42:誰に対してもソレなのね
帰り際、選択教科の件でローディ先生に呼ばれた。
重複できない教科の取り方をしてしまったらしい、一緒に教科を選び直すぞと言われている。
ううむ、残念だが仕方あるまいな。
すぐ帰れるように荷物を持って、職員室に顔を出した。
「それにしても、びっちり取ったな。予習をしっかりやらないと、ついていけなくなるぞ」
提出用紙に書き出された教科に、彼は頬を掻きながら助言をくれる。
「予習をすれば問題ないのですね。でしたら、この内容で頑張りたいと思います」
前期までしか通わないつもりなので、とにかく取れるものを取っておきたいのよね。
だから、ちょっとハードな取り方をした自覚はある。
この学校は午前中が基礎的な必須教科で、午後からそれぞれ選択した教科を学ぶ。
だから、貴族のご令嬢なんかは午前中の基礎教科だけを受けて、午後の教科はまるっきり取らない人もいるのだ。今、先生に聞いて知ったことだけどね。
そういう取り方をするのはB組のご令嬢に多いらしく、例えば、アーリエラ様なんかが筆頭じゃないかな、公爵令嬢だし。
彼らは本当に勉強したいことがあれば、自宅に教師を招いて、マンツーマンで学ぶことができるので、必要ないらしい。財力素晴らしいね。
「そういえば、レイミ君はミュール君と……なにか、交流はあるのか?」
いま気づいたけれど、ちゃんと君付けで呼んでくれてる。
シュレイン先生の指導の賜だねきっと。
それだけで、なんだかワンランクアップしたように見える。
「いえ、この学校に入るまでは、お会いしたこともございませんし。今後も交流するつもりはありませんけれど」
つるっと本音が出てしまったが、彼は「だろうなぁ」と嘆息しただけだった。
「一応反省はさせたが、あいつはどうも理解してるんだか、してないんだか。訳のわからんことを言って、煙に巻こうとするし」
多分、本人に煙に巻こうとする意図はないだろうけれど、結果的にそうなってるんだろうな。
「とはいえ、同じ組の仲間だ」
「そうですね……彼女は学級委員長ですし」
私の言葉に、彼が重いため息を吐き出した。気持ちはわかる。
「級長になれば、生徒会との接点も多いし、我が校の生徒としての自覚も出てくるだろう」
我が校というか、貴族としての自覚を生徒会に促して貰おうって考えてますね。賛成です。
あ、でも、生徒会長ってあのカレンド・ロークス先輩なのよね。貧乏くじ引きそうな雰囲気だから、ちょっと心配だな。
「とりあえず、選択教科についてはこれで提出を受け付けておく。もし、負担が大きく無理そうなら、いくらでも相談に乗るからな」
右足のことを気にしてくれているのだろうな。
初対面の時よりも、悪い先生ではないような気がしてる。シュレイン先生の以下略。
「ありがとうございます。そうならないように、頑張りますね」
礼を言って職員室を出た。
今日も上級生は授業中で、我々一年だけ下校なので、がらんとした玄関ホール……うぇい、居た。
玄関を出たところに、アーリエラ様と取り巻きである伯爵令嬢のシエラーネ様と侯爵令嬢のリンナ様が居た。人待ちの様子だけど、まさか、私じゃないわよね。
出て行こうかどうか迷っていると、私と逆の方向から走り寄る影が……。
「アーリエラさんっ! こんにちはっ!」
驚くアーリエラ様の前で急停止したのは、金桃色の髪をした我らがヒロインちゃんだった。
構内を走るな、そして公爵令嬢に向かってさん付けって、あり得ないことのオンパレードに思わず膝から力が抜けてしまう。
杖があってよかった。
「あなた、どなた?」
「目下の者が目上の者に、許可無く話しかけるなんて、なんて無作法なんでしょうっ」
アーリエラ様を守るように、シエラーネ様とリンナ様が前に出る。偉いぞ、お取り巻き!
