休日の出会い
土日は鈴も多玖も忙しいらしく1人で特訓することとなった。
今日から休日はランニングをしようと考えた。
自室で運動しやすい服に着替える。
それから物音をたてて家族を起こさないように静かに家を出た。
目指すは善悪池公園。
この時間帯はまだ早いのに人がとても多い。
ケルベロスと一緒にランニングしている人や、使い魔を散歩させている人もいる。
ん?
あそこの3匹の犬。
どっかで見た事あるぞ?
『散歩中』のプラカードを首にさげて走っている。
ちょうどこっちとは逆の方向へ走っていくのですれ違ったときに首元の名札をみるとそこには『ウーちゃん』『ルーちゃん』『フーちゃん』と書かれていた。
······鈴の魔獣だったか。
そりゃあ既視感があるわけだ。
しかも半分放し飼い状態なんだな。
そんなことよりランニングだ、ランニング。
三十分ほど走っていると前から薄い桃色で短髪の幼い顔立ちをした女性が走ってきた。
こちらに気付くとジーッと見つめてくる。
なんだろうと思っているとすれ違うときに小さな声で「曽宮 逢······」っと言った。
知り合いか?
そう思って振り返ると「やっぱり!?曽宮 逢君だよね!?」と話しかけられた。
「誰?」
「もしかしたらそうかな〜って思ってたけど本当にそうだったとはね!」
会話が噛み合わない。
「あの······」
「なあに?」
「どちら様ですか?」
「わたし?わたしは浮上 知理だよ」
「浮上さんはどうして僕のことを知っているんですか?」
「それは留恵が『見てみて私の彼氏〜』って写真を見せてきたからに決まってんじゃん」
一応まだ付き合ってないんですが······
「留恵は付き合ってるって言ってたわよ」
「心読まないでください」
へー。
留恵にとっては付き合ってる判定なんだ。
それよりなんで僕の写真持ってるんだろう。
「じゃあなんで僕は留恵と戦ってるんですか?」
「あれはなんか······あ、これは留恵自身から言うって決めてたからやっぱり無しで」
「えー」
独り言が声に出てしまったようだ。
それにしてもなんであんな条件を出したのか気になる。
でも留恵が決めたことなら口は出さないでおこう。
「それより今暇?」
「ランニングしてるんですけど。浮上さんもそうでしょう?」
「じゃあ気が済むまで一緒に走ってあげるからさ、終わったらちょっとお茶しようよ」
「遠慮しときます」
「お金ないなら家まで着いてくからさ」
これは多分なんと言おうとお茶させられるパターンだ。
「わかりました。でもこれから善悪池公園を何周かしますけど大丈夫ですか?」
「やった〜!私もそんぐらい走ろうと思ってたから大丈夫だよ」
ついでにお金は一応持っているので家に帰る心配はない。
「じゃあ走りますよ」
「頑張ってついて行くぞ〜」
その言葉を合図に走り出す。
ランニング中は当たり前だがほとんど喋らなかった。
2周ほどしたあたりでこれ以上待たすのも悪いと思い「そろそろ終わりにしますよ」と声をかけた。
自分は息が荒くなっているのに目の前の少女は呼吸があまり乱れていない。
ランニングを続けると多分体力が増えるのだろう。
これからは休日だけでも続けていきたい。
「どこでお茶する?」
「どこでもいいですよ」
「じゃあ『Seventy-Two』はどう?」
「いいですよ」
「やった〜!」
そういった店を選ぶあたり年頃の女の子なんだなと実感する。
「ねぇねぇ早く行こ〜よ」
「はいはい」
5分ほど歩くと『Seventy-Two』が見えてくる。
お洒落で最近学校でも流行っている喫茶店だ。
まだこんな早い時間なだけあっていつもは賑わっているここも閑散としている。
「じゃあ私はストロベリーパフェとタピオカミルクティーをひとつずつ」
「オリジナルコーヒーをひとつ。あ、牛乳と砂糖もつけてください」
「かしこまりました」
なんで朝からそんな甘いものが食べれるんだろう。
僕だったら絶対胃もたれする自信がある。
