ガレット村の騒動(前)
ご無沙汰してます。
今回は、異世界満喫冒険譚・8~9話の間で起きたガレット村の人々視点になります。
中央大陸の中心部にある王都・アルバラントから西に数㎞の場所にガレット村という、のどかな田園風景が続く農村がある。
ガレット村は主に野菜や果物を栽培し、その一部をアルバラントや港町のアーベン経由で国外に輸出しており、嬉しいことに農作物は評判が良く、多方面からの提携・提供の話もあってか農村部の中でも比較的裕福な村として知られている。
しかし、そんなガレット村にもある一つの問題を抱えていた。
この日村長のガシムは、護衛として同行している女性と共にアルバラントにある冒険者ギルドに赴いていた。
普段、王都行く用事もなく小さな用事は村の若い人に任せがちだが、今回ばかりは村の代表としてどうしても行かざるおえない事情ができた。
実は、数日前から村の畑が荒らされることが発生したからである。
はじめは農作物を荒らす野生の動物ではないかと思ったのだが、土を掘り起こし、木に実る果実を道具を使ってはたき落とした形跡などがあったことから、明らかに動物や魔物の類いではないということに村民たちが不安を覚えたのである。
しかもその一部では、村の誰かの所行ではないかと疑う話も出始め、ガシムは生まれてから長いこと慣れ親しんだ地で起こったことに悲しみを感じていた。
「本当に大丈夫だろうか・・・」
「ガシムさん、大丈夫ですよ。冒険者の方がきっと来てくれます」
同行している女性が声を掛ける。
彼女はミモザと言い、ガシムの家の隣に住んでいるダンの妻である。
彼女は元々アルバラントの冒険者として活動していたのだが、ダンとの結婚を機に冒険者業を引退し、夫婦水入らずで畑を作りながらも二人の子を立派に育てた女性でもある。
また冒険者時代の経験を生かして畑に群がる動物を追い払い、害虫を駆除する腕っ節も健在でのようで、気の短い夫の仲裁役(どうしようもない時の鉄拳制裁役)として、村の人からかなり頼られている。
そんな彼女も、今回の事で気落ちするガシムを気にしてか一人で依頼を出しに行く彼の護衛役として買って出た。
元々この村の人手はないミモザが村民達に受け入れられたのは、ひとえにガシムの人柄あってのことで、自身の少ない貯蓄を切り崩して依頼を願う彼の行動に早く解決できればと心の内で思っていた。
それからほどなくして、ガシムの願いが聞き届けられた。
依頼を出した翌日、二人の冒険者が村を訪れた。
一人は背の高い金髪の男性で、もう一人は茶色の髪にいかにも素行が悪そうな男性と、家にやって来た彼らに対面したガシムは、本当に大丈夫なのかと不安を抱く。
「ガレット村の村長をしておりますガシムと申します。それと、こちらは息子夫婦のハンスとナンシーです」
「冒険者ギルドからやって来ましたアダムと相棒のケイです」
ガシムが自身と息子夫婦を紹介をすると、続けて金髪の男性アダムが紹介をする。
一方隣に居る茶髪の男性は会釈のみで、その目つきはこちらの様子を伺っているようななんとも居心地の悪さを感じる。しかし、折角依頼のために来て貰ったのに追い返しては失礼だと思い直し、二人を椅子に進めてから村で起こったの経緯を説明した。
話は主にアダムが聞き役で、ケイは相づちも会話に入ることもなく、時折出されたお茶に手を付けては静観した態度を崩さなかった。
「話をまとめますと、全部で四ヶ所被害に遭ったということですね?」
「はい。この家の東側にある隣家のダン夫婦の畑と南側にある息子の畑、村の入り口にあるマーサの家の畑に加えて、その西側のドラン夫婦の畑になります。北側にも畑はございますが幸い被害はなかったそうです」
どういうわけか、今回の被害は村の南側に集中してる。
アダムから被害状況を確認したいと申し出でがあったため、息子のハンスに案内を任せると、二人は畑を確認するため家をあとにしたのだった。
(本当にこの方々で大丈夫なのだろうか・・・?)
