49:アーリエラ様の愚痴/49.5 生徒会室が真上だった
私の筋肉が育ってきたある日の放課後、アーリエラ様からこっそりとお呼び出しがあった。
家格の違いと、組の違いで会うことがないのよね。私としても、彼女と話をするのは目立つから避けたいし。
選択授業の移動教室から戻ると机の上に小さな封筒が乗せられ、愛らしい眠り猫の水晶でできた文鎮が置かれていたので、きっとお取り巻きのどちらかが置いていったのだと思う。
こういう可愛い小物が好きそうなのは、侯爵令嬢のリンナ様かな?
あまり前に出る人じゃないんだけど、入学当初のミュール様と合ったときアーリエラ様の前に出て、毅然とアーリエラ様を庇っていたっけ。
たまに会うと微笑んで会釈をしてくれる、穏やかそうな人だ。
そんなわけで、アーリエラ様の手紙にあった校舎の裏に来ていた。
校舎裏って、呼び出しの定番だよね。
などと、のほほんと歩きながら、瀟洒な校舎の裏にたどり着いた。
教室からここまでって結構距離があるのね。最近は校内で身体強化を使わないようにしているので、いいトレーニングとも言えなくもないが、正直、もっと近場にいい所はなかったのか問いたい。
「レイミ様、ミュール様をどうにかしてくださいっ」
おぅ、開口一番がそれかい。
先に到着していた私に、切羽詰まった様子で詰め寄る彼女。まずは一度落ち着きなさいや、と近くのベンチを勧めた。
校内で見かける彼女は粛々と公爵令嬢をしているのに、私の前では結構抜けてるのよね。だけど、丁寧にハンカチを敷いて座る所作はさすがお嬢様、ナチュラルにお上品だ。
「それで、ミュール様がどうかしたのですか?」
彼女の疲れた横顔を見ながら話を促す。
「どうかしたもなにも、頻繁にわたくしの前に現れて声をかけてくるのです。どうすれば彼女は、自分の立場を理解してくれるのでしょうか」
物憂げに吐息を吐く彼女は、深窓のご令嬢っぽくてとても麗しい。
「立場、ですか?」
「ええ、彼女は男爵家のご令嬢でしょう? なのに、平気でわたくしに声をかけてこられますのよ。シエラーネ様たちが退けてくださるけれど……。わたくしのB組にもよくいらっしゃって。そのうえ、わたくしの友人ぶって、他の方々にも声をかけるのでほとほと困り果てておりますの」
B組って身分の高い生徒と、少し爵位が低くても成績優秀な人が入ってるクラスだ。ミュール様が行くのは場違いな所なんだけど、どうやらそこに堂々と通ってるってことか。
因みにA組は、身分が高くて成績が優秀な生徒が集まっている。国を担うエリートばかりで、本当に近寄りがたい。第二王子殿下や宰相の孫もそこの組なんだけど、オーラが違うよね。
っていうか、よくB組に入れるな、彼女。
「それは、アーリエラ様から直接やめるように、伝えることはできないのですか?」
「わたくしから? でも、だって、レイミ様のクラスメイトなのですから……なんとかしていただかないと……」
手をもじもじさせて小声で言われ、思わず遠くに視線をやってしまう。
知らんがな。
喉まで出かかった言葉を堪える、相手は公爵令嬢だ。
「でも、シエラーネ様とリンナ様が、注意してくださってるのですよね? それでも来るということは、なにか思惑があるのでしょう。彼女も、アーリエラ様と同じ、転生者でゲームを知っているようですから、一度きちんと話し合ってみるのはいかがですか? 彼女も前に言っていましたが、彼女の行動次第でこれから先が変わることもあるとは思うのです。もし、彼女を説得できれば、アーリエラ様も安心できるのではないでしょうか」
はっきり言って、問題ありの子だけど、背に腹はかえられない。
私の言葉に、彼女は悲しそうに視線を伏せた。
「でも……彼女、元は平民でしたでしょう? わたくし、平民のかたと言葉を交わしたことがありませんもの、お話するのはちょっと……」
おおん? 平民だから口をききたくないってぇことかい?
