38:こちらが薄いノートでございます
家に帰るとさっそくバウディに、アーリエラ様からもらった薄いノートを差し出した。
「アーリエラ様からもらったノートよ。とりあえず、一通り読んでもらえる?」
「公爵令嬢から? わかった」
ノートという装丁ではないけどね。
私の机でノートを読む彼の横顔が、途中から険しくなる。
どの辺りかな? 私が退場するところだろうか、それともバウディが隣国の王族だってところだろうか。
ベッドに座って読了を待ちながら、手持ち無沙汰なので今日貰ってきたプリントと、共通教科の教科書類をベッドの上に広げる。
あとで名前を書いておかなきゃね、なんかこういうの懐かしいなぁ。
一通り読み終えたバウディが、ノートを閉じて深いため息を吐いた。わかる。
「これを、公爵令嬢が? 公爵令嬢は、予言者かなにかなのか……?」
ああそうか、大前提を伝えていなかったわ。うっかり。
公爵令嬢も日本の記憶があること、そして、このノートの中身はその世界に存在していたゲームのストーリーだということを伝えると、余計に悩ましい顔になった。
「この世界が、『れみか』の世界のゲーム……俄には信じられん話だ」
久しぶりに呼ばれた名前に心臓が跳ねる。
麗美華……そうだ、私は麗美華だった、ずっとレイミで呼ばれてるから、自分の名前を認識するのにラグがあったわ。びっくりした。
「私にも、どういうことなのかわからないわ。私はゲームをしない人間だったし、本当にこういうゲームがあったのかどうかもわからないけれど……重複する部分が、あるでしょ?」
「ああ、預言書だと言われても、納得するくらいには」
片手で顔を覆い深く息を吐いた彼の、複雑な感情は計り知れない。
私だって信じられないもの、だけど、レイミの中に私の意識があるなんていう信じられない事態があるんだから、この世界がゲームの世界であるというのも、あるのかも知れないと思うことはできる。
多分、彼もそこら辺で無理矢理納得したんだろう、しばらくしてやっと顔を上げた。
「ひどい顔してるわね」
指摘した私に、彼は苦笑いを浮かべる。
「そうだろうな。それで、どうするんだ? まさか、この通りにするつもりじゃないんだろう?」
「当然よ。だから、ほら、義足も作ったし、ひとりで歩けるようにもなったわ」
にんまりと笑ってボンドがするように親指を立てると、彼はすこしだけ口元を緩ませた。
「なるほど、この本の内容と変えていくのか。……変えていけるんだな」
彼の言葉に強く頷く。
「ええ、変えられたわ」
自信をもって答えた私に、彼の表情が目に見えて緩んだ。
イケメンの憂い顔もいいけど、やっぱり笑っていてほしいのよね。
「そうか。公爵令嬢が度々お嬢をお茶に誘っていたのは、このことを話し合うためだったのか。同郷の者として」
「同郷ってことは、多分気づいていないわね。悪役仲間だから、声を掛けたのだと思うわ」
そう前置きして、一応彼女も悪役になることを望んでいないこと、だけどまだゲームに未練があるようだということを伝えた。
わざわざ中ボスとかは言わないわよ、だって、ダサいもの!
