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69:隣国の使者

 昨日はひとしきりハグをしてからバウディが部屋を離れ、私はドキドキする乙女チックな感情を持て余してベッドにダイブしたらそのまま寝落ちしてしまった。


 馬車の旅の疲れがドッと出たせいで、夕飯も食べずに寝転けてしまったけれど、そのお陰で今朝はすこぶる快調だった。


 目覚めたときは、いつの間にか寝間着に着替えて、顔もさっぱりして、義足も外してメンテナンスされた状態で定位置であるベッドの横に立てかけてあったけど。きっと、親切な妖精さんがやってくれたんだと思う。

 深く考えたら駄目だ。


 いそいそと義足を装着しながらも、熱くなる顔に困ってしまう。





「いいお天気でよかったですね、レイミ様」


「ええ、素敵なピクニック日和ですわね」


 昨日とは一転して、貴族のお嬢様然とした服装でニコニコと日傘を回すマーガレット様と並んで、私も手持ちのなかでも動きやすい涼しげな服でゆっくりと公園の小道を歩き、その私達のうしろをバウディとカレンド先輩がピクニックの荷物を持ってついてくる。


 この公園は、領主であるロークス家が管理していて、日頃は地元の人や観光客の憩いの場になっているということだ。


 今も公園内にはチラホラと人の姿がある、園内を管理している体格のいいお兄さんとか、ベンチを新設するのだろうか、数人で運んでいる体格のいいお兄さんとか。あとは、公園でのんびり日なたぼっこしている体格のいいおじさんとか。





 そして、目的地としていた人工のちいさな丘に登る前に、思わぬ人物に声を掛けられた。


「バウディ様ぁっ!」


 大きく上げた右手を振りながら駆け寄ってくるのは、ミュール様だった。


 その満面の笑顔が怖い。


 足を止めていた私たちのところまで走ってきた彼女は、肩で息をして額から流れる汗を手の甲で拭う。ハンカチくらい持ってないんだろうか、この子は。


「ミュール様、どうしてここへ?」


 不審感丸出しで聞いた私に、彼女はニコニコとした表情を崩さない。


「レイミさんのお母さんに聞いたの! カレンド会長のところに遊びにいくって」


 さらりとウソを吐き出す彼女に、思わず眉根が寄ってしまう。


「おかしいですね? 母に行き先を伝えておりませんのに?」


 私の言葉を、彼女は「あれー? そうだっけー?」とヘラヘラ笑って取り合わない。


「そんなことよりもバウディ様っ! わたし、あなたに大事な人を紹介しにきたの」


 バウディに駆け寄り、その腕に掴まろうとした彼女を、彼はスッと避ける。


「触れないでいただけますか。私はあなたが、私の大切な人を傷つけたのを、忘れてはおりません。実に不愉快です」


 きっぱりと言い切った彼に、彼女はぷぅっと頬を膨らませる。前世はフグだったのかな?


「いい加減目を覚ましてよぉ~! あなたは、こんなところで終わるような人じゃないんだよっ! もうっ!」


「目を覚ますのは君のほうだろう、ミュール・ハーティ嬢。君の行動は、学校でも目に余る、何度も注意を受けているにもかかわらず、それを矯正することもしない。君は本当に、学ぶ気があるのか」


 バウディの前に出たカレンド先輩の毅然とした言葉に、彼女はうんざりした顔を隠さない。


「やっぱ、カレンド会長って、邪魔するのよね。前期でも、生徒会メンバーに近づいても邪魔ばっかりして。お邪魔キャラはどこまでいっても、お邪魔キャラ」


 肩をすくめて両手のひらを上に向ける小馬鹿にした態度が、実にムカつく。


「あなたはまだ、この世界がゲームだなんて思っているの?」


「だって、ゲームだもの」


 揺るぎない目で私を睨む彼女は、本気でそう言ってるようにしか見えない。


「あなたやアーリエラ様っていう、イレギュラーがあったけれど。それでも、選択肢はなくならないのよ、ほら、いまだって出てるし! ――――っ! んんんっ! もうっ! どうして言えないのよっ!」


 言っている途中で口が縫い付けられたように動かなくなり、顔を赤くして息を吐き出した彼女は、柳眉をつり上げて足を踏みならした。


 その様子はとても奇妙で、本当になにかの干渉が彼女にあるのではないかと思わせる。


 息苦しかったのか、涙目の彼女はキッと私を睨んで言葉を続けた。


「わたしのゲームはまだ終わってないのよ」


 そう言って虚空を睨んだ彼女はにやりと笑い、場所を譲るようにゆっくりと横にずれた。


 その途端に、彼女のいた場所のうしろにズラリと人が現れた。


 三名の貴族らしき服装の猛々しい雰囲気の男性たちを中心に、うしろに隣国の騎士服の男たちがズラリと並ぶ。


「姿を隠す魔導具は、我が国では使用を制限されているものですよ」


 カレンド先輩の言葉を、彼らはフンと鼻を鳴らしただけで相手にしない。

 我々が学生だからと見下しているのか、我が国の貴族だから見下しているのか、判断がつきかねる。


 ただ、どちらにしても、最悪の態度だ。


「アフェル・バウディ・ウェルニーチェ殿下、お探し申し上げました。長らくのご不在、我々臣下一同首を長くしてお待ちしておりましたが、このたびは、待ちきれずにこうしてお迎えにあがりました。どうぞ、我々と共に、地に落ちた現政権を廃し、正しき道を民に指し示しましょうぞ」


 真ん中にいた、ひときわ厳めしい顔つきの男性が、両手を広げ大袈裟な仕草で、バウディに向かって臣下の礼を取った。

 それにならうように他の二人、そしてうしろの騎士達もひざまづく。


 バウディの表情は彼らを前にした当初から変わらない。

 至極興味のなさそうな、感情を排した顔だ。


「私が、貴殿らにつくと、本気で思っているのか?」


 はっきりとした拒絶の言葉が彼らに掛けられると、先頭の男性が顔をあげた。


「思っております。現在の我が国の窮状を知れば、我々と一緒にこないという選択肢はなくなるはずです。どうか、我々の言葉をお聞きください」


 宥めるように、すかすように、大人が子供を諭すように語ったその口調で、彼がバウディを侮っていることがわかる。


 せめて、もう少し真摯に話せばいいのにね。結果は変わらないけれども。


「貴殿らはなぜ、私だけではなく他の者もいるこの場で、そのような国家転覆を謀る大それたことを口にした? そしてなぜ、この国の法に背く魔導具を使う? ――まるで、不穏当な要素しかないな」


 なるほどねー、謀略を聞いた私達はあとで口を封じる気満々なのねー?


 って、そうすると、バウディを我が国がバックアップして、という話にはならないんじゃないかしら。アーリエラ様の薄いノートでは、バウディが我が国の後ろ盾を得て、隣国の王になるって話だったはずなのに、これでいいの?


 バウディの詰問に、使者はにやりと口の端を上げた。


「このようなところで、のんきに散策などしているので、どれほど日和ひよられたかのと思いましたが。心配は要らぬようですな、安心いたしました」


 どれだけ上から目線なのかなー? 割と、こっちのメンバーがイラッとしてるんだけど。


 そして、横に避けて成り行きを見守っているミュール様のどや顔が、追い打ちを掛けてくる。


 あの子は自分が何をしてるかわかってるのかな?


 いやでも、さっきのおかしな様子から、もしかしたらなにかあるのかも知れない。彼女がこの世界をゲームだと思い込むような、なにかが。

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