夏蜜柑の恋
五月の晴れの日、旬を迎えた夏蜜柑の黄色い檻に身を潜めるようにぶら下がる従妹の姿を見る。
年末年始の帰省が叶わず昨夏ぶりにこの山間の村に足を踏み入れた時、私はここに帰る――いや、訪れる意味をすっかり失ってしまったことを君の死によって思い知る。
――おねえちゃん。東京行けば、仕事も好きになる相手も自分で選んでいいってほんま?
――ほんま。だからうんと勉強しなさい。学費のことは気にしなくていい。うちの部屋に住んだって良いよ。おっちゃんとおばちゃんにはうまいこと言っとくから。
控えめに、しかし確かに輝いていたその目に光はもう宿らない。年二回顔を合わせる度に模試の成績を嬉しそうに私だけに教えてくれた小さい声も聞こえず、風の音だけがびゅうびゅうと遠慮ない。
なあ。何があったんよ。あんた高校卒業したんやろ。第一志望受かったんやろ。東京来るんやなかったん。
いつも正月に来る嫌な兄ちゃんに触られそうになった時、私以外に怒る人おらんかったん?
おっちゃんの口座に振り込んだ入学金分の100万円、どうなったん?
やりたい仕事、なんやったん?
好きな人、いたんちゃうの?
なんで、おねえちゃんが来るまで待てんかったん。
なんで、おねえちゃんと会うのに耐えられへんかったん。
秋に実り冬風に晒され酸を抜かれた果実は春になってやっと収穫の時期を迎える。
厳しい冬を耐え忍んできた想いが春を迎えることを許されなかったら、それを包む固い皮は剥かれることもなく地に落ちる。
受け止める時期を逃した私には、その中身につけられた名前を永遠に知ることはできない。