畑の被害状況を確認するため、ハンスは二人を連れて村を案内することにした。
この程度で冒険者が来てくれるとはと正直期待していなかったが、実際に来たら来たで逆に解決できるのかと不安しかない。
特に茶髪の男性であるケイは、肯定否定おろか聞き役にも徹せず一言も声を出すこともなく父親との会話を終了させている。
この人は一体、何を考えて居るのだろうかとハンス自身彼に対して懐疑的だった。
二人を連れて最初訪れた場所は、隣家のダンの家である。
ちょうど畑荒らしの片付けをしていたようで、割れた野菜を袋に詰め処理をしているダンにハンスが声を掛けると、彼がこちらに気づき手を上げる。
「おぉ、ハンスじゃねぇか?」
「ダンさんこんにちは。やっぱり片付けですか?」
「そうなんだよ。ウチはそれほどでもねぇけど、またキャベツやスーカをやられちまってよぉ~」
※スーカ・・・日本で言うスイカのこと。
丹精込めて育てていたのに・・・と、処理した袋を手に落胆するダンの姿になんとも言えない思いを抱く。
「というか、隣の後ろの二人は誰だ?」
「彼らは依頼を受けてやって来た冒険者たちです」
ダンに冒険者を紹介すると、彼は「なんでも良いけどこのままだと畑の野菜が全部なくなっちまうからなんとかしてくれ~」と困惑した表情を浮かべる。
あの気の短い(失礼ではあるが)彼がここまで気落ちする姿はなかなか見られないので、相当堪えているのだろう。
「な~!この野菜って、やられた時他のも同じ状態だったか?」
いつの間にかダンの手から袋を取ったのか、ケイが中身を開けて割れたスーカを眺めている。
無論ダンは折角片付けたのにと立腹している様子だったが、そんなことはお構いなしに再度ケイからどうなのか?と尋ねられ、割れたり引きずったりした後があったことを述べた。
それを聞いたケイは、何かを考える素振りを見せながらそうなんだ~と生返事し、割れた野菜を再度袋に詰めるとそのままダンに返した。
次に訪れたのは、自分と妻が管理している畑である。
「ここは私と妻が管理している畑です。トマトとキュウカムバを育てていました」
※キュウカムバ・・・日本で言うキュウリのこと。
ここは管理してる畑とは別に元々趣味で始めた畑であり、今の時期はトマトやキュウカムバを植えていたのだが、野菜が少なかったこともあってか被害は他の箇所より酷くはなかった。
しかし妻が管理している場所には、知り合いから譲ってもらい育てていたジャガイモが根こそぎやられていた。もちろんナンシーはかなりのショックを受け、一日中思い出しては泣きを繰り返しと、妻に対して何もできない自分に怒りを覚えた。
「なぁ、荒らされた部分はもう片付けたのか?」
「はい。妻がかなり気にしていましたので、お二人が来る前に片付けをしてしまいました」
ケイが指で土を一つまみするや、擦るように土の感触を確かめる様子を見せる。
「ハンス兄ちゃぁぁぁん!!」
畑の反対側からエルの声がした。
エルは村に住むマーサの息子で、彼の二つ下には妹のキャロルの三人暮らし。
父親は早くに流行病でなくなっており、女手一つで二人の子供を育てているマーサに村の人々もよく気にかけている。
また、今回の騒動も彼女の畑が被害を受けたことを聞いた。
現に彼女もその対応に追われているようで、時折村の人々が片付け作業を手伝っているところを見たことがある。
「やぁ。エル、どうしたんだい?」
「どうしたんだい?じゃないよ!今日こそ捕まえてくれるんだろう!?」
怒り心頭といった様子のエルは、気を紛らわせようと優しく話しかけたハンスに対して牙を剥く子犬の様な表情で迫る。ハンスはそれをなんとか宥め、アダムとエル双方から尋ねられたため軽く紹介を行う。
三ヶ所目であるマーサの畑は道を挟んだ向かい側にあり、畑のある家の前までやって来ると、畑の隅でエルの妹のキャロルが座り込んでいる。その場所は人通りの少ない位置にあり、彼女のお気に入りの場所でもある。
「キャロル?」
「ハンスお兄ちゃ~ん!」
ハンスが声を掛けると、キャロルはバッと立ち上がり一直線にハンスの腰回りにしがみついた。
屈んで顔を覗くと泣きじゃくっており、彼女が育てているいちごも被害に遭ってしまっている様子だった。隣に居るエルはかなり怒っている様子で、キャロルの為に捕まえるとどこからか入手した木の棒をブンブンと振り回している。
「あぁ~ハンス、来たのかい?」
家の中から二人の母親であるマーサが顔を出した。
どうやら畑の方が騒がしいことの気づき顔を出したそうで、彼女に依頼を受けた冒険者を紹介すると、先ほどガシムの家の場所を尋ねに来た人だねと驚く。
マーサが抱きついてこようとするキャロルを抱き上げ、悔しかったねと宥める。
アダムから被害状況について尋ねられると、ピーナッツとにんじんに加え、キャロルの育てている大鉢のいちごがもぎ取られた事を伝える。
いちごは小さな植木鉢もあったのだが、家族で食べるために騒動が起こる少し前に家の中に入れたそうだ。
それに本来なら大きな植木鉢も近々回収し、村の人々にお裾分けする予定だったようだが、今回のせいで熟れたものが全部取られてしまった。
当然キャロルは大泣きし、夫と一緒に育ててきた畑も荒らされたマーサもいつも以上に元気がない感じがする。
