36:教室に入るまでがオープニングです
※本日2話更新いたしました。
席は早い者勝ちらしく、まんまと残っていた教卓の前の席の一つに渋々座る。
周りの人たちに挨拶しながら席につき、杖を椅子の背に固定した。
事前に確認してあったので、ちゃんと固定用に面ファスナーを用意してあるよ!
これはボンドに制作をお願いしたものだ。
だって、立てかけておいても転けるんだもん、落ちた杖を拾うのって結構大変なんだよね。
杖にアクセサリーのように付いている、おしゃれな面ファスナーなのよ。ボンドはセンスも技術も素晴らしいわよねー。
それにしても貴族仕様の学校だけあって、机も広いし、椅子も座り心地がいい。
ひとクラスの人数も多くないから、広々だし。隣との距離が微妙にあるから、ちょっと気楽におしゃべりはできなくて、クラスの中は微妙に静か。ただ、さっき挨拶しながら教室に入ったけどちゃんと返事ももらえたし、雰囲気は悪くないっぽい。
一年間、穏便に生活できそうかなー。担任がアレだけど。
手持ち無沙汰に、机の上に既に置かれていたプリントに目を通しておく。
明日のオリエンテーションのことだったり、校則についてだったり、時間割や選択教科についてなどなど。思ったよりも面白そう。
などと思っていたら、教室の前で「きゃぁ」とか「すまん!」とかいう声が聞こえた。
何事かと、クラスメイトが顔を見合わせ、教室の入り口を注視する。
立派な入り口のドアをスライドさせて、ローディ先生が入り、そのうしろからヒロインちゃん……もとい、ミュール様がおでこを擦りながら入ってくる。
彼女、私より先に階段を上がっていた筈なのに、どうして一番最後なんだろう? アーリエラ様からもらった薄いノート、一度目を通しただけだからオープニングの詳しいところ覚えてないのよね。
とりあえずあとでアーリエラ様に、ミュール様がローディ先生と一緒に教室に入ってきたことを報告しておこう。きっとソワソワしながら待ってるだろうし。
空いていた私の隣の席に座った彼女は、私と目が合うとビクッと体をこわばらせた。
怖がらせるようなことをした覚えはないけど、微笑んで会釈をしてから正面を向いておく。不可抗力で隣の席になってしまったけど、極力接点は少なくしておこう。
当たらず触らずね。
前を見れば、深緑の寝癖ヘアーが教壇に立っている。
ああ、そうだ、さっきのイケメン先輩の既視感はローディ先生だったんだ。なんとなくあの先輩に悪いから、似てるとは言いたくない。
担任の挨拶と、生徒の自己紹介。その後、プリントの説明があるとのこと。
廊下側の手前の生徒から立ち上がって順番に自己紹介する。
「オリハラード男爵家三男イエル・オリハラードです、よろしくお願いします」
パチパチと拍手で歓待。
うん、こういうのって、あんまり変わらんもんなのね気楽だわ。
どんどん、挨拶が進んでいく。
時々、機転の利く子が、自分の趣味なども加えて挨拶をするのが微笑ましい。
ミュール様は呆けたような様子ではあったが、無難に挨拶していた。どうしたのかしら? ぶつかりすぎて、脳震盪を起こしてるわけじゃないわよね。
そして私の番が来る。
ちょっとドキドキしながら立ち上がろうとしたところを、ローディ先生に止められた。え、ちょっと待って、なぜ止める。
「レイミ君は、立たなくても大丈夫だ。あー、みんな、彼女は――」
言葉を遮るように立ち上がり、ローディ先生にニッコリと笑みを向ける。
「ローディ先生、私なら大丈夫ですわ」
くるりと振り向いて、笑顔で同級生を見回す。
「コングレード伯爵家の長女で、レイミ・コングレードと申します。少し右足が不自由しておりますので、お手数をおかけすることもあるかと思いますが、皆様と仲良く学生生活を過ごしていけたらと思っております。よろしくお願いいたします」
淑女の礼をとると、心のこもった拍手を多くもらえてほっとする。
マナー通りスカートをさばいて椅子に座り、それから、次の挨拶をする同級生のほうに体を向けて拝聴する。
後頭部に熱視線を感じるが、もしかしてローディ先生に睨まれてんのかなぁ。
でもさぁ、なんでもかんでもフォローされるのは嫌なのよね。自分でできることは、自分でやりたいじゃない。
無事挨拶も終わり、プリントの説明が終ったらあとは帰るだけだった。
あちらの学校のように、提出物のオンパレードということもない。
ローディ先生も職員室に帰っていき、同級生たちもポロポロと帰っていくのを見守りつつ、プリント類を鞄にしまい椅子につけていた杖を取って立ち上がる。
……いやぁ、声掛けた方がいいのかなぁ、ミュール様がぼんやり座ったままなのよねぇ。隣の席だし、無視するのもおかしいよね。
「ミュール様? ミュール様?」
「あ、は、はいっ!」
めっちゃ勢いよく立ち上がられて、こっちがびびる。
「あの、まだお帰りになりませんの? 皆様、もうお帰りになっていますよ?」
「え、あ、ほ、本当だっ!」
本当にぼんやりしてたのか、周囲を見て驚いている。
「私も用がございますので、お先に失礼いたしますね。また明日」
「は、はいっ! また明日っ」
声の大きさがローディ先生っぽいなぁ。
彼女に会釈をして、教室を出る。
ドアを閉めて周囲に人がいないのを確認してから、杖と鞄を小脇に抱え、強化魔法を使ってB組まで急いで歩いていく。
こそっとB組を確認すると、ソワソワしているアーリエラ様が待ってた。
彼女に招かれるまま、教室に入る。教室の作りは同じだけれど、人数が少ないのか机の数が少なく広々している。
AとB組は高位貴族で成績順、C、D、Eは中位以下で成績順となっている。だから、もっと明確に教室が豪華かと思ったんだけど、そうでもなかったわね。
「それでレイミ様、どうでしたか?」
「例のかたは、アーリエラ様がおっしゃるように、先生と一緒に教室に入っていらっしゃいました」
私の報告に、両手を胸の前に組んでぴょんと跳ねた。
「ああ、本当にオープニングの通りですのね」
夢見るように、くるくると回る。
教室には私とアーリエラ様しかいないから、スカートの裾が浮き上がっておパンツが見えそうですよーなんて野暮な指摘はしない。
公爵令嬢がどんなおパンツはいてるか見てみたいなー、なんて思ってないよー。
「ささっ、レイミ様、ちょっとお掛けになってくださいな」
彼女に椅子を勧められ、興奮冷めやらぬ彼女の会話に付き合うことになってしまった。
学校近くで待ってる予定のバウディに手を合わせつつ、女子トークに身を投じた。
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