52:ミュールとの対話/52.5:アーリエラの手紙
大きく溜め息を吐いたミュール様は、体を斜めにして足を組み、机に肘をついてそこに顎を乗せた。
貴族のご令嬢にあるまじき姿勢だが、女子高生だと思えば……いや、さすがにこの姿勢はナイんじゃないか。
思わず表情が厳しくなった私に、彼女は口の端をあげた。
「やっぱ、あんたってこっちの世界の人なんだね」
彼女の言葉に曖昧に笑う。
「あー、その顔、わたしたちが違う世界から来たって信じてないわね? そりゃ、信じられないわよね。わたしだって信じられなかったもん」
どうやら彼女は、オープニングまでは自覚がなかったが、オープニングが終わって教室に入って席についたときに、自分の前世を思い出したらしい。
そういえば、入学した初日は今のような覇気はなかったわね。
「駄作とは言われてたけど、好きで何回もやったゲームだったからさ。だけど、ゲームと違うことがポロポロ出てくるし、その割にはちゃんとイベント自体はあったりしてさ。ステータス画面も出せるし」
「すてーたす画面ですか?」
首を傾げた私に、すこし考えてから、自分の現在の状態が目視できるということを教えてくれた。
「あのゲームのいいところは、ステータス画面で、イベントを教えてくれるところなんだよね。わたし、レベル上げとかはじめちゃうと、次のイベントなにやるか忘れちゃうから、超ありがたいのよ」
イベントが指示されるってことなのかな?
「障りがなければお聞きしたいのですが、その、イベントというのはどういったものなのでしょうか?」
ダメ元で聞いた私に、彼女はあっけらかんと教えてくれる。
「そうだなぁ、最近のだと、今朝の魔力循環あったじゃない? あれで、クリティカル出すとローディ先生の好感度あがるのよ。まだ、先生の好感度上げるタイミングじゃないから、あえて外したけど」
魔力循環で魔力が漏れてたり、魔力がビタッと止まらなかったのはわざとなのか。
「こう、ステータス画面にバーがあって、右と左に丸が付いてるんだけど、そこでビシッと止めたらクリティカル……ああ、大成功になるのよ」
「え? 魔力を体内で循環させるのではなくて、ですか?」
驚いてしまった私に、彼女は肩をすくめる。
「その感覚、わたしわかんないのよね。でも、まぁ、魔法はステータス画面から使えるから、問題ないし。――わたし、もう結構いろんな魔法を使えるのよね」
にんまりと笑った彼女だが、私は思わず焦ってしまう。
「ミュール様、授業でも習いましたけれど、魔法学校内で無許可で魔法を使うと、罰せられますからねっ! 勿論、校外でもそうですけど、迂闊には使わないでくださいね」
アーリエラ様の二の舞とか、本当に勘弁だからっ!
慌てて言い募った私に、彼女はきょとんとしてから、吹き出した。
「凄い慌てようじゃない? レイミさんらしくないゾ」
ウィンクすると、鞄を持って立ち上がった。
「じゃぁね、イベント消化しなきゃだから。バイバイ」
手を振って教室を出て行く彼女を見送る。
はぁ、今日のバウディへの報告、濃くなっちゃうわね。
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【52.5:アーリエラの手紙】
ヒロイン様
私も日本から転生してきた者です。
このゲームの悪役である事に気づいたときは、大変驚きました。
私には、悪役として生きるつもりはございませんし、あなたの邪魔もいたしません。願いは、公爵令嬢として彼の方と添い遂げたい、ただひとつなのです。
レイミ様にもこの世界がゲームである事をお伝えしてありますが、彼女はどうやら転生者ではないようなので、どこまで理解していただけたかは不明です。
もしかすると、世界の強制力がはたらき、私達の邪魔をするかも知れないこと、どうぞ、ご承知置きください。
道は違えど、同郷のよしみ、心はおなじだと思っております。
転生者である私達は、幸せにならなければなりません。
障害には毅然と立ち向かって参りましょう、私とあなたがいれば、不可能などありはしないのですから。
アーリエラ・ブレヒストより
魔法練習場の入り口に座ってもう一度手紙を読んだミュールは、丁寧な日本語で綴られた手紙を元の形に折り直した。
「やっぱり、そうだったかぁー」
アーリエラが転生者であったことは、さほどの驚きではなかった。
呟いたように、やっぱりという感情が強い。
「でも、そうすると……ざまぁ、されるの、わたしよね?」
言葉にすると悪寒がして、体が震えた。
だけど幸いは、自分を『ざまぁ』してくるはずの相手が、こうして歩み寄ってくれたことだ。
「幻のハーレムエンドなんか、目指してる場合じゃないわね」
そもそも、ゲームにはそんな結末はなかった。こうして転生したからこそ、もしかしたらできるかも!? の思いつきでハーレムエンドになるように頑張っていたのだが。
「それにしても……おなじ、転生者かぁ」
にへらと笑み崩れた顔で、手に持ったハート型の手紙を額に押し当てる。
胸の奥から湧き上がるのは、喜びと安堵と……。
転生者としての意識が目覚めてから、ずっと不安だった。
次々に出てくるイベントをこなしていたから、あまり考える余裕もなかったけれど、今思えば悲しみや不安から目をそらしていただけかも知れない。
ただ、レイミ・コングレードが転生者ではなく、この世界の強制力によって、自分たちの邪魔をするかも知れないという内容だけは、染みのようにじわじわと心に広がってゆく。
「でも――ふふっ、王子様狙いかぁ……。うん、それじゃ、『同郷のよしみ』で、王子様は外さなきゃね。となると、宰相の孫か未来の騎士団長よね。見た目はバウディが一番好きだけど、私、王妃って柄じゃないしなぁ」
それに、いまクリアしようとしているのは、未来の騎士団長がらみのイベントだった。
目の前に出したステータス画面の、イベント内容をスクロールして読んでいく。
「あー、これかぁ」
記憶にある選択肢を次々と選び、一番最後に命運を分ける選択肢になるのだが。
「げげっ、またバグってる……っ! なんで、選択肢が三つとも、同じなのよー、もーっ」
時々発生するそのバグに歯がみする。
本来ならば、好感度の上がり方に差が出て、ある程度自分の意思で調整できるのに。
「仕方ないか。『段差に躓いて、シーランド・サーシェルにハグする』っと。またシーランドくんとの好感度があがっちゃうなー」
選択をしないで時間が経過すれば、イベントをキャンセルすることができるのだが。そうするとペナルティーとして、ステータスにある『不運値』という数値が増えた。
ゲームにはなかったそれに、最初は気づかなかったけれど、この値が増えると魔法を使う難易度が上がるのだ。いまはまだ余裕綽々だが、用心に越したことはない。
他にも、数値が上がった直後に足の小指をタンスの角にぶつけたり、鳥の糞が直撃したりと、地味な不幸に見舞われるのも苦痛だった。
だから、よっぽどのことがない限り、このバグは諦めることにしている。
「まぁ、嫌いじゃないから、いいけどさっ。自主練上がりだから、汗臭くないかなー」
最後まで選択を終えて立ち上がり、手にしていた手紙をポケットに大切にしまうと、自分の意思なのか選択肢を選んだせいなのか、彼女は魔法練習場のなかに向けて走り出した。
その後、レイミ抜きでアーリエラと連絡を取り合うようになり、二人は親交を深めてゆくのだった。





