08:立派な装丁の薄い本
昨日は帰宅してからすぐに寝込み、翌朝……昼前にはスッキリと目が覚めた。
「よく寝たぁ」
伸びをしながら起き上がる。
ちょっと頑張らなきゃいけないけど、最初の頃のように手をついてよっこいしょって感じではなくなった。
うん、進歩してるわぁ。
昨日の夕飯も今日の朝ご飯も食べてはいないけれど、空腹感はあまりない。
公爵邸でお茶をしたときに、なんだかんだいってケーキとスコーン食べたものね。あれは本当に美味しかったわ、テイクアウトしたいくらい。
そして思い出した、昨日の厄介な出来事を。
キョロキョロと見回し、机の上に例の薄い本を見つけた。
身を乗り出して取れる位置でよかったわ。
「本、というか、立派なノートと言ったほうがいいかしら」
表紙は赤地に豪華な金の刺繍入り、パラパラとめくった中の紙も厚めでしっかりしている。
タイトルはない。
文字はこちらのもので、日本語とかで書かれているわけではなかった。
「それにしても綺麗な文字ね、さすが公爵令嬢だわ」
伸びやかに流れるような文字は美しく、感心してしまった。まぁ、書かれている内容は、文字とは別物なんだけどね。
背もたれにクッションを立てかけ、背中をもたれさせて薄い本を開く。
物語は魔法学校の入学式からはじまる。
主人公であるヒロインちゃん目線で書かれていたその内容は、なんというか、まぁ、飛び飛びだし、話が平気で前後するし、ヒロインちゃんとイケメンとの絡みは妙に力強く長い一文だったり、それ以外の公爵令嬢にとってどうでもよかったんだろうところは適当に流されていたりして、どう見ても抜けが多いのよね。
「それにしても、なんでこんなにヒロインちゃん至上主義なの? どういうこと? これってゲームなのよね? これのどこが面白いのかしら(真顔)」
きっと彼女に聞けば、中に出てくるイケメンズとの恋の駆け引きが面白いとか、言うんだろうけど、ミニゲーム? とか謎解き的なものとか、季節のイベントとかがあるのはわかったけど、興味が惹かれない。
「それよりもなによりも、大事なところが抜けてるわよ。レイミが根暗だったのは、まぁわかるけれど、どうしてヒロインちゃんを魔法学校から追い出そうとするのかしら。確かにね、男をとっかえひっかえ侍らすのは目障りだけど、追い出す理由がレイミにはないように思えるんだけれど……。やっぱり、アーリエラ様に命令されたのかしら? アーリエラ様の婚約者である第二王子が、ヒロインちゃんのお相手の一人だものね――」
ゲーム自体は一年の終了と共に終わるのだが、そもそも私の出番は、一年の前期が終わるときに終了する。でも大事な役割であるらしいわ、ヒロインちゃんが自分の能力を覚醒するための噛ませ犬的な意味で。
この私が、噛ませ犬!
「中ボス、ってなによ、中ボスって。悪の女帝くらいやらせなさいよっ」
昨日の公爵令嬢の言葉を思い出し、クッションをサンドバッグ代わりに殴る。
でもわかってる、数発殴っただけで息切れしてしまうこの体では、女帝は無理かもってことは、でも中ボスはないわぁ。
「そもそも、ヒロインちゃんが覚醒する能力ってなんなのかしら? 詳しく書いてないってことは、アーリエラ様も知らないってこと?」
ノートを斜め読みしながら首を傾げる。
というか、恋愛方面にばっかりページを割きすぎなのよ、なんのためにコレを書いたのかしら? 悪役にならないためにじゃないの?