っていうか、貴族以外と話したことがないって、凄いな。メイドさんとかは頭数に入って……あ、そっか、高位の貴族のメイドさんって、下級の貴族の女性がなるから本当に平民と会話したことがないのかも。
凄いな公爵令嬢。
「ちょっと、じゃありませんわ。アーリエラ様だって、悪役として成敗されたくありませんでしょう? 麗しの第二王子殿下との婚約だって整って、このまま卒業すれば、大公妃殿下になれるのですから」
「それは勿論そうですわ。卒業してあのかたの妻となるのが、わたくしの務めですもの」
シャキッと顔を上げて言った、よし、この調子でやる気を出してもらおう!
「でも、だからこそ、レイミ様に頑張っていただかなくてはいけませんわ。だって、わたくしのお陰で、この先の未来がわかり、こうして平穏を得ていらっしゃるのですもの」
あああ……そうくるのか、恩に報いろってことね。
まぁ、わからなくもない。
一か八かで私にゲームの話をしたんだろうし、公爵令嬢だから身軽に動けないところもあるのかもしれない。
「わかりました。では、ミュール様への手紙を書いてください。私がそれを、彼女にお渡しいたしますわ」
「でも、もし中身を誰かに見られたら、困ったことになってしまうのではないかしら?」
ぐだぐだと渋る彼女を説き伏せ、なんなら転生してきた所の言語で書いたらいいだろうとアドバイスして、やっと納得してくれた。
「では、書けましたら、レイミ様の机に入れておきますわ」
「はい。間違いなく、ミュール様にお渡ししますので」
先に帰る彼女を見送り、ホッと安堵して校舎裏を離れた。
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【49.5:生徒会室が真上だった】
カレンドは仕事の息抜きがてら窓に近づき、ふと見下ろしたそこに、二人の女生徒がいたのに気づいた。
豪奢な金色の髪と夜を思わせる漆黒の髪、どちらも知っている顔だった。
滅多に人の来ないその場所。そして、親交のなさそうな二人が、こそこそと話している姿が気になった。
のぞき見など品のないことだとわかっているのに、離れられない。
「会長、どうかしたのか?」
カレンドの机に書類を置きにきた、ビルクス第二王子が隣に並び、視線を追って下にやる。
「おや、麗しの我が婚約者殿ではないか。隣に居るのは……」
「レイミ・コングレード嬢だな。あの二人が知り合いだとは知らなかった」
あれから頻繁に生徒会準備室に顔を出し、ノートと教科書を書き写しているレイミから、アーリエラ・ブレヒストと親交があるとは聞いたことがなかった。
そもそも、滅多に雑談などしないが。
ビルクスもレイミとは顔を合わせたことがあった。カレンドと二人で勉強しているところに、わざわざ用事を作って押しかけ、対面したという強引さではあったが。
恐縮しきりのレイミからは、挨拶以上の言葉は聞けなかった。
それは王族を前にしたときの令嬢の反応として、割合普通だったので気にはならなかったのだが。
「なにやら、深刻そうだな」
窓が閉められているし、そうでなくても距離があって聞こえそうもない。
「レイミ嬢が説得しているのか? ああ、アーリエラ嬢が納得したようだな」
雰囲気を読み取っていた二人だが、違和感を覚えずにはいられない絵面だった。
「選民主義のブレヒストの令嬢が、あの家格の人間と懇意にするっていうのは、珍しいな」
カレンドの言葉に、ビルクスは肩をすくめる。
同意しかないが、一応婚約者なので多少庇うくらいはしなくてはいけないだろう。
「だから、ああして人気の無いところで、こっそり会ってるのではないか?」
ビルクスの言葉に、カレンドは視線を逸らさぬままで答える。
「そうかも知れんな。最初は、てっきり喧嘩でもはじめるのかと思ったがな」
いつでも窓を開けて飛び降りれるように魔力循環し、身体強化していたのをやめる。
窓の下ではアーリエラがベンチから立ち、帰ってゆくところだった。
「ビルクス様の予想で当たりのようだ――っ」
不意に、眼下の黒髪が揺れて窓を見上げてきたのに驚き、二人は咄嗟に窓から離れる。
「……なかなか、勘がいいようだな」
「盗聴防止があるから、こちらの声は聞こえていないはずだが」
視線をさげると、杖をついて校舎裏を去るスラリとしたうしろ姿があった。
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