41:空気を読みなさいね
ほら、私って一応、足がよくないわけだから、スタスタ歩くわけにもいかなくてえっちらおっちら教室に戻ってたら、昨日と同じように教卓前しか残ってなかった。
問題は、またも隣の席が空いていることだ。
ミュール様はオリエンテーション後、執行部に連れて行かれて、まだ戻ってない。
ということは、そういうことだ。
「はぁ、ひどい目にあった。わたし、なんにもしてないのにさ」
足音高く教室に入ってきたと思ったら、ブツブツ言いながら最後に残った席……昨日と同じく私の隣の席に座る彼女。
周囲の人間は、関わり合いになりたくないから静かに配布物を読んでいる。勿論私もだ。
「ねぇねぇ、あなた、レイミなんでしょ? レイミ・コングレード」
行儀悪く身を乗り出して、私の机を手の平でパタパタ叩いたうえに、呼び捨て。
そもそも昨日全員で自己紹介したじゃない、なんでわざわざ聞いてくるのよ。
仕方なく顔を上げ、姿勢を正して彼女を見る。
「ええ、コングレード伯爵家の、レイミ・コングレードですわ。ハーティ男爵家のミュール様。なにか御用かしら?」
気づきなさいよ、身分差に。
言葉遣いと態度、完全にアウトだからね。
念を押すように言った私の言葉に気づかず、彼女は無遠慮に私の全身を眺める。
「やっぱり! レイミなんだ! 車椅子じゃないから、ビックリしちゃった。あれ? そういえば、右足、なんであるの? 事故で切断したのよね?」
彼女の発言に、周囲がざわついた。
それはそうよね、知ってる人もいるかも知れないけれど、私程度の人間の事件なんて知らない人ばかりだろうし。
それよりなにより、静かな教室で言うことじゃない。
この馬鹿の子をどうしてくれようか。
――いや、どうもしないでおこう、関わり合いになりたくない、ゲームのことがあってもなくても。
顔を正面に戻して、読みかけだったプリントに視線を落とす。
「ねぇねぇ、その足のお陰で、シーランド君の婚約者になれたんでしょ? あれ? もしかして足治っちゃったの? 魔法って、足の再生もできちゃうんだっけ? おかしいなぁ」
できないわよ、ばーか。
私が無視してるのをいいことに、自分の席を離れた彼女は私の机の横にしゃがみ、机に両手を掛けて私を見上げてくる。
視界に入って、イライラする。
「ねぇ、無視? もう無視とかしちゃうの? さっすが、悪役ぅ。でも、わたしも負けないわよ、理不尽ないじめなんか平気――ぅわぁっ」
「ミュール・ハーティ君。ちょっと来なさい」
いつの間に教室に来ていたのか、ローディ先生が彼女の首根っこを掴んで、私の机から引き剥がしてくれた。
ちらっと見た顔が苦々しい表情をしているのは、彼女と同じようなことを昨日私にしたからだろう。
あのあとシュレイン先生にがっつり怒られたんだろうな、予想だけど。
「あっ! ローディ先生っ」
語尾にハートマークでも付いてる感じ。
「すまないが、他の者は、選択科目についての資料を読んでいてくれ」
先生はそう言うと、彼女を連れて教室を出て行った。
教室の中が「ほっ」とした空気で満たされる。私もホッとした。
穏やかな空気の中、みんな先生に言われた通り選択科目の資料をめくる、所々で小声で話し声が聞こえ、どれを取るのか相談しているようだ。
先程のオリエンテーションでも説明があり、ある程度目星はつけていたので、もう一度資料を読んで確定する。
私は、実用第一で考えてるから……うーんどれにしようかな。
悩んでいると、目の前に小柄な女子生徒が立った。顔を上げて目が合うとスッとお辞儀をした、黒縁眼鏡がチャームポイントの真面目そうなお嬢様だ。マーガレット・クロムエルと名乗ってから、私に席を譲ってほしいと交渉してきた。
「もしご迷惑でなければ、私と席を交換してもらえませんか? 私、視力が心許なくて、前の方に来たいのですけれど」
笑顔のひとつもない顔で言われたけれど、彼女の申し出の意味がわからないほど馬鹿ではない、面倒を回避するために私をミュール様から離してくれようという提案だ。
私は微笑みで彼女の提案をありがたく受け入れた。
「そうしていただけると、私の方こそ助かります。お言葉に甘えてよろしいかしら?」
「ええ、勿論」
ホッとしたらしい彼女から小さな笑みがこぼれる。
私に声を掛けるのは、きっと勇気が要ったのだろうな。彼女に感謝して立ち上がり、椅子につけていた杖を外す。
ふと気づいた、周囲からの控えめな興味の視線に。
ああ、折角だから、みんなが気になってるであろうこと、公表しちゃったほうがいいかな。
「昨日右足が悪いと申しましたけれど。実は右足の膝から下が義足なんですの」
「あら、ああ、なるほど。レイミ様は身体強化がお上手でいらっしゃいますね、素晴らしいですわ、言われるまで気づきませんでした」
マーガレット様の眼鏡の奥の目が細まり私の足下を見てから、納得したように頷いた。
わかる、目に強化をかけるときって、目を細くしちゃうわよね!
「ありがとうございます」
やっぱり、身体強化は淑女の嗜みなのね。彼女も普通に使っているし。
「私、田舎から出てきたのですけれど、やはり都会は進んでいるのですね。田舎の常識は田舎なのだと思い知らされましたわ、私もまだまだ精進しなくては」
キリッとした表情で、彼女が拳を握りしめている。
もしかして、なかなか熱い人なのかしら。
「いやいやいやいや、入学前に強化魔法ができるのは普通じゃないよ? 二人とも」
ミュール様とは逆隣の席の男子生徒が、思わずといったようにツッコミを入れてきたことで空気がほぐれ、クラスメイトたちにも義足であることを受け入れられた。
我知らず緊張していたのか、マーガレット様と交替した席に座ると、ホッと気が抜けた。
彼女の席は最後尾の廊下側で、いいのかしら、こここそまさに特等席なんだけど。とはいえ、ミュール様の隣の席には戻りたくないので、ありがたく好意を甘受する。
マーガレット様って学級委員長タイプよね、この学校にも学級委員なんてあるのかしら? 生徒会があるんだからあるのかも。そのときには、是非立候補してほしいな。
みんな取る教科が決まったのか少しガヤガヤしている教室に、すっかり萎れたミュール様を連れてローディ先生が戻ってきた。
私とマーガレット様が席を替わっているのに気づいたローディ先生は、あからさまに安堵の顔をしてミュール様を元の席に戻す。
彼女は隣席が私じゃないと知るときょろきょろ周囲を見渡そうとして、すかさずローディ先生に注意され、しぶしぶ前を向いた。
その後は、選択教科の提出と学級委員の選出が行われた。
私の予想に反して、委員長はマーガレット様ではなく……なんと、ミュール様が立候補して決まってしまった。
「わたし、超頑張るから! E組のために超頑張るからっ! 応援してねっ」
ごり押しをされ、危機感を覚えた先生が他の生徒にも声を掛けようとすると、ミュール様がごねて手がつけられず、仕方なくといった感じで決まったんだけど。
私は委員長に立候補する気がないから、委員長をやってくれるっていう彼女に文句は言えないけど。だけど、彼女で大丈夫なんだろうか……先行きに不安を覚えてしまうわ。
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