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中ボス令嬢は、退場後の人生を謳歌する(予定)。【書籍化】  作者: こる
本編

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47.5:生徒会執行部

 生徒会室に隣接する準備室にレイミを伴ったカレンドが入った頃、生徒会室には副会長であるビルクス第二王子と現宰相の孫で会計をしているベルイドが、静かに書類整理をしていた。



 王家特有の緑混じりの金髪を首のうしろでひとまとめにし、透き通るような青い目をした麗しい青年であるビルクスの耳が、聞こえてくる会話に手を止めた。


 聞き耳を立てているわけではないが、準備室の応接セットからは棚が死角になって見えないドアは常時開いているので、自然と会話は聞こえてしまう。


 生徒会室側には盗聴防止の魔道具が設置されているのは防犯上当然の配慮であるが、入ってくる音は聞こえるので、一方的に声を聞くというのは少々体裁の悪いものだなと頭を掻く。


「……やはり、足のことが問題なのだろうか」


 ぼそりとビルクスが呟くと、すっきりと刈り上げた茶色の髪に黒い目をしたベルイドがペンを止めて視線を揺らす。


「そうかも知れませんね。ですが、未熟とはいえ、入学前に身体強化を身につけてくる方ですから、それだけが問題ではないかも知れませんよ」


 顔を上げひたりとビルクスを見る。

 ベルイドの視線を受けた彼は、ペンを置いて資料に目を通すのを止めた。


「足を失ったのは一年ほど前だったか?」


 椅子に背中を預けて、引き出しから一枚の資料を取り出した。

 そこには次の生徒会役員としてほしい人物の名前が並んでいる。成績、素行、教師からの評価等が、四半期分まとめられていた。


 成績上位生徒の中にE組がいるというのが希有で、ついそこに目がいってしまう。


「もう少したってますね。シーランド・サーシェルの乗った馬に踏まれて、重度の骨折により回復不可能で、切断とのことです」


「いたわしいことだな……まだ若いご令嬢が」


 秀麗な眉を寄せて吐息する姿に、ベルイドは果たして生徒会に女性を入れていいものかと再度思案してしまう。


 王太子である文武両道の第一王子とは違い、ビルクスは文に長けた人物だった。

 本人も武に対する自己評価は低いし、自分はそれでいいのだと明言している。そして王太子を補佐し、国を支えていく臣下になることを幼い頃から決めていた。

 それをよしとしない一派が無いわけではないが、現王太子のカリスマ性がある現状、表立つことはない。


 それはさておき、王太子よりも秀でていることがあるとすれば、この美貌だった。

 女性的な線の細さはあるものの、知的な顔立ちと誰に対しても等しく温厚に接するその人柄は、多くの女性に支持されている。


 数ヶ月前、内々に許嫁が決まったものの、それは当然のように政略的なものだった。


「アーリエラ・ブレヒスト嬢のお名前はありませんね」


 ビルクスから渡された名簿を見て、ベルイドがぽろっと呟いてしまった。


「ああ、彼女は、そうだね。こういった政治向きの性格ではないからね」


 微笑んで許嫁をそう評した彼は、今回の婚約について異はなかった。

 身分が釣り合い、年齢も釣り合い、外見も妻にするのに申し分ない女性。それだけ満たされていれば十分で、なにも問題はない。


 婚約が内定してから、数度お茶を共にしているが……。

 王妃になるわけではないのだから、国内での社交をこなしてくれれば、王族としての勤めも及第点だと割り切れていた。


「そういえば、ビルクス様の女性の好みというのを、聞いたことがありませんでしたね」


 ベルイドの突然の話題に、珍しくビルクスの眉が上がる。


「そういう君こそ、女性の好みを聞いたことがないぞ。許嫁もいないがどうするんだ」


「私はゆっくり探しますよ。うちは恋愛結婚派なんです。結婚しなくても、兄も弟もおりますから、特に問題もありませんし」


「おおらかでいいな、君の家は」


 とはいうものの、恋愛結婚などに夢を見たことのない彼の言葉は上滑りする。

 ビルクスの心情を把握しているベルイドはちいさく笑って流した。



「なんだ、二人とも居たのか」


 準備室のほうから入ってきたカレンドに、ベルイドは立ち上がりお茶の用意をはじめる。


「交渉は難航しているようだね、会長」


「どうかな。かなり警戒されてはいるが、あの様子ならば、教科書とノートに釣られて通ってくれるだろう」


 レイミ・コングレードとの会話はなかなか楽しかったなと、満足そうに自分の椅子に座ったカレンドは、こちらを見ているビルクスの視線に気づく。


「ずいぶんご機嫌ですね、珍しい」


 ビルクスの言葉に、首を傾げた。


「そうか? いや、そうかも知れないな。一筋縄でいかず、なかなか面白いからかな」


