヤ。
「まぁバカ話はおいといてぇ、さっそく召喚ゲートの製作にかかりますにゃ」
「おまっ、バカ話て!」
ピューと退室する無礼な侍女の背中を見送ってから数時間後。
「善は急げといいますからねぇ。やっつけ仕事並に頑張りましたにゃ!」
それは良いのか悪いのか。
いい笑顔で額の無い汗を拭うナーヤを見て、怒るのもバカらしくなるベルアーチェだった。
「ナーヤよ。いくら標的が人形コレクターとはいえ、等身大はどうなのじゃ? 第一こんなデカイ物、通らんじゃろ」
運ばれてきたのはベルアーチェの等身大フィギュア型転移装置。
「相手は二次元大好き高校生ですにゃ。ベル様のニッチなお姿なら必ず食い付きますにゃ」
「さっきと言っている事が百八十度違う気がするのじゃが」
幼女体型にスク水ベースの改造ミニドレスを着た金髪縦ロール姿は『混ぜるな危険』という言葉がピッタリだった。何が危険なのかは良く分からないが。
「まずはこの等身大ベル様フィギュアをぉー……」
ナーヤが異空間に華奢な手を突っ込み、取り出した大木槌でフルスイング。豪快な音とともに砕けたベルアーチェ人形は、魔法で十五センチ四方の小箱に梱包され積み重なっていく。
「おまっ、人形とはいえ妾じゃぞ? 躊躇なく振り抜きおったな」
「人形ですから。向こうの世界では毎週パーツを買ってひとつのモノを完成させる本とか流行っているそうですよ?」
ベルアーチェの抗議を軽く流し、千個近い小箱を検品する傍ら、通信用ゲートを呼び出すナーヤ。
「さ、ベル様も検品手伝ってください。終わった分からゲートに放り込んでいけば、あとは向こうのスタッフとミリィ様が上手く手配してくれますにゃ」
気の遠くなるような『週間ベルアーチェを造ろう』全千号分を現地の部下に発送し、一息つく二人。
「あとはミリィからの吉報を待つだけじゃな」
次回更新は5/27前後の予定です。