30:リハビリ――どこまでやるべきなのか不明
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大変感謝しております!
決意も新たに朝を迎えたわけだけれど、やることはいつも通りなのよね。
昨日は疲れもあって早くに寝てしまったので、今朝は空が白む前に目が覚めてしまい、そこから瞑想をして、魔力の循環に入る。
瞑想をしてから魔力の循環をすると、なんだか調子がいいのよね。
ふと思いついて、義足を装着して魔力の循環をやってみた。
ずっとね、右足があるような感覚はあったのよ。
それは、私が向こうの世界で足があったから、その意識が残ってるのかとも思ったんだけど、どうも違うみたいなのよね。
今までは、幻肢痛のこともあって、右足があるという感覚を否定していたんだけど、今日はそれを受け入れようと思う。
ベッドの上にあぐらをかく瞑想の姿勢はちょっと無理だったので、着替えを終わらせてから椅子に移動して静かに呼吸を整える。
そこから額に集まった魔力を、上から順番にゆっくりと下ろしていく。
左足、そして――右足。
思ったよりもずっとすんなりと、魔力が流れていく。
ああ、でも、母の言ったように、ちょっと体に流すのとは勝手が違うかも。まとまり難い気がする。
それなら、液体をイメージしている魔力の粘度を上げればいいかな。
最初はゆっくりで大丈夫、魔力循環をはじめた頃はもっとひどかったんだから。焦らなくてもいい。
自分に言い聞かせながら、何度も魔力を巡らせてゆく。
ひとまず、体と同じ感覚で魔力を通せるようになったと思う。
集中を解いて目を開けると、外はすっかり日が昇っていた。そして、お腹もすいている。
タイミングよくドアがノックされ、バウディの持ってきてくれたお水で朝の支度を完了した、やっぱり顔を洗うと目が覚めるわー。
どうせだから、一緒にダイニングに行こうと松葉杖を用意する。
ゆっくりとなら歩けるけれど、ボンドのしょんぼりした顔が脳裏によぎっちゃうのよね。だからもう少しだけ、補助的に松葉杖を使っておこうかなって思うのよ。
「お嬢、朝から魔力循環をしてたのか」
彼に聞かれて、思わず怪訝な顔をしてしまった。
「いつもしているけれど?」
なぜ、今日に限って聞いてきたのかわからずに首を傾げると、彼は視線を私の足下に下げてじっと目をこらした。
女性の足を凝視するのは、マナー違反ではないのかね。
「昨日は義足から漏れていた魔力が、綺麗に循環している――もう習得したんだな」
「今日は早く目が覚めたから、朝から練習していたの。先に身体強化を覚えていたから、義足はわりとすぐにできるようになったわ。元々、まだ足があるような感覚が残ってたし、そのせいかも知れないけれど」
自分の考察を伝えると、前を歩いていた彼の足が止まり振り返る。
「足がある感覚が、あったのか……」
「言ってなかったかしら? だから、幻肢痛もあるのだと思うのよね。でも、この義足に物体強化で魔力を通わせていれば、それも治まるような気がするの」
希望的観測だけどね! でも、きっとそうなれる気がするのよ、いや、なってみせる!
意気揚々と言い切った私を、彼は少し陰のある目で見下ろしてきた。
「なに? どうしたのかしら?」
「いや。知らないことがあったんだと思って」
なるほど、レイミも言ってなかったもんね。
レイミ的には、ないものがあるように感じるなんて言って、奇異の目を向けられるのが怖かったみたいだから仕方のないことだよね。
「ふふん、秘密のひとつやふたつ持ってるのは当たり前でしょう? 乙女のすべてを知ろうなんて、百年早いのよ」
にやりと笑い、ツンと顎を上げてみせる。
そんな私を驚いたように見下ろした彼が、思わずといった風に吹き出した。
「ぷっ、ははっ、そりゃぁそうだ、乙女だもんな」
なぜ笑われるのかしらね、彼の笑いの沸点がわからないけど、楽しそうでなによりだわ。
「おはよう、レイミ。あら、もうできたのね」
朝の挨拶もそこそこに、母に指摘される。
バウディは凝視しないとわからないことを、母は一目で見抜いてるんだけど。どういうこと? というか、魔力って視認できるもんなの?
「おはようございます、お母様。今朝は早くに目が覚めたので、朝から練習していたのですけれど。もしかして、もうお母様の基準を満たせました?」
だとしたら、もう母の特訓はしなくてもいいわよね! 集中力を上げる訓練は、地味に難しいんだもん。
「そうね、これで次の段階に進めるわね」
はい来ました、次の段階。
そっかー、そうだよねー、魔力を漏らさず循環できるようになっただけだもんねぇ。
「そうなんですね、次はどんなことをするのですか?」
バウディに松葉杖を預けて席に着いてから確認すると、母は今後は強化と速度について教えてくれるということだった。
速度……もしかして、この義足で走れるのかしら?
あちらの世界の陸上選手は、もっとシンプルで高性能な特化型の義足で走ってたけれど。この汎用型でも大丈夫なのかな?
