33:校内は魔法の無断使用禁止です
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アーリエラ様と並んで茂みの陰で体育座り。
私は杖を横に置いて、登校する生徒たちが増えてきた門から校舎へ続く並木道を監視している。
茂みの陰に隠れるのはいいのだけれど、虫が出てくるのよね。
プイーンと飛んできた羽虫を手を振って追い払っていると、アーリエラ様が気づいてポンと手を打った。
「そうですわ。わたくし、この日のために素敵な魔法を覚えてきましたの」
小声でそう言った彼女は、持っていた洒落た鞄の中から小さな魔法の杖を取り出した。
……ん? 杖って、本来魔法学校の課程を一定以上クリアしてからじゃないと持ってはいけないんじゃなかったっけ。
確認しようと声を掛ける前に、彼女は魔法の杖を構えていた。
「闇の息吹に触れし、些末な虫ケラたちよ、その命を失え」
彼女が物騒な呪文を呟いて魔法の杖を振ると、飛んでいた虫たちが一斉に落ちた。
ひぃ、些末な虫ケラたちがっ!
彼女はそれを見て満足そうに頷いているけれど……。
「アーリエラ様……魔法って、強化魔法以外は使用してはいけないのではありませんでしたか?」
「あら、レイミ様、我が家ではこのくらいは普通に使いますわよ。だって、できるのに使わないなんて、もったいないじゃありませんか」
いや、もったいないとかそういうんじゃなくて、それがルールだから。
それとも虫を殺す程度の魔法は、たいしたことがないから使ってもいいとか、暗黙の了解があるのだろうか?
我が家では、強化魔法以外の一切が禁止だったからわからないわね。
「あっ、きましたわよっ!」
強引に頭を下げさせられて痛い。
私の頭を押さえたまま、鼻息荒く校門を見ている彼女に文句を言いたかったが、私の中のレイミの常識がブレーキを掛ける。
そうね、公爵令嬢だものね、我慢、我慢。地味に痛いけど、我慢。
ちょっと、こっちは右足が義足なんだからもう少し配慮してくれてもいいんじゃない? ヒロインちゃんを見るのに夢中で、私の頭を肘掛けにしてるの忘れてるでしょ? もーっ!
興奮して、無声で叫んでいるのがわかるもの。あーもう、あーもう。
結局、私はヒロインちゃんを見ることは叶わず、最後まで頭を押さえられていてげんなり。
別に見たいわけじゃなかったけど、ここまで待ってひと目も見られなかったのはちょっとむかつく。
「ああ、素晴らしゅうございましたわ。見事な再現度、オープニングイベントを3Dで見られるなんて、感激です。欲をいえば、あのシーンを映像として残しておきたかった」
夢見心地の様子で呟く彼女に、あふれそうになる怒りを押し殺して声を掛ける。
「あの、アーリエラ様、頭から肘をよけていただけませんか」
「あらっ! まぁ、まぁっ」
私の言葉に、慌てて飛び退き、肘をぱぱっと手で払う。
……私の頭は、そんなに汚くないわよ?
せっかく気合いを入れてポニーテールにしてきた髪が乱れてないか、手で触れて確認する。よかった、大丈夫そう。
「ごめんなさいね。わたくしったら、すっかり夢中で。レイミ様も、ヒロインちゃんをご覧になることはできましたか?」
そうですね、すっかり夢中でしたね。
「いいえ、頭を下げておりましたので、見ることは叶いませんでした」
おまえのせいでな。
「そ、そう、それは残念ね。でも、ほら、同じ学年ですし、これからいくらでもお会いできますわよ、ねっ」
手にしていた魔法の杖をもじもじと弄る。
一応悪いことをしたとは思っているのね? 多分。
そのとき、気を抜いていた私の背後から、低ぅい声が掛かった。
「さぁて、どっちが犯人かな? 校内での魔法の無断使用は禁止されているのだが、新入生とはいえ、知らなかったわけではあるまい?」
背後から掛けられた声に驚いて振り向こうとしたそのとき、手に魔法の杖を握らされた。
え?
驚いて私の正面にいた彼女を見ると、胸の前で両手を組んで、必死にアイコンタクトしてくる。
教師の目に触れないように手の中に押し込まれた、短いけれど立派な魔力石をつけたお高そうな杖を見る。
これは……罪をかぶれってこと?
「黒髪の君かな、魔法を使ったのは。その手の中の杖が証拠だろう、ちょっと話を聞かせて貰おうか」
穏やかな声で言われて顔を上げると、四角いフレームの眼鏡を光らせた、薄い茶色の髪をうしろで結んだ男性教員が腕を組んで仁王立ちしていた。ひぃっ、怒り心頭。
やっぱり、無断使用はまずいんじゃん! なにが、このくらい日常茶飯事だ!
アーリエラ様に視線を移すとビクッと肩をすくめた。彼女と、自分の手にあるお高そうな魔法の杖を見比べる。
あ、そうだ、いいこと思いついた。
「アーリエラ様、コレは私の魔法の杖、――ですよね?」
「えっ! ええ、ええ、そう、だと思いますわ」
語尾が小さくなっていく言葉だけど、確かに受け取りました。
この魔法の杖と引き換えに、罪をかぶってあげましょう、この私が。この、私がっ!
私としては恩を売ってるつもりだけれど、彼女が理解している自信がなかったので、もう一度念を押しとこう。
「これは、アーリエラ様の物ではありませんよね」
「ええ。そ、それは、レイミ様の魔法の杖で間違いありませんわ」
しっかりと言い切ってくれた、よし、これで教師も立ち会いの下でこの魔法の杖は私のものになりました!
あとで、名前を書いておこう。
いそいそと自分の鞄にしまってから、少しだけ魔力を漏らしつつ強化魔法を使って愛用の杖をついて立ち上がり、教師と向き合う。
「私が、やりました」
教師の口から、どでかいため息が吐き出された。
私と彼女を見比べて、もう一度ため息を吐き出す。
「じゃぁ黒髪の君は、私についてきなさい。金髪の君は、早く自分の教室に行きなさい」
「はっ、はいっ!」
早足で校舎に向かう彼女を、教師と二人で見送る。
一回も振り返らないの、凄いわー。
横にいる教師が、もう一度盛大なため息を吐き出した。
「面倒だが一応……ごほん。報告義務があるから、魔法を使用した理由を聞き取らせてもらうぞ。ついてきなさい」
やっぱり教師も本当は誰が魔法を使ったかわかってるってことね、そして、アーリエラ様を逃がしたってことは、彼女が公爵令嬢だってことも理解してるということになる。
貴族社会の上下関係、面倒くさいから忖度しちゃうわよね。私もしちゃったし。
でもこれなら、さっさと終わりそうね。
強化魔法を使うのは控え、杖をついて歩く。登校する生徒たちの視線を受けながら、先をいく教師を追った。