「彼女、隙あらばゲームの通りにしたがるのよ、自分に被害のない範囲で。だから、最初は私が悪役を外れることも嫌そうだったわ、ヒロインちゃんの能力の覚醒のきっかけが私だったから」
私の言葉に、彼が苦い顔をする。
「もちろん、丸め込んで納得させたわよ。だけど、まだ問題があってね」
「問題?」
聞き返す彼に、頷く。
「どうやら、彼女。あなたを隣国の王様にしたいらしいのよ。勿論それは悪手だって、説得はしてきたんだけど、彼女が隣国の革新派にあなたを売る可能性があるのよね」
彼が両手で顔を覆ってしまった。
そうよね、嫌で逃げてきた故国なんだから、帰りたくはないわよね。
「――あなたは、いつから、私が、隣国の人間だと、知っていたんですか」
顔を隠したまま小さな声で聞いてきた彼に、はじめて公爵邸にお茶しにいった日だと伝えたら、ため息を吐かれた。
「そんな前から……。態度が全然変わらないから、気づかなかった……」
「元王子様かも知れないけれど、いまは家の人間なんだから、態度なんて変わるわけがないでしょう? そんなことよりも、ねぇ、これからどうすればいいと思う? そこに書いてないんだけど、私が退学したら、お父様も職場で同僚や上司の横領等の罪を被せられて、田舎に左遷させられてしまうのですって」
私の言葉に、彼が顔を上げる。
「お嬢の退学後、すぐにですか?」
「時間的なものは詳しくわからないけれど、退学して程なくって言ってたわ」
「ということは、旦那様の左遷に絡んでいるのは、公爵家ですか。おおかた、お嬢の口から、黒幕が誰であるのか漏れるのを防ぐために、左遷の名目で田舎にやったのでしょう」
なるほど、超あり得る。
「そっか、遠くにやってしまえば、アーリエラ様の精神魔法で幻肢痛を緩和してもらうこともできなくなるものね。だから色々絶望もしちゃって、自傷行為で自死なのか」
「……お嬢、自死ってのは、どういうことです?」
彼から、冷たい空気が流れてくる。怖っ。
「いや、あの、そうらしいわよ? 物語通りだとね? でもほら、私はもう幻肢痛は自力でなんとかできるし、今後もアーリエラ様の精神魔法のお世話になる予定はないから大丈夫よ?」
彼の迫力に、早口で説明する。
「そう、ですね」
怒気が消えてホッとする。
ちょっと話題を変えておこう、レイミの話は重くて地雷があるわ。
「でもさっきも言ったように、バウディとお父様のことがあるのよ。正直、王都にいる限り危ないんじゃないかって思っているの」
言葉にしたら、少し方向性が見えてきたぞ。
私が後期も学校に残ることができたとして、それによるデメリットも結構あるわよね。
「そして、学校をちゃんと卒業してしまったら、私、あいつと結婚しなくてはならないのよ」
そうなのよ、アレと結婚……うわっ、鳥肌が立った。
腕を擦りながら、言葉を続ける。
「貴族であることに未練はないの。だから、ある意味ゲームのとおりに、前期で学校を退学したほうがいいんじゃないかしら」
「どうしてそうなる」
冷静な彼の突っ込みに、手をあげて彼を止める。
「まぁ聞いて。あなたもソレを読んだからわかると思うけれど、学校にいたら、後期はそれらのことに巻き込まれる可能性があるのよ? 七不思議を探すなんてのはどうでもいいけれど、万が一、後期に本格的に『悪魔』が復活してアーリエラ様に取り憑いたら、大惨事よ。私なんか、真っ先に手下にされて捨て駒だわ」
悪魔がなにをきっかけにアーリエラ様に取り憑くのかわからないのがネックなんだけど、わからないものは仕方がない。可能性として否定せずに、対策を考えなくてはいけないのよ。
「私は、誰にも脅かされず、平和に穏やかに生活したいわ。その目標が達成できるなら、貴族じゃなくていいの、むしろ平民になるほうがいいと思うのよ。そのために、魔法学校での選択教科を現実的なもので固めて、平民になってもやっていけるように手に職をつけようと思うのよ」
言葉にすると腹が決まるし、なんだかとてもいいアイデアに思えてきた。
レイミには悪いけど、より安全で平和に暮らすとすれば、貴族の下の方にいるより、平民の上の方にいたほうが心も安らかだと思うの。
貴族でなくなるのは不安かも知れないけれど、平民でもお金をしっかり稼げれば問題はないはず!
目指せ! 経済的自立!
「なるほどな、とりあえず意思は理解した。それで、今後はどうするんだ? この本の通りにいくのなら、ヒロインという女生徒をいじめるのか?」
言われてビックリする。そういう風に聞こえてたのか。
「そんなことはしないわよっ。他人に迷惑を掛けるのは本意じゃないもの、だから、穏便に退学になろうと思うのよね」
怪訝な顔をする彼に、ニッコリと笑ってみせた。
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