気の弱そうなリンナ様はちょっと泣きそうだけど、気が強くきっちり言うべきことを言うシエラーネ様に励まされて、ちゃんと壁になっている。頑張れー。
「取り巻きさんたちも、はじめましてっ! ミュール・ハーティですっ。他人行儀なのはやめましょうよぅ。――だって、わたし次第で、どう進むのか変わっちゃうのよ? 仲良くしたほうが、いいと思うなぁ」
きゅるんと効果音がつきそうな笑顔で小首を傾げたけれど、言ってる内容はえげつない。
取り巻きに、取り巻き言うな……かわいそうだろ。
「なにをおっしゃってるの?」
「そ、そうですわ。あなたE組の人でしょう。アーリエラ様に勝手に声を掛けるなんて、不敬ですよっ」
シエラーネ様とリンナ様は、アーリエラ様からゲームの話を聞いていないんだね。
てっきり、彼女たちにも教えてるんだとばかり思ってた。だって、彼女たちも、アーリエラ様の巻き添えで処罰される対象の人たちだし。
リンナ様に至っては、アーリエラ様に見捨てられる役回りのはず。
その二人のうしろで、アーリエラ様が真っ青な顔をしている。
そうだよね、ミュール様の言葉は、アーリエラ様を脅してるもんね。
薄々気づいてたけど、やっぱりヒロインと悪役は相容れないのね。
いや、ミュール様の性格がよろしくないだけかもしれないけど。
「あんたたちはどうでもいいのよ。ね、アーリエラさんは、わかってるもんねー?」
アーリエラ様の顔色を見て確信したのだろうな、にっこり笑って小首を傾げるのが実に小憎らしい。
いまにも倒れそうなアーリエラ様に、追い打ちを掛けるのもまた意地が悪いわね。
ため息……いや深呼吸して呼吸を整え、強化魔法の具合を確かめてから歩きだす。
杖の音で気づいた四人がこちらを見た。
努めてゆっくりと彼女たちに近づいていき、アーリエラ様の前で静かに貴族としての礼をとる。
「レイミ様ごきげんよう」
アーリエラ様が声を掛けてくれるのを待ってから、挨拶を返す。
「アーリエラ様ごきげんよう。シエラーネ様とリンナ様も、このようなところで、どうかなさったのですか?」
わざとらしくミュール様は無視する。
「レイミ様を待っておりましたの、ね、アーリエラ様」
ホッとした顔のリンナ様がアーリエラ様に微笑みを向けると、アーリエラ様も微笑んだ。
「アーリエラ様が、レイミ様も、ご自宅の馬車で一緒に帰らないかと、お誘いにきたのよ。その、歩くのがお辛いだろうとお聞きしたので」
シエラーネ様の言葉に顔色が回復しつつあるアーリエラ様は頷く。
「ええ、シエラーネ様の言うとおりなの。レイミ様、是非我が家の馬車に乗っていらして」
「まぁ、ありがとうございます。ですが、供の者が迎えに来ておりますから、足の運動も兼ねて、ゆっくり歩いていこうと思います。お声かけくださって、本当にありがとうございます。王子殿下の許嫁であられるアーリエラ様のお優しさ、私、本当に嬉しいです」
よいしょ! よいしょっ!
「そうですか。無理強いはいたしませんわ、でも、どうかご無理はなさらないでくださいね」
「あっ! じゃぁ、わたし乗りたいです! レイミさんが乗らないなら、空いてますよねっ! 公爵家の馬車って二頭立てなんですよねっ、凄いなぁ! うち貧乏だから、馬車なんてないんですよー」
ミュール様の厚かましさに顔を見合わせた三人は、彼女を無視することにしたらしく、そそくさと公爵家の馬車が待つ場所へと歩きだした。
構内を走り回るミュール様を、貴族の令嬢の早足が勝てるはずもなく。ああ……粘着されてる……。
それにしても、あの押しは凄いな。
前世の記憶にヒロインとしてのなにかが加わって、ああなったのかしらね。
今日もなんだか疲れちゃったし、私も早く帰ろう。
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