「あれ?ブラックにしなくて良いの?目の前にこんな可愛い子がいるのに」
「ミルクと砂糖を入れた方が美味しいですから」
「む〜」
浮上さんはほっぺたをぷくーと膨らませて不満を表現した。
「お待たせ致しました。こちらがストロベリーパフェとタピオカミルクティーになります。」
「ありがと〜」
「こちらがオリジナルコーヒーになります」
「ありがとうございます」
人が少ないからか思っていたよりもはやく料理が来た。
まずはコーヒーに砂糖を入れて混ぜる。
そのあとに牛乳を少量加えて混ぜる。
「いただきま〜す」
「いただきます」
1口コーヒーを啜る。
あまりコーヒーの善し悪しはわからないが、家の粉コーヒーに直接お湯を注いだのよりは美味しい。
「それでさ〜留恵のどこに惚れたの?留恵の親友として私気になるな〜」
「うっ······。ゲホッゲホッ」
流石にその質問が来るとは思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
「大丈夫?」
「大丈夫です。ゲホッ。」
「話戻すけど結局は?顔?」
「顔じゃないですよ。そうですね······。ちょっと長くなりますけどいいですか?」
「全然いいよ〜。出来ればパフェ食べ終わるぐらいまで話してていいよ」
「それなら。それは入学して間もないある日のことでした。その日は前日の雨で地面が少し濡れていて、そんなときに足を滑らせて転びそうになったところを留恵が飛んできて助けてくれたんです。あ、飛んできたっていうのは比喩じゃなくて『天使化』して飛んできたっていう意味です」
「終わり?」
「終わり」
「そんだけ?」
「そんだけとは失礼な」
「長くなるって言ったじゃん。パフェなんて1口しか食べてないよ」
「生きていればそんな日もあります」
コーヒーを少し啜る。
(そういえば留恵にこの質問したら同じこと言ってたな〜。あれ?もしかしてこの二人って結構前から相思相愛?)
「パフェ食べ終わるまでゆっくり待ってますから」
「ありがとね」
コーヒーを1口啜る。
「ところでなんでずっと敬語なの?」
「あれです。あんまり女性に慣れてないんです。それで初めて会う女性には大体敬語で話しています」
「じゃあ次会ったら敬語じゃ無くなってるの?」
「何回か会えば敬語じゃ無くなると思いますよ」
「へー」
コーヒーをまた1口啜る。
残りは半分も無くなってきた。
この調子ならもう一杯頼むことも視野に入れなければ。
「······もしもさ私が君と付き合いたいっていったらどうする?」
「断ります」
「え、即答なの?」
「だって留恵以外の女性に興味無いですから」
「だよね〜。なんとなく知ってた。」
「でもどうしてそんなことを?」
「少しでも悩んでる素振りをみせたら留恵に自慢しようかと思って」
思ったよりくだらない理由だった。
多玖なら食い付いたかもなーとも考える。
「ごちそうさま〜」
はやい。
あの量をもう食べ切ったのか?
残りのコーヒーを全て飲み干す。
「ごちそうさま」
伝票を持ってレジへ行く。
「お会計はどうされますか?」
「別々で」
「かしこまりました。コーヒー1点で580円です」
うへえ。
やっぱりこういうお店は値段が高いな。
結局は家の粉コーヒーにお湯を注ぐだけの方が良いかもしれない。
「1000円で」
「420円のおつりになります。」
「ごちそうさまでした」
「ストロベリーパフェとタピオカミルクティーで合計1630円です」
「2030円で」
「400円のおつりになります」
「ごちそうさま〜」
「またのご来店お待ちしております」
服にコーヒーの香りを染みつかせつつお店を出た。
「この後はどうするの?」
「家に帰りますよ」
「そっか。じゃあね」
「さようなら」
浮上さんとは反対の方向へ歩き出す。
運動したからか、それとも浮上さんのテンションのせいか急に疲れが押し寄せてくる。
現時刻は7時半。
まだまだ今日は始まったばかりだというのに。