29:干渉
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バウディの腕を借りて部屋に戻って早々にベッドに座り、魔道具の明かりを自分でつけてから彼に椅子を勧める。
「それで、なにか話があるのでしょう?」
私の正面に椅子を持ってきて座る彼に、さっさと水を向ける。
「わかっているなら早い。旦那様をあまり追い詰めてくれるな」
「……財政を預かる者は、その使途に誠実であらねばならないのではないの? 見て見ぬふりをするのでは、職務を放棄しているのに相違ないと私は思うのだけど」
彼の目を正面から見据えてきっぱりと言い切ると、彼は目を伏せて息を吐きながら首を横に振った。
まるで、できの悪い子にするような態度に、カチンとくる。
「そうではないだろう。ちゃんと考えろ、あなたの望むことは、国という大きな歯車の中で、どの程度重要なことだ? それをしたところで、歯車が少し軋む程度ではないのか」
「一事が万事という言葉を知らないのかしら? 塵も積もれば山となるでもいいけれど。僅かな綻びを見逃すことが、後々大きくなってしまうとは考えないのね。ねぇ、少しの軋みでも、至る所で軋んでいたら、それは瓦解の合図ではないの?」
腕を組んで言い切る私に、彼は舌打ちする。
「そんな簡単な話ではない。あなたは、旦那様を追い詰めたいのか」
「私が追い詰めたいのは、悪いことをしている人たちよ」
「だがそれをするには、旦那様が矢面に立たざるを得ないだろう。あなたが出るわけにはいかないのだからな」
返す言葉が出なくなる。
確かにそうだ、私が直接指摘するわけにはいかない。となると、父に頑張ってもらうしかないけれど……国という組織のなかで、(多分)下の方の立場の父では、上司に相談したところで歯牙にも掛けられないだろう。
「でも……っ、だからって、不正を見過ごすことが、正しいなんて思えないわ」
なんとか出した言葉は弱々しくて、腕組みしていた手がほどけて膝に落ち視線が下を向いてしまう。
悔しい。
どうして、こっちの世界でも不正はあって、不当な利益を貪る人がいて、馬鹿を見る人がいるんだろう。
正しいおこないをしている人が救われて、悪いことをしている人は罰せられる、どうしてそんな単純なことが成立しないの。
むかつく、超絶むかつく。
膝の上に置いた手を、きつく握りしめる。
「あなたはまだ子供で、庇護される立場だ」
だから、余計な口を挟むなと、そう言うのね。
諭すような静かな声が余計にいらだつけれど、ひとつ深呼吸して耐えた。
「……わかったわ、魔法学校を卒業するまでは、一人前とは認められないものね。もう、お父様に無理を言うのはやめるわ」
表面上納得した私に満足したのか、彼は部屋を出て行った。
バフンとベッドにダイブして、引き寄せた枕に奇声を吸わせながら、お布団をボカスカ殴る。
むーかーつーくぅぅぅぅ!!!
痛いことを言うバウディにむかつくし、それが理解できる自分もむかつくし、どうすることもできない現状にもむかつく。
あー! あー! あー! ばーか! ばーかっ!!
王様の耳はロバの耳じゃないけど、枕に怒りを吸収させる。
あとで嫌な夢見なきゃいいけど、と一瞬考えたことではたと冷静になって枕を離して起き上がった。
「向こうの世界でもあったことだし――今更なのに、なんでこんなに腹が立つのかしら」
枕を抱えて、ため息をつく。
ずっと諦めてきたじゃない。
不利益に見えても、納得できなくても、それを正そうとはしなかった。
それは、いままでだってそうなのに、どうしてなんだろう。
もしかして、この世界には魔法があるから、向こうよりもいい世界である気がしていたのかも。期待してたっていうか……それで、がっかりしちゃったのかな。
魔法なんてあっても、不正はあるし。
そりゃそうよね、階級制度もまだある世界なんだもん。
それが、魔力の量に起因してるなら、階級制度は早々なくならないだろうし。
私はまだ見たことがないけれど、スラムなんかもあるかも知れない。
識字率が百パーセントじゃないのは確かだから、格差は大きいと思うのよね。
学校制度も、貴族が魔法学校に通うくらいしかなくて。平民には、その門戸は開かれていないし。
「あんまり、いい世界というわけではないわね」
枕に顔を埋めて大きなため息を吐き出しきってから、顔を上げた。
よし、嫌な気分は出し切ったぞ!
とはいえ! 私、貴族だし、文字も問題なく読めるし、学校にも通えるわけだ。この世界で生きるには、かなり有利な状況に違いない。
なら、もっとなにかやれることがあるはずなのよ。
父があてにならないことは理解した。いまは、私のできること、やれることをやろう。
さっきダイニングで書いたメモを取り出す。
「まずは閻魔帳の作成。それから、物体への強化魔法を、最低でも母が納得する所まで習得する!」
ということで、父の手伝いの続行と、リハビリ、瞑想、魔力循環の精度を上げることが当面の目標だ!