 今回のカギの件も、断られるとは思っていなかったのに。もしかすると、誰かの入れ知恵があったのかも知れないが、それでも面白い。

 ベルイドが用意してくれたお茶を、礼を言って受け取る。


「へぇ、私も一度会ってみたいですね」


 華やかなビルクスの笑顔を見て、カレンドは口元を緩める。


「機会はあるだろう。さて、仕事をしよう……ああ、E組の提出がまだなのか」


 集計済みの書類で、まだ空白になっている部分に視線をやって嘆息する。


 E組の委員長は少し変わった男爵令嬢だった。

 いまは貴族であるとはいえ元が平民だった生徒が委員長になるのは聞いたことがなく、興味をもっていた生徒会役員の面々だったが、顔合わせ以降あまりいい印象がない。


 なにせ、仕事が遅い。


 他の組は余裕をもって提出するものを、彼女はいつも期限ギリギリになって持ってくる。そして、申し訳ないからと無理矢理集計作業を手伝っていくのだ。


 彼女の快活さを好んでいる役員もいるので、彼らが受け入れてしまえば、会長である自分が口を出すのも野暮だろうと控えてはいるのだが。


「また、ですよ。期限内であるとはいえ、こう毎度ギリギリだと困りますね」


 自席に戻ったベルイドが口をとがらせる。


「そうだね、今度からE組だけ、期限を早く伝えてみるのはどうだろう」


 きらきらしい笑顔でビルクスが提案する。


 ここにいる、三役と呼ばれる人間は全員彼女に対して、いい印象を持っていない。

 集計が終わっているし、他に急ぐ仕事もなかったので、今日は来ていない他の役員は、割合彼女に好意的だったりする。


 彼女の貴族らしさのない明け透けとした態度が、気に入る人は気に入るらしいのだ。


「それはいいですね! 他の役員に周知しておきます」


 ベルイドの機嫌が回復したとき、生徒会室のドアがノックと共に開けられた。


 こういうところだ、応答もないのにいきなりドアを開ける人間など、彼女以外に見たことがない三人は、一斉に口を閉じて顔を向けた。


「一年E組ミュール・ハーティですっ! 集めた書類を持ってきましたー」


 満面の笑みで、ズカズカと入ってくる。


「ミュール・ハーティ嬢、いつも言っているが、ノックのあとは返事があるまで開けるな! 許可されていないのに、勝手に入ってくるな!」


 入り口から真っ正面にある席のカレンドが、額に青筋を立てて立ち上がる。


「えーっ、だって、入らないと渡せないじゃないですかぁ」


 ビルクスの机の前まできて、カレンドの方を向いてキュッと口をとがらせる。

 彼女はよくこれをするが、そういう態度がカレンドの怒りに油を注いでいるのだと気づいているのだろうかと、ビルクスは内心首を傾げる。


「語尾を伸ばすな。そして、敬語を使え」


 もっと言えとばかりに、カレンドの言葉にベルイドが頷いている。


「えーっ、使ってますよぉ。ねっ? 殿下っ」


 急に彼女の顔が自分の方を向き、遠い目をしていたビルクスは咄嗟に微笑む。


「まだ、及第点ではないかな。親御さんにご相談して、教師をつけてもらったほうがいいかもしれないね」


 柔らかな言葉だが、内容は辛辣だ。


「でもぉ……教師って、お金がかかるじゃないですかぁ。そんなの、お願いできないですぅ。わたし、もらわれっ子だから……」


 あからさまにしょんぼりと項垂れた彼女に、冷ややかな三対の視線が注がれるも、彼女はまだ気づいていない。


「それならば、学校内で模範となる生徒を手本にするといいよ。一番はアーリエラ嬢かな? 君も知っているよね、最近よくB組に行っているようだから」


 ビルクスの言葉に、カレンドの眉がピクリと動く。


 貴族に友人はまだいないのだと以前言っていた彼女が、B組に知り合いがいるとも思えない。基本的に他の組へ用もなく行くのは禁止されているのだ、禁止されていなくとも、自分よりも上の爵位を持つ家の生徒ばかりのB組を訪れるE組の生徒などいないはずだった。


「あー、はい、アーリエラさんは知ってます。けどぉ……わたし、元平民だから、嫌われてるみたいでぇ」


 公爵令嬢を“さん”付けで、その上、告げ口めいたことまで。


 ベルイドは頭が痛そうに、しわの深く寄った眉間を指先で揉んでいる。


「もうわかったから、ミュール・ハーティ嬢、その書類を置いて、帰りなさい」


 これ以上同じ部屋の空気を吸いたくないとばかりに、カレンドが彼女を追い出しにかかると、彼女は小さく飛び上がって涙目になった。


「カ、カレンド会長はっ、わたしのこと、嫌いなんでしょうっ。だから、すぐに意地悪ばっかりっ」


 小動物のような仕草で睨んでくる彼女に、カレンドの青筋が増える。


「いいから、出ていけっ! 仕事の邪魔だぁっ!」




 幸いなことに、生徒会室には盗聴防止の魔道具が常備されているため、普段冷静な生徒会長の怒声が校内に響くことはなかった。

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