「畑といちごを取った犯人を見つけるから、元気を出してくれ」
アダムがキャロルを元気づけようと声を掛け、涙を浮かべたキャロルは必死に堪えながら頷き、恥ずかしいのかマーサの肩を埋める。
そんな様子を見たマーサは、なんとも言えない表情で本当に頼んだからねと声を返した。
三人が最後に訪れた場所は、マーサの家の西側にあるドランの家である。
この家には仲むつまじく暮らす老夫婦がおり、夫のドランは果樹園を管理し、妻のサラはハーブを栽培している。
「サラさん!」
ハンスが声を掛けると、庭に置いている鉢植えに水やりをしているサラと出会う。
彼女は趣味が高じて花のみならずハーブなどを栽培しており、時折村の女性陣とお茶をするところを見かけたことがある。
「あら、ハンスじゃない!今日はどうしたの?」
「こんにちは。ドランさんはいますか?」
「ドランなら、いつもの通りゼントのところに行っているけど?」
なにかご用だったかしら?と、小首を傾げるサラに依頼を受けた冒険者のことを伝えると、彼女はいつものように笑みを浮かべながら、遠くからわざわざありがとうと二人に礼を述べた。
「畑荒らしの依頼を受けたアダムといいます。そしてこちらは・・・」
アダムが隣に居るであろうケイに声を掛けようと振り返ったのだが、すでにそこにはおらず、代わりに別の方角からケイの声が聞こえた。
「ねぇ、これってハーブ?」
「えぇ、趣味でハーブを育てていてね。左からカモミール・セージ・シナモン・マルベリーを育てているわ」
いつの間にか移動したであろう、ケイが先ほどまで水やりをしていたサラの植木鉢を覗き込み、アダムが勝手に動くなと注意するが、サラはおてんばなのね~と言わんばかりにその問いに答える。
ほぉほぉ!と頷きながら彼女の言葉に耳を傾け、その様子に気をよくしたのか、サラは自身が育てているハーブの事について語り始める。
その表情から最初の印象とはかなり変わり、不思議な人だな~とハンスは感じた。
「おや?お客さんかい?」
それからほどなくして、家主であるドランが戻って来た。
いつもより賑やかだけど、なにかあったのかい?と尋ねるドランに、ハンスが出した依頼についての事情を説明すると、彼はサラと同じ表情でこれはこれはと挨拶を交わしてから二人に被害状況を説明した。
「うちは畑というよりも果樹園が中心でね、主にリンゴ・オレン・グレープを栽培しているよ」
※オレン・・・オレンジ
※グレープ・・・ぶどう
一種の趣味のようなものだが、と笑みを浮かべるドランの手には元・鍛冶職人のゼントに頼んだモノが握られている。
「その手に持っているモンって何?」
「あぁ、これかい?これは実と枝を切り離すために、村に居る職人に頼んで特注で作って貰ったナイフだよ」
ドランが手にしているものは、高いところにある果実を切り離すための刃物で、以前はのこぎりを使っていたのだが、枝を必要以上に傷つけてしまったことからこの村に住んでいる元・職人のゼントに頼んで付くって貰ったものである。
また年配であるドランには高いところの作業が難しいため、刃物の全長は60cmほどで柄の部分が長く、刃先は丸く刃渡りは短いが片面は鋭い仕様になっている。
それにより刃こぼれなどをしないよう維持するため、週に数回刃物の手入れを職人のゼントにお願いしていると聞く。
「被害状況を詳しく聞かせて貰えませんか?」
「えっと・・・下の方に実がなっていたリンゴやオレンは少し取られたね。家側の方にある果物と上の部分が丸々残っていたから、鳥ではないことは間違いないのだけど」
「じゃあ、この刃物って今週何回研いで貰った?」
「普通は週二回だけど、今回は今週だけで三回も研いで貰ったんだよ」
一体誰が・・・と不安げに語る夫妻に、ケイがいつも何処に置いているのかと尋ねると、普段はすぐ使えるように玄関の外にあると述べ、その後も何故かその刃物についてドランにいくつか質問を投げかけていた。
西日が差し込む頃、ドランの家をあとにした三人はガシムの家に戻ろうと来た道を戻り始めた。
「しかしわからないな~」
「犯人の目星もつかなそうですし・・・」
一通り見て回ったものの原因おろか証拠も見当たらず、アダムとハンスは考えあぐねいた。
畑の状況から見るに獣の類いではないことはわかるのだが、ではそれがなんなのかと考えるとよくわからない。ただ、ハンスが思うに人のような存在が行ったのではないかと考える。
そういえば、この少し前に開かれた村での話し合いの時に誰かが犯人は村の中にいるのでは?という言葉を口にしたことを思い出す。
ハンスとしては、生まれ育った場所で誰かを疑うことなど微塵も考えていなかったことにショックを受けたが、もしそれが本当ならと考えた時、自分はそれを受け入れられるのかと胸の内で不安を膨らませた。
「とりあえず一旦戻りましょう」
「あー俺、散歩してくるわ」
ハンスが日も暮れて来たので家に戻ろうと声を掛けたところ、突然ケイが別行動したいと声を上げた。
ケイがガシムの家の方向とは真逆に歩き始めたので、アダムが何処に行くんだ!?と呼び止めたが、当の本人は夕ご飯までには戻るとこちらを振り返ることもなく、フラっと何処かへ行ってしまった。
後編は後日更新いたします。
不定期になりますが、マイペースに活動していきます。