07:ボスがあなたで私は中ボス(憤)
一応、アーリエラ様の話を真面目な顔で聞いていたんだけど、話が飛び飛びで要領を得ないうえに、かなり荒唐無稽だった……。
それというのも、この世界は日本で売られていたゲームと同じ世界で、公爵令嬢も私もその中の主要キャラだということらしいんだけどさ。
なんでこの世界がゲームなのか、ちょっと意味がわからない。
ざっくり聞いたゲームの内容……ゲームというよりは少女小説っぽい物語で、ちょっと私の趣味じゃなかった。
元々平民だった主人公であるヒロインが、王子様とか色んなタイプの男と好感度を上げたり……複数の男の好感度を上げるって何? 何股するつもりなのって思ったけど、結局は誰か一人とカップルになるらしい。そしてそのゲームの中で、魔法学校の授業を受けたりするんだって。
ヒロインの節操には思うところがあるけど、平和そうなゲームよね。
「突拍子もないお話で驚いたでしょうけれど、どうか信じていただきたいの。ここは乙女なゲームの世界で、わたくしが『悪の令嬢』で、レイミ様、あなたもそうなの」
両手を祈るように組んで、身を乗り出して訴えてくる彼女に、ちょっと体を引く。
乙女ゲームというのがあったのは、知らなくもないけど。それとこの国、世界? が一緒っていうのは、納得しがたいなぁ。
そして、後出ししてきた重要ワード『悪の令嬢』。さっき、聞いたダイジェストでは出てこなかったんだけど……随分と物騒な言葉じゃない?
「私も『悪の令嬢』なんですか?」
彼女の話だと、ゲームの序盤で主人公であるヒロインちゃんという人の敵になるのが私で、本命の敵が公爵令嬢である彼女ということらしい。
「わたくしほど大物ではなくて、ええと、小悪党というか、小物な……そうだわ! 中ボス! 『中ボス令嬢』だわ」
彼女は小さく手を叩いて、イイ言葉を見つけた的に言った。
「私が、中ボス……え? 『中』ボス!?」
凄い二流感! ダサい、ダサすぎる! なにそれ、恥ずかしいっ!
愕然としている私に、彼女は悲しそうな顔をする。
「そうよ、あなたは一学年の前期に、ヒロインちゃんをいじめるの、彼女の華やかさとかに嫉妬して、だったはずだわよく覚えてないけど。わたくし、一通りエンディングは見ましたけれど、お気に入りのストーリー以外は、全部スキップしていたから、覚えておりませんの」
おぃ、覚えてないってなによ。
もの悲しいため息を吐きながらティーカップを傾ける彼女に、突っ込みを入れそうになり、慌てて飲み込む。
上下関係、上下関係、上下関係、大貴族には逆らわない。胸の内で呪文を唱えて、心を落ち着ける。
「それで、アーリエラ様はボスである、と?」
「ええ、そうなの、困りましたわ。このままでしたら、わたくし、悪魔に乗っ取られてしまいますの」
全然困った雰囲気じゃないけどね。
へにょんと下げた眉毛と、頬に添えた右手がちょっとだけ困ってるっぽいけども! 全然本気が見えない。
「悪魔に、乗っ取られるんですか?」
「そうなの、乗っ取られて悪いことをするのよ。ええと、精神に作用する魔法で、魔法学校内外に混乱の渦を巻き起こして、さりげなくヒロインちゃんを殺そうとするの」
「そうですか、さりげなくヒロインちゃんをころ……結構殺伐としているのですね。乙女なゲームというのは」
同調しようとして、詰まる。
乙女なゲームというから、平和でキャッキャうふふなゲームだと思っていたんだけれど、どうも違うようだわ。
ゲームなんてやったことがないから、本当に、全然わからない。
あ、でもボスっていうのが敵の親玉っていうのはわかるわよ、当然。
中ボスっていうと、きっと中間地点くらいで出てくるヤツよね。当然、ボスの半分くらいの力しかない、下っ端。もしかしなくても、ボスの手下なんじゃない?
うん? ということは、私がこのお嬢様の手下ってこと?