母ができると言うならできるんだろう、なんせ魔法なんていう不思議パワーを使うんだから、向こうではできないことができるのは、なんらおかしいことじゃないものね。
「おはよう、二人とも」
少し眠そうな顔でやってきた父に、笑顔を向ける。
「おはようございます、旦那様」
「おはようございます、お父様」
父が席に着くと朝食がはじまり、今日もシンプルだけどおいしいご飯をしっかりといただいた。
ああ、他人に作ってもらえる料理って、本当においしいわ。
その上、片付けもしなくていいなんて! 貴族でよかったと思わざるを得ないわよね。
ふわふわのプレーンオムレツ、新鮮なサラダ、まだほんのり温かいバゲット、バターも本当に滋味あふれるおいしさで、毎日食事でしあわせをかみしめる。
料理人のカードにも会ってお礼を言いたいんだけれど、如何せん面会不能なので、台所のドアに向かって一方的にお礼を言うのが精一杯なのよね。
そんな変わってる人だから、我が家で働いていてくれるんだろうけど。
今日のご飯もおいしかったぁ……。
しっかり余韻に浸ってから、食事を終える。
「最近、レイミは本当においしそうにご飯を食べるね」
「ええ! 本当においしいんですもの。バターとミルクをたっぷり使ったオムレツに、新鮮なお野菜の食感も楽しいサラダ、外はカリッと中はふっくらした絶妙な柔らかさのバゲット、それにつけるバターもコクと塩味のバランスがよくて、すべてが完璧でした」
うっとりと感想を伝えると、父は嬉しそうに頷いてくれた。
「お父様も、もう少し味わって食べてみてくださいな。早食いは、太りますよ?」
私の半分の時間で食べ終え、ゆっくりとコーヒーを飲んでいる父に忠告すると、目をぱちくりとさせた。
「早食いだと太るのか?」
「お母様と私をご覧ください、細いでしょう? そういうことです」
私も母も細いし、食べるのがゆっくりだ。
対して父は、早食いでちょっと太ましい体型だ。
一目瞭然だね。
「そ、そうか……。これからは、ゆっくり食べるようにしてみようかな」
父が体型を気にしていたことが判明した。
母は父の体型を気にしないみたいだけれど、そもそも太ると病気のリスクが上がる。
父には長く元気でいてほしいと伝えると、嬉しそうに何度も頷いてダイエットを決意してくれた。
リビングに飾られている両親の結婚式の写真では、父もスリムだったのだからできないことはないはずなのよ。父よ、頑張ってくれ。
仕事に行く父を見送り、リビングに戻ってレース編みをする母の指導のもと、身体強化の次の段階に移る。
体幹を揺らさず、ゆっくりと歩く。
足の裏が地面から離れる感覚、宙を浮き地面に踵から着地する、それだけに意識を注ぎながら、一歩を十秒以上かけて歩く。
……いわゆる『歩行瞑想』というやつですね、やったことはある。
いつもやっている瞑想は呼吸に意識を注ぐけれど、これは足の動きに意識を集中させる。
「足の裏のどこに体重がかかっているか意識して、ゆっくり、左足が終わる前に右足を出さないのよ、ほら、早くなってるわ、右足も左足と一緒よ、同じように地面を意識して足を出すの」
集中を切らせると、柔らかな叱責が飛んでくる。
口調は優しいんだけれど、悪いところが直るまで指導が続くのだ。
「歩くことだけ考えるのよ、余計なことは考えない」
気が逸れると一発見破られる。どうしてバレるんだろう……母凄い。
休憩の時にソファに並んで座り、お茶をいただく。
「お母様、お母様はどうして、レース編みをしながら私のことまでわかるのですか?」
私の練習を見ながら編み上げたレース編みの作品たちは、いつも通りの量ができあがっている。
ということは、私を見ながらも手はいつものペースを崩していなかったってことだ。
「あら、だって、レースは意識しなくてもある程度できるもの。あなただって、意識しながら呼吸をしないでしょう?」
呼吸と同じ感覚で編み物!
「身体強化をしながら、ですよね?」
「ええそうよ。ああ、そうだわ、まだ教えていなかったけれど、目に身体強化をかけてごらんなさい」
目に身体強化? 目を強くして……じゃなくて、もしかして視力がよくなるのだろうか。
とにかく、やってみよー!
いつもスルーする場所だからちょっとだけ時間がかかったけれど、問題なく両目に魔力を集中できた。
「では、この手をご覧なさい」
言われて、母の手を見る。
「うっすらと、ぼやけて見えます。陽炎のような感じで、色はないのですけど」
「それが、魔力よ。魔力が漏れていると、そうやって見えてしまうの。今のレイミの目も同じように、揺らいで見えているわよ」
魔力が漏れているんですね、了解。
慣れない場所の身体強化だからって、気を抜いていたわ。すぐに、魔力の漏れを止める。
「今度は、上手にできているわ。ではそのまま、見ていてご覧なさい」
母はかぎ針とレース用の繊細な糸を用意すると、するすると目を作り、そこから本領を発揮した。
今まではその動きがわからなかったけれど、魔力で強化された目には、スローモーションとは言わないまでも、残像ではなく実体として手の動きが追えた。
指そしてかぎ針に、魔力の揺らぎとその流れが見えるけれど、あえて魔力を見せてくれているのだろう。
「お母様くらい身体強化ができるのは、貴族の女性としての嗜みなんですね。私も頑張りますわ」
私の決意宣言に、母は楽しそうに微笑んでくれた。