このゲームの中の私は、ことある毎にヒロインちゃんのデートの邪魔をしたり、いじめたりする役回りっぽい。主要キャラとの好感度を上げるのを邪魔するので要注意とか書いてあった。要注意ってなによ、要注意って。
無茶苦茶ヒロインちゃん目線だけど、あの人悪役降りる気ないんじゃない? そんな気がしてきた……。
「あちらはあちら。私は私。要するに、悪役にならなければいいのよね……そもそも、どうしてアーリエラ様は悪魔に憑かれるのかしら? そこが問題だと思うんだけど、一切書いてないわね」
わざと書いてないのか、本当にわからないのかが謎。あの人天然っぽいのよねー、いえ腐っても公爵令嬢だから腹に一物持ってるのかも知れないけど、やっぱ一回会ったくらいじゃ、人となりなんて掴めないし――。
ページをめくっていた手が止まる。
「んんっ? え、バウディも出てくるの? それも、隣国の王子様って……」
言いかけて慌てて口を閉じる。どう考えても、王子が我が家で仕事してるなんておかしいわよね。訳ありってことか……まぁ、黙っておくのが吉かな。
人助けが趣味の父だから、知っててウチに置いて――じゃないわね、知ってたらあの父が普通の態度なんてできないだろうしね。ってことは、知らずに雇用してるってことかな。
考えながらページをめくる。
「私が退場して、実家が没落して、バウディはヒロインちゃん家に引き抜かれるのかぁ。ボラと料理人のことも受けてくれたならいいけれど……なんだか、この流れだとイケメンだけ保護してそうだわ、そもそも貧乏男爵家らしいから、そんなに雇えもしないわよね」
貧乏伯爵家であるところの我が家でさえ、三人がやっとだもの。
あーもう、読むの嫌になってきたー。
それでも取りあえず最後まで目を通し、ノートを閉じて深くため息を吐く。
よく最後まで読み終えた、自分、偉いぞ。
「ウチが没落する理由も書いてないし、選択肢の選び方によってはバウディとヒロインちゃんくっつくストーリーもあるし、第二王子とくっつくのもあるし、宰相の孫とくっつくのも……凄いメンバーよね。あと、公爵令嬢は精神魔法で魔法学校を牛耳ってしまうし、だけどその『理由』は書いてないし。とにかく、情報が足りないけど、ネットもないこの世界で、どうすればいいのかしら――足で探すしかないのよね、きっと」
足、ねぇ。
上掛けをまくると、ネグリジェは右足の膝下から先がぺったんこになってる。そこはかとない絶望感があるわね、もうどうしようもないのに。
「もう少し、機動力が欲しいわ」
いまみたいに、バウディに頼らなくても移動できるようになりたいわね。そもそも、車椅子しかないっていうのがネックだわ。
そういえば、ノートの中に『魔道具』もあったわね。ミニゲームというやつで、魔道具を作るというのが。
魔石に溜めた魔力を電力のように使って動く道具を魔道具と呼ぶのよね。
ああそうだわ、火を使わないストーブとかもソレなのよね、ということはよ? 電動車椅子もできるってことじゃない!
ああでも、車椅子だと取り回しが悪いのよねぇ。取りあえず電動車椅子を作るのは確定だとして、やっぱり義足と松葉杖は必要だわ。
「早く学校に行きたいわね」
アーリエラ様の話では魔法学校で大変なことが起きるらしいけれど、ヒロインちゃんに関わらなければ物語通りにはならないんだから、構えることではないわよね。
心から、ヒロインちゃんの恋愛模様なんてどうでもいいもの。
でも、このノートは問題よね。
この先に起こることが書いてあるんだもん。災害とか、アーリエラ様が公爵家を支配して王家と対立するとか、バウディがらみで隣国からの使者が突然来ることとか。
公爵家のはアーリエラ様次第だと思うけど、他の二つは確定事項だろうから、こんな預言書めいたもの持ってるのは、色々ヤバそうよね。
さて、どこに隠しておこうかな――
煌びやかなノートを手に部屋を見回していると、部屋のドアがノックされて無茶苦茶びっくりした。