65:二人旅
まっすぐに北部に向かうなんて愚行はしない私は、まずは我が国の第二の都市と呼ばれる町を目指した。
生まれてはじめて、こんなに長距離を馬車で移動した。
強化魔法でお尻を強化していたから事なきを得たけれど、そうでなければきっと乗り続けることはできなかったと思う。
それから、冒険者という人たちや、行商の親子とも乗り合わせたり、妙に深刻そうな顔でひとり旅をしている女性も見かけた。
色々な人がいるんだなーなんて思いながら、途中気になる町があればフラリと立ち寄る、なんて悠々自適な旅を満喫する。
それもこれも、母のくれた軍資金のお陰だわ。
さすがに三ヶ月分の生活費相当のお金が入っているとは思わなかったです、感謝しかない。
「レイミ、ぼんやりしてると転ぶぞ」
「え? あっ、わわっ!」
段差に足を引っかけてつんのめる私を、バウディが難なく受け止めてくれる。
「あ、ありがとうゴザイマス……」
「どういたしまして」
私を受け止めるのに腰を抱いていた彼が、離すタイミングで頬にキスを落としてゆく。
――どういうことかと思うよね? 思うよねっ!
男女の二人旅なんて、色々よろしくないらしいのよ。ということで、安直だけど夫婦のフリをすることになりましたっ!
これがまた、超心臓に悪い。
バウディに名前で呼ばれることも、一気に縮まった距離感も、い、愛しげな視線も……っ。
私もちゃんとそれらしくしなきゃならないのに、挙動不審になってしまう。し、新婚さんってことで、挙動不審でも許してもらおう。
いくら資金が潤沢にあるとはいえ、無駄遣いはできないのでそこそこのグレードのお部屋をひと部屋だけ取ってるんだけど、そっちでは、まぁあまり問題はない。
移動で疲れちゃって、義足のメンテナンスをしたらすぐに寝てしまうからね!
それに、母の杞憂は杞憂だったし。
バウディは外ではいちゃつくけれど、部屋のなかだと普段通りの距離感に戻る。
初日の宿ではドキドキしちゃったけれど、凄く肩透かしをくらった気分だった。別に、期待してたわけじゃなくもないけど……。まぁ、母から釘も刺されていたし、ちょっと安心した。
「バウディ、もうそろそろ辺境伯領に向かいましょうか」
最終目的地はカレンド先輩の実家のある、辺境伯領のアルデハン湖。
魚の魔獣を見てくるのです! そして、魚を実食してくるのです。フライはあるかなー、カルパッチョはあるかなー。
西へ東へ蛇行しながらの旅で、十日掛けて目的地に向かったんだけれど。
さすが、辺境っていうだけあるわ。
途中から、馬車に護衛がついて驚いたし、実際に魔獣が馬車を襲ってきたし。
熊を好戦的にした感じの魔獣は、護衛の人たちによって、退けられた。
殺しちゃうのかなと思ったら、とりあえず熊の嫌がる匂いをぶつけて追い払い、あとで冒険者に討伐依頼を出すそうだ。
冒険者凄いな……アレと戦うのか。
「あの大きな魔獣を、どうやって仕留めるのかしら? 機会があれば見てみたいわね」
馬車のなかでひそひそとバウディに声を掛けると、それを聞いた向かいに座っていた行商のおじさんが慌てる。
「お嬢さん、そんなことは言わないほうがいい。言うとくるのが魔獣ってもんだ」
その真剣な表情に気圧されて、すぐに謝罪する。
噂をすると影が差す、って感じかな?
「なに、これから気をつけてくれたらいいさ」
おじさんは笑って許してくれたけれど、問題はその一時間後にやってきた。
「……言うとくるって本当ですね」
呆然と馬車の外を見ながら、隣で同じように呆然としているおじさんに声を掛けた。
「ああ、うん。随分、大物がきちゃったね」
おじさんが呆けたように言う通り、さっき見た熊よりひとまわり大きい熊が、うしろから追いかけてくる。
熊って案外足が速いってのは知っているけど、この熊っぽい魔獣もなかなか速い。どんどん近づいてくるのがなかなかの恐怖感だ。
護衛の人が先程も使った臭い袋を投擲するけれど、熊はそれを手で払いのけて止まることなく走ってくる。
「逃げるのは無理だな。御者! 馬車を止めろ! ここで仕留める!」
護衛の隊長が馬車を止めると、馬車の左右を馬に乗って護衛していた二人が、馬首を返して熊と向き合う。
熊、近くで見たら三メートルくらいあるんだけど、勝ち目あるのかな……。いや、あるんだよね? だって、そのための護衛なわけだし。
「レイミ、奥へ入れ」
怖い物見たさで馬車の後部のドアから様子を窺っていた私を奥へと引っ込め、バウディが中腰のままドアの前を陣取る。武器なんて持ってないから、加勢にいかないわよね?
開け放たれているドアから、熊と戦っている三人が見える。
熊、俊敏だわ。その上、漏れ漏れだけど身体強化まで使ってる。
一人が熊に張り飛ばされ、木にぶつか――らずに、クルッと足で木を蹴って、ぶつかる勢いを殺して着地し、また走って熊に向かう。
素晴らしい身体能力だわ……。思わず拍手しそうになってしまった。
と、どこからか、パァンという破裂音が聞こえ、護衛のひとりが空を見上げてから、腰のポーチから手筒を取り出し、空に向けて紐を引いた。
さっき聞こえたのと同じような破裂音と共に、煙が空に上がる。
「加勢がくるね。よかった」
行商のおじさんが、ホッとしたように強ばっていた表情をすこし緩めた。





