とある男性客
このお話は、異世界満喫冒険譚に登場している港町・アーベンの宿屋『ポーサ』を営むマリーとドルマン夫婦側の話です。時系列は4-7話の間になります。
「宿泊したいんだけど空いてるか?」
いつもの変わらない日常に、ある一人の男性客が宿屋『ポーサ』を訪れた。
入ってきた男性は見た目が二十才前後と若く、麻のシャツに革ベルトとズボン、それに革のブーツとかなり軽装で、少し茶色の髪と骨格自体華奢なのか、青年というにはあどけなさが残った顔の造形が印象的だった。
夫婦で宿屋『ポーサ』を切り盛りしている恰幅の良いマリーは、そんな青年にいらっしゃい!と声を掛け、いつものように宿泊かどうかを尋ね、提示した金銭を青年から受け取った。
「二階の一番奥の右側の部屋を使ってちょうだい!あとご飯はどうするんだい?」
「それなら今食べる」
よほどお腹が空いていたのか、繁忙時間の最中だというのに周りの雑音に負けず劣らずの勢いで青年のお腹からグゥ~と空腹の音が聞こえた。
マリーはそのタイミングの良さに笑いを堪えながら、夕食をシェフである夫のドルマンから料理を受け取るために奥の厨房へと足を向ける。
夕食の配膳を行う際、マリーは青年の様子を気にかけてみた。
階段近くのカウンター席に腰を下ろた青年は、肩に提げていた茶色い鞄を脇に置き辺りを物珍しそうに見回している。
その様子からは初めてこの町に来たのか、店を出入りする客を見ては「おぉ!」と感激し、隣の席で酒を酌み交わしている他の客の様子を窺ったりと、まるでなにもかも初めて!というような子供の行動に似ている。
「あんたこの辺じゃ見ない顔だね。ここは初めてかい?」
配膳した料理を青年の前に置くと、さっき町に着いたばかりと返ってくる。
今日の料理は野菜炒めとステーキ、それに黒パンといつものメニューで、青年からなんの肉を使っているのかと聞かれたのでボーンラビットの肉と答えると、見たことがないのか首を傾げている。世界的にかなりポピュラーなはずなのだが、本人曰く初めて知ったという。
マリーはその青年に対し、どこぞの箱入り息子なのかと疑問を感じた。
「あたしはここの女将をしているマリーっていうんだい。あんたは?」
ケイと名乗った青年は各地を旅していると答え、どこの出身かと尋ねると遠い異国の地、となんとも曖昧な返しをされる。
そもそもこの町は、港町の中でも中心的な位置に属している故にいろんな事情を持った人々が日々絶えずやって来る。
ケイも何かしらの事情があるのだろうと察したマリーは、それ以上は深く聞かずにしっかり食べるんだよと声を掛けてから他の接客に移ったのだった。
それから少し経ち食事を終えたケイが二階に上がった後、一段落したマリーはある話をいつも贔屓にしている常連から聞くことになる。
なんでも、ケイが黒パンを豪快に千切って食べていたというのだ。
そこだけ聞くと、パンは千切って食べるものだしなんら問題はないと思うだろう。しかし黒パンというのはかなり固く、本来人の手で千切って食べるような柔らかさは持ち合わせていない。そのため、一般的には水につけてふやかして食べるのが正解なのだが、ケイはそれらの工程を一切無視し、平然と一口サイズに千切り口に入れては咀嚼するを繰り返していたわけである。
その異様な光景に近くに居た客が、その食べ方美味しいのか?と尋ねるや少し固いがその分甘みを感じると返し、何事もなく食事を完食し彼が去った後でその場にいた他の客が真似をするが、誰一人として出来なかったのだという。
それに、水なしで黒パンを完食させることは顎が疲れるという理由もあり、ケイのような食べ方はあまり見かけない。
第一、黒パンを千切って食べるなんてどんな握力をしているのか?と話題になり、盛り上がったことなど当の本人は知る由もないだろう。
妙な客もいるものだと、マリーはケイの事を不思議に感じていたのだった。
「あんた!ちょいと来ておくれ!」
いつものように忙しい朝食時間帯を乗り越え、後片付けをしながらひと段落していたドルマンに、店内の方からマリーの自分を呼ぶ声が聞こえた。
先ほどまで水を使っていたため、素早く濡れた手をタオルで拭いてから彼女の方へ向かうと、いつも以上に興奮した様子の妻の姿がある。
「どうしたんだ、マリー?」
「あんた、これ見て!」
自分の手を引いたマリーに多少引きずられながらその場所へ向かうと、客と思しき青年とテーブルに置かれたあるモノに驚く。
「これは、コカトリスの卵じゃないか!?」
一瞬見間違いかと思ったが、明らかに普通のサイズではない卵がテーブル上に鎮座している。
マリーがこれはどうしたのかと尋ねると、青年が昨日山で見つけたと答えた。
山といえば、この辺りだとエバ山のことだろう。
しかし今の時期は、コカトリスの繁殖期真っ只中で通常期よりも獰猛になることから一般的には周知の事実として伝わっているはずが、この青年は何を思ったのか巣穴に入り卵を拝借し山を降りてきたと答えたのだ。
失礼ではあるが、体格を見るに冒険者をしているようにはとても思えない。
依頼や冒険者になりたての研修の一環で行うことはあれど、好き好んで自ら足を踏み入れるとは、かなりの自信家か変わり者ぐらいだろう。
「・・・というか誰?」