「殺伐といえば、そうかも知れませんわねぇ」
本当に、こんなとろくさいお嬢様の手下なの? 私って。
あーやっぱり上下関係からかしら、元日本人の転生者っていっても大貴族だし、歯向かえないわよね。
「それで、アーリエラ様はどうなさりたいのですか? ボスとして――」
歯向かえない私は、ちゃんと下手に出て応対するわよ。長いものに巻かれるのは好きじゃないけど、この世界だと大貴族に睨まれたら、ウチ程度の貴族なら本当にプチッと潰されちゃうから。
それに一応社会人やってたから、ソツのない対応くらいできなくもないわ。
「あのっ、あのね、わたくし、ヒロインちゃんをどうこうしたいとは思っておりませんの。穏便に魔法学校を卒業して、公爵令嬢として王子殿下と結婚して幸せになりたいのです」
両手を胸の前で組んで言い募る彼女にホッとする。
「それは、とてもいいと思います。では、私も中ボスではなく、一人の生徒として勉学に邁進すればいいのですね」
無茶振りはされないようだと胸をなで下ろした私に、彼女は目を丸くする。
「えっ? でも、あの、そうすると、ヒロインちゃんの能力が開花できなくなってしまいますわ」
オロオロしながら言う言葉がそれか。
「では、私には、中ボスの仕事をしろとおっしゃるのですね。自分はボス役を降りるのに、私には中ボスをしろと」
「そうではないの、そうではないのよ? だって、そうしたら、レイミ様が大変なことになってしまいますもの。でも、ほら、やっぱり、ストーリーも見てみたくはありませんか、折角この世界にきたのですもの」
両手を合わせて目をキラキラさせる彼女に、内心ため息を吐く。
私は全然見たくありません。
じっと彼女を見つめると、おずおずと曖昧な笑顔になり、それから顔をしょんぼりとさせた。
「そうですわね、わかりました。ヒロインちゃんの能力は諦めますわ」
「そうしていただけると、ありがたいです」
しょんぼりしている彼女には申し訳ないけれど、よくないことは回避するに限る。
安堵した私に、彼女は自分の横の椅子に置いてあった立派な表紙の薄い本を出してきた。
「これは……?」
差し出されたそれを、恐る恐る受け取る。
「今日お話ししたことも重複してしまいますけれど、記憶にある限りのゲームの内容を書き出してみましたの、これを役立てていただきたくて、レイミ様にプレゼントいたしますわ。あの、わたくしたち、身分は……ちょっと違いますけれど。うふふふ、これからも、手を取り合って助け合いましょうね」
微笑む彼女に、返事が詰まる。
もの凄く拒否したい、拒否したいけれどもっ! ああもう、受け取るしかないわね。
「わざわざ、ありがとうございます」
笑顔を返し、いただいた薄い本を丁寧に膝に置く。
「まだ、信じられないとは思いますけれど――ときがくれば、信じずにはいられなくなりますわ」
しっかりとした口調で告げられた予言者めいた言葉に、背筋がゾクリとする。
「あの……私も、悪魔に憑かれるのですか?」
ダイジェストで話してくれたので、詳しい内容に出てこなかったことを確認すると、顎に整えられた指先を添えてすこしの間考えた彼女は、首を横に振った。
「あなたは……あの、言葉はよくありませんが、悪魔に取り憑かれたわたくしの手下、のようなものだったと思いますわ。一番弟子? みたいなものですわね」
やっぱり手下だったかー。なんか、がっかりくるなぁ。
「それでしたら、こうして親しくなるのは不味いのではありませんか? 未来を変えたいのならば、私たちが出会わなければ、間違いなく未来がひとつ変わるのですから」
「大丈夫ですわ! 本来ならば、学園に入学してから出会う予定でしたけれど、それがこうして早まったのですし。なによりわたくしが、魔族に取り憑かれて闇落ちしなければ、なにもおこりませんもの。でも――わたくし一人だけでは、その、心細くて……。レイミ様も一緒に頑張ってもらえたら、心強いですわ」
ニッコリと笑う彼女に、察する。
そうかー、巻き込まれたのかぁ。納得いかなーい! けど、我慢我慢。
「わかりました、まずはこちらの本を読ませていただきますね」
立派な薄い本をちいさく掲げて見せれば、彼女はぱぁっと表情を明るくした。
「ええ! 是非」
食い気味に言われ、私が了承したことで彼女の目的が達成したからか、無事お茶会がお開きになった。
私は気疲れとキャパオーバーな内容に、帰宅してすぐに熱を出して寝込むことになってしまった。
本当にこの体って軟弱だわぁ。