43:ヒロインちゃんリターンズ
アーリエラ様たちとミュール様が消えて、ホッとして校門を目指す。
今日もバウディを待たせちゃったわね、明日から下校はひとりで大丈夫って言おうかしら。
人もいないことだしと、身体強化を使って彼の待つ校門へと急いだ。
「レイミさーん」
ゲッ!!!
うしろから走ってくる足音と共に聞こえた、悪魔の声。
同時に、馬車用通路を公爵家の馬車が通る。あ、アーリエラ様がこっそりこっちに手を合わせてた……。
振り切ることができたんですね、オメデトウゴザイマス。
校門までの距離はあと三分の一程度のところなのに、追いつかれてしまった。
「もうっ! 無視しないでよー!」
勢いよく肩を叩かれた途端、かくっと足から力が抜けて派手に転んでしまった。
そんなに強く叩かれたわけじゃないのに……力が抜けて、膝かっくんみたいになってしまった。
「ごっめーんっ! 大袈裟なんだから、レイミさんたらー」
膝に力が入らずビックリしている私を無理矢理引き起こした彼女は、私がしっかり立ったことを確認すると、素早くしゃがんで私の制服についた土を払ってくれる。
杖に掴まってなんとか立ててるけど……。どうして急に身体強化が消えてしまったの? 動揺のせいか、魔力の循環がままならない。
「だからさぁ、ちゃんと車椅子に乗らなきゃ駄目なんだってば」
立ち上がった彼女に、明らかに汚れの付いてない肩も汚れを払うようにパシンと叩かれる。
ニッコリと笑って、ウィンクまでしてくるのが恐ろしい。
彼女の勢いにのまれちゃ駄目だわ。
ひとつ息を吸い込んで、顔を上げる。
「車椅子には、乗りませんわ。義足がありますから」
まだ力の入らない足がもどかしいけれど、毅然とした態度で彼女に言う。
「ギソク? ああ! 義足なんだソレ。ふんっ、そんなものまであるんだね、この世界って」
面白くなさそうに鼻を鳴らした彼女は、気を取り直したようにニッコリと笑った。
「そうだ! お迎え、来てるんでしょ? アフェル・バウディ・ウェルニーチェ様」
それがバウディの本名だっていうのは、アーリエラ様の薄いノートで知っているけどね。
勿論知らないふりをする。
「あふぇる? 我が家の従者は、そのように長い名ではありませんわ」
きっぱりと言い切ると、彼女は馬鹿にしたように吹き出して、それから取り繕うように咳払いをした。
「そうね、あなたが知ってるバウディ様は、そうでしょうね」
そこはかとなく漂う優越感がむかつくけれど、いまは興奮を抑えて魔力の循環と強化魔法に意識を集中させなきゃ。
「ミュール様は、我が家の従者をご存じなの?」
白々しく言って首を傾げてみせれば、彼女はまごまごしながら体をくねらせた。
「まぁ、よくご存じではあるんだけれどぉ、知ってるっていうかぁ、そういうのともちょっと違ってぇ」
語尾を伸ばすな、くねくねすんな。
やっと、足の力が戻ってきた。
「大人の魅力っていうか、色気? が凄いでしょ、もう、歩くわいせつ物っていうかぁ」
「我が家の従者を、貶めるような発言は、やめていただけますか」
あまりにもあんまりな形容に、思わず口を挟んでしまった。
途端にむっとした彼女は、唇をゆがませる。
「我が家の、我が家のって言うけどねぇ、あの人が何者なのか知らないからそんなこと言えんのよっ!」
彼女の手が、思い切りよく私の肩を突き飛ばす。
魔力の循環が霧散し、膝の力が抜けてゆく。
おかしい、どうしたっておかしい。もしかして、彼女に触られると、強化魔法が消えるの?
うしろに倒れながら、衝撃を覚悟する――その時、力強い腕が私を抱きしめた。
「大丈夫ですか、お嬢」
転ぶ恐怖に瞑っていた目を開けると、いつもとは違う焦った表情の彼がいた。すこしだけ息も切れている。
「バウディ……」
ホッとして彼の名を呼ぶと、彼も安心したように表情を和らげた。
そしてそのまま彼の腕に、横抱きで抱き上げられる。
「怪我はないか? 疲れが出たのかもしれない。早く帰ろうな」
彼の言葉に全面的に賛成する。ホント早く帰りたい。
重だるい体を彼に預けて頷いたところで、彼女が再起動する。
「な、な、なななな生バウディ様っ!」
頭のてっぺんから抜けるような声と、胸の前で組んだ両手、そして上気した頬。
「わ、わたしっ、レイミちゃんのお友達のミュール・ハーティですぅっ。ごごごご、ご一緒にお帰りしてもよろしいでしょうかっ」
さっきまでの勢いはなんだったのかという、蚊の鳴くような声で、厚かましい願いを口にする。
そもそもお友達ではないし、ちゃん付けで呼ばれるのもぞっとする。
彼女の言葉を聞いて、彼の服を握りしめていた私の手が嫌悪感に震えた。
「ウチのお嬢のご友人?」
バウディが薄く笑って彼女に問う。
そのことに背を押されたのか、彼女は赤い顔をしゃきっとあげて頷いた。
お喜びのところ悪いけど、バウディのこの顔……怒ってる時のだよ?
「はっはいっ!」
「友達を突き飛ばすのか、あんたは」
薄笑いのまま言った彼に、彼女はまたもくねくねして、調子を取り戻した声で言い募る。
「やだぁ、ちょっとふざけてただけですよぅ。ほら、レイミちゃんって我が儘っ子じゃないですかぁ、お守り大変ですよねっ。でもでも、学校では、わたしがちゃーんと面倒見ますから、安心してくださいっ」
彼女の脳内で、どんな私が生成されてるんだか。
それともゲーム内の私って我が儘だったの? アーリエラ様の薄いノートにはそんなこと書いてなかった気がするんだけど。あれって、かなり端折られてるからなぁ。
「お嬢が、我が儘? まぁ、おとなしくはねぇが……いや、おとなしくはありませんが、ウチのお嬢は『いい子』ですよ」
そう言って、横抱きにした私の額に口づけを落とす。
「ちょ、ちょっと、子供扱いしないでちょうだいっ」
どうしたって顔が赤くなるでしょ、こんなことをされたらっ!
「俺は、お姫様扱いしかしてねぇだろ?」
愛しさを全開にして甘やかすイケメンに……討ち取られた。勝てない。
頭の隅では理解しているのよ、これが、ミュール様に対する当てつけだってことは。でもね、でも破壊力が凄すぎるのよーっ。
恥ずかしすぎて彼の顔を見てられず、彼の首に腕をまわして顔を伏せる。
「馬鹿……っ」
彼にだけ聞こえる悪態をこぼせば、彼が肩をふるわせて笑う。
「では、ご令嬢。ウチのお嬢の調子がよくないようなので、失礼する」
機嫌のよさそうな声でそう告げると、引き留める彼女を振り切って帰路についた。
本当に、心臓に悪いったらないわ。
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