45:時間が足りない
朝は瞑想と魔力循環、帰宅してからは筋トレと、父の仕事の手伝いをしつつ経理上の問題児のブラックリストの作成。
だから、家で勉強する時間が、本当にないことになる。
ということで、なんとか学校で予習しなきゃならない私の休み時間は、勉強でびっちり埋まる。
基礎教科は基本的にこの教室でおこなうので、教室を移動する時間がかからなくていいんだけど、午後からの選択教科についてはそれぞれの教室に移動になるので、身体強化をなるべく使わないようにしている私は、移動だけで時間がなくなってしまう。
というわけで、クラスメイトとの交流は最低限で、ひたすら机にかじりついて予習しているのよね。BGMはクラスメイトのおしゃべり、時々話しかけられるのが面倒で、素っ気なく返してしまう。
どっちみち、前期で私はこの学校を去るわけだし、そのときには平民になってる予定で、今後交流することもないんだから、友人関係の構築に力を割く必要性を感じないし別に問題もないと思うのよね。
午前中はそうやって授業の合間に今日の授業の予習をして、お昼休みは図書室で教科書を先取りで読み、理解できないところがどこかを確認し、放課後は図書室で調べ物をしたり、先生のところへわからないところを確認にいったりする。
大抵の先生は、授業の時間外でも聞けば快く教えてくれる。
「ミュール様、今日ご一緒にカフェに参りませんか?」
「ごめんねー、委員会があって遅くなりそうなの。また今度誘ってー」
朗らかな会話が聞こえてくる。
学校がはじまった当初は、不思議ちゃんとして敬遠されていたミュール様だが、いまではすっかり馴染んでいた。
私のことでも思ったけれど、このクラスのみんな、懐が深いわ。
だからガリ勉一直線な私なんかよりも、破天荒だけど明るく気さくなミュール様のほうが早くにクラスに溶け込めている。
そして彼女は、あれからぱったり私に絡んでくることがなくなった。
ちょっと気味が悪くもあるんだけど、絡まれないのはいいことなので、藪をつつくようなまねはしない。
そんな風に、私としてはとても平和な日々を過ごしていたんだけれど、担任としては看過できなかったりするんだろうな。
放課後、ローディ先生に職員室に呼び出された。
「レイミ君のことだからわかっていると思うけどな。もう少し、同級生と打ち解けることはできないか?」
直球ですね先生。
「そうしたいのはやまやまなのですけれど。私、やりたいことがたくさんあって、時間がないのでちょっと難しいですね」
直球で打ち返す。
「頑張っているのは、他の先生方からも聞いている。意欲があって、教科書も先取りして学習していることもな」
だって、前期だけで、せめて一年生の分の勉強を終えちゃいたいんだもん、仕方ないよね。
のんびり一年間通えるならいいけど、それは難しそうだし――。
アーリエラ様の情報で、ミュール様が真面目に委員長の仕事をして、生徒会とも着々とつなぎを作っているということは知っている。
前期の現在はスキルアップのための期間ということで、私が妨害しないから、思うさまイベントをこなしているということらしい。
生徒会の仕事を積極的に受け持ち、各先生との好感度をあげて基礎能力の底上げを図るとかなんとか、よくわからない話をしていた。
見聞きする分には、いい子になったようだからいいんじゃないかなーって思うんだけど、アーリエラ様は納得していない様子なのよね。
現実逃避していた意識を、ローディ先生の咳払いで戻した。
「勿論、勉強は大事だ。だがそれは家庭教師にだってできることだろう」
説教モードの先生に、うんざりしてしまう。
「我が家には、何人も教師を雇うような財政的余裕はございませんよ?」
先生の実家は辺境伯で裕福だから、庶民の懐事情なんてわからないわよねー。
なんて意地悪を言った私にもめげず、彼は説得を続ける。
「そうじゃなくてだな、学生には、学校でしかできない大事なことがあるだろう、って話だよ。友人を増やすことは、君にとってこの先の大きな助けになるんだぞ、まだ学生のうちはわからないかも知れないが、学生時代の友人というのはな――」
うーわー、と心の中で頭を抱えていると、通りがかった男子生徒が足を止めた。
「兄上、またそうやって、持論を生徒に押しつける。学生の本分は、学ぶことにあるのですから、彼女の行動に文句をつけるのは筋違いではありませんか」
生徒会長のカレンド先輩、そういえば、ローディ先生の弟なんだったっけ。色味以外は似ていないから、忘れがちだけど。
「カレンド、おまえもだ。そうやって、遊びもせずに勉強ばかりして――」
「遊んでいて文句をいわれるならともかく、ちゃんとやっているのに文句を言われる謂れはありませんよ。さて、君も用事が終わったのなら、いつまでも職員室にとどまるのもよくないよ」
出された助け船は、ありがたく掴まらせていただきますとも。
「そうですね。ではローディ先生、失礼いたします」
「仕方ないな。少しは協調性を持てよ」
余計なお世話ですー。
カレンド先輩と一緒に職員室を出て、少し離れた場所でお礼を言う。
「カレンド先輩、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ身内がすまない」
お互い顔を見合わせ、苦笑いして、廊下を歩き出す。
って、あれ?