青年から自分の事を尋ねられ互いに軽く紹介を交わし、ケイと名乗った青年からコカトリスの卵を料理して欲しいと頼まれる。
「料理するのは構わないが、これ使っていいのかい?」
「もう一つあるから構わない」
その言葉に私も妻もかなり驚いた。
どうやらもう一つ卵を持ち帰っていたようで、もう一つの所在を尋ねると、マリーからケイはアイテムボックス持ちだと聞く。
なかなかレアスキルを持っているなと思ったドルマンだが、ケイからコカトリスの死体も収納したのだが扱いに困っている事を聞き、冒険者ギルドで買取をして貰えると答えた。どうやら彼は職につくことを考えていたようで、リスクはあるが報酬を貰える冒険者を希望していたようだ。
ケイから「コカトリスの卵を使った料理はいつ食べられるのか」と聞かれ、準備がかかるので出すのは今日の夜だと答えると、よほどコカトリスの卵の味が気になるのか“じゅるり”とした擬音が彼から聞こえた。
この大きさだと五~六人前の料理ができるのだが、彼は一人で食べきれるのだろうか?とこちらが考えていると、なんと余った分は他の客にあげてもいいし自分たちに任せると答えたのだ。
マリーとドルマンは、太っ腹というか世間知らずというか、まるで独り立ちする子供を心配するような親の気持ちでケイを見送ったのだった。
「ケイ、おかえり!」
その日の夜、コカトリスの卵料理を完成させたタイミングでケイが戻ってきた。
どうやら連れと一緒のようで、その人物は週に数回ここで料理を食べていく冒険者のアダムだった。聞けば、先日コカトリスの卵運搬の研修時にケイに助けられたそうで、ほどなくしてパーティを組んだと聞いた。
アダムからケイが冒険者になった聞き、よかったとマリーが胸をなで下ろしたものの、アダムの表情からはどこか疲弊している様子が窺える。
大丈夫なのかと声を掛けるものの、アダムの口からは「前途多難だ・・・」と難儀している表情が見えたが、頭を抱え呪文のように「いずれ慣れる」と呪文のように繰り返している彼にそっとしておこうとマリーはその場を離れた。
ほどなくして、コカトリスの卵が使われた料理がケイとアダムの前に配膳される。
今回はフリージアの郷土料理である【ベジルキッシュ】。
ベジルというのは、フリージアで栽培されているカブのような山芋のこと。
それを一旦すり下ろし、キャベツ・ストロパウダー(※日本でいう薄力粉のこと)・卵・エビ・薄くスライスした豚肉を混ぜ、火を通したものを皿に移し、卵を塗ってオーブンでじっくり焼いたもの。
見た目はアップルパイに近いが、卵の濃厚さとエビの甘さの中にベジルと・豚肉の食感が口の中いっぱいに味わいが広がるため、フリージアの郷土料理の中でも子供にも人気の料理である。
今回はコカトリスの卵を使ったことで、これとは別に自分たち用に作り試食したのだが、いつも使っている卵とは違い、卵の濃厚さは格別でシェフであるドルマンもさすがに興奮を抑えられず、マリーと二人であっという間に試作で作ったベジルキッシュを食べきってしまった。
また、これを使った卵を使った他の料理を作ってみたい気持ちがわき上がるが、その気持ちを抑え、また機会ができたらやってみようと内に留める。
「うまっ!」
「ベジルキッシュを食べたことはあるけど、いつも以上に濃厚な味がする」
テーブルの面積より皿の面積の方が大きいベジルキッシュを、ケイとアダムが切り分け小皿に移し、できたての料理を口にする。
特にアダムは以前ベジルキッシュを食べたことはあったようで、一口頬張るとその濃厚さに目を丸くする。ケイも見た目パイなのに味がお好み焼きだな!と言っていたが、彼の口にした料理をマリーも様子を見に来たドルマンも分からなかったが、二人とも気に入ってくれたことには間違いはない。
「ウチの旦那がフリージアの出身でね~久々に作って貰ったけど美味しかったよ!それに結構な数が作れたから、贔屓にしている客に出したら好評だったよ」
ケイから受け取ったコカトリスの卵は、通常より二回り大きく、殻の厚さもかなりあったことから、割ることに時間がかかったがその分ベジルキッシュを多く作れたことで、馴染みの客に本日のみのサービスを提供した。
みんな二人と同じ美味しそうな表情で平らげてくれて、提供してくれたケイに感謝しかない。
「やっぱ普通の卵とは違う?」
「そりゃそうさ!普通の卵をコカトリスの卵に置き換えるだけで、全然違う料理みたいになるんだからね」
ここまで濃厚になるのはコカトリスぐらいでないと、と得意げにマリーが説明したところでアダムが吹き出しかけた。
どうやらコカトリスの卵を使ったことに反応したようで、むせ返る彼にマリーが水を差しだし、飲み干すやこちらを凝視しながら聞き返す。
「卵はコカトリスの卵なのか?」
驚愕の表情でケイを見つめるや、ケイの方は「食べたいから取ってきた。文句あるのか?」と、ムッとした表情で返す。
アダムは慌てて訂正した様子を見せたが、パーティになったのに本当にこの二人は大丈夫なのか?と、端から見ていたマリーとドルマンは不安を感じたのだった。
初の試みですがいかがでしょうか?
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