「カレンド先輩、そういえば、委員会はどうされたんですか? 今日あるんですよね?」
ミュール様がそれを理由にクラスメイトのお誘いを断っていたし。
「委員会? いや、今日はないな。どうしてだ?」
「いえ、学級委員長が、今日は委員会があると言っていたので、てっきり生徒会関係の会議かと思っていました。誤解だったようです、すみません」
早とちりを謝罪した私に、彼は立ち止まってなにやら考え込む。
「カレンド先輩?」
「おかしいな、今日はどこも会議をやるなんて聞いていないが……」
「それでしたら、単純に、友人の誘いを断る口実にしたのかも知れませんね」
それはあり得るんだよね、アーリエラ様の薄いノートによれば、彼女の家は貴族とはいえ貧乏で、平民と変わらない暮らしぶりのはずだし。
物語の中では、色々な登場人物に餌付けされていたもの。
薄いノート情報だと、基本的にお小遣いがないので買い食いもしない、だから第二王子殿下がお忍びで街に出ているときにばったり会って、紆余曲折のあとお菓子を奢ってもらってそこから仲良くなるということだった。
「E組は確か、ミュール・ハーティ君だったか」
「ご存じで……ああ、ご存じですよね」
オリエンテーションのことを思い出し、納得した。あれは、記憶に残るよね。
「印象に残る人物だからな。まさか、学級委員長をやるとは思わなかったが。使える使えないは別として、色々な思いもよらない提案を出したり、なかなか積極的に活動に参加してくれている」
言葉は肯定的だが、表情に苦いものがある。
これは、もしや、なにか余計なこともしているんだろうか。……ありそうだな。
「私はてっきり、君が委員長になるかと思ったよ」
彼の言葉に驚いて、同じ歩調で隣を歩いてくれる彼を見上げた。四角い眼鏡の奥の目が興味深そうに私を見る。
「どうしてですか? 私は、このとおり、足も悪いですし」
「君が一番、勉学に励んでいるのは知っているよ。昼休みにも図書室で勉強する子は、君くらいだからね。放課後もちょくちょく図書室に通っているだろう? ああ、警戒しないでくれ、図書室の隣は生徒会の準備室だから、ドアを開けっぱなしにしていると廊下を通る人が、目に入るんだよ」
目に入るものなのかな?
疑問はあるが、わざわざ図書室の出入りを監視するほど暇人でもないだろうから、そうなんだろうと納得しておく。
「そして、君が随分急いで勉強を進めているということも、知っているよ」
「……どうして、私のことなど気になさるんですか」
足を止め、彼を見上げる。
彼は、眼鏡を指先で押し上げて少し考えると、私に時間はあるかと確認してから、図書室の隣にあるという準備室へと誘ってきた。
胡乱な目をする私に、誓ってやましいことはないと笑うが、信じられるか。
これでも、レイミは艶やかな黒髪に日焼けのない白い肌をもつ清楚系のお嬢様だぞ。自己防衛大事。
「君は案外面白い人なんだね。そうだな、君を釣るには――私の使い終わった教科書とノートではどうかな? 次年度の分でもいいぞ?」
生徒会のブレインとも呼べる人物の、教科書とノートなんて! それも次年度分も!
ほしいに決まってるじゃないのよー!
「お供させていただきます」
あっさりと折れた私に、彼はドアは開けておくから安心していいと言って笑った。
お読みいただきありがとうございます。
薄々気づいてはいましたが、私にはサブタイトルのセンスがありません。
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