24:理不尽な痛み/24.5:バウディの罪
本編の後半にバウディ視点の独白があります。
少々長くなってしまいましたが、お付き合いいただけますと嬉しいです。
公爵令嬢とのお茶会で思った以上に疲れていた私は、夕食を食べたあと早々に部屋に引っ込んだ。
ボラに手伝ってもらい就寝準備をして、ベッドに入る。
ああ、今日も痛むんだろうな……疲れた日は決まって、クルから――
「いっっ痛ぅぅぅ!」
痛みに飛び起き右足を抱えるが、摩って痛みを和らげたいのに足はなく、ベッドの上で七転八倒する。
こんなに右足が痛むのに!
無い筈の足首や脛に、骨がバラバラになりそうな痛みがあるのに、どうして触れないの!?
「お嬢っ」
飛び込んできたバウディがのたうち回る私を抱きしめ、押さえ込む。
目の前が痛みにチカチカする、痛くて、痛くて、勝手に涙が出てくる、浅い呼吸でうわごとを繰り返す。
「痛い、痛い、痛い、痛いぃぃっ――お願い、足を、足を切り落として……っ」
「お嬢っ! すまないっ、すまない……っ」
無い足を切ってほしいと無茶を言う私に、彼は血がにじむような声で謝る。
謝る必要なんてないのに、それでも、私をがっちりと抱え込み、何度も何度もすまないと謝る。
ごめんねバウディ、こんな辛いことをさせて。
でも両親では、暴れる私を押さえきれないから。
やがて、時間の経過とともに痛みが和らいでくる。
「――もう、大丈夫よ。……ありがとう」
痛みは残るものの、身も世もなく暴れるほどではなくなった私は、涙でぐしゃぐしゃの顔で呼吸を整え、強く抱きしめてくれる彼の胸を押して離れた。
汗だくで、すっかり疲れちゃった。
「いま、拭く物を持ってくる」
そう言って部屋を出た彼は、すぐに飲み水と濡らした布を持ってきてくれた。
「ありがとう」
ありがたく水を飲み、渡された布で顔や首筋を拭く。
さっぱりすると、やっと人心地ついた。
「明日、医者を呼ぶか?」
心配そうにそう提案してくれる彼に、首を横に振って拒否する。
なぜかこの痛みに痛み止めは効かないし、せいぜい睡眠導入剤みたいなものを飲むくらいだけれど、それだって痛みが勝ってしまって気休めにもならない。
ちょいちょいこんなのがくれば、レイミの絶望感がぱねぇのもしょうがないよね。
「いらないわ、お医者様では、どうにもならないもの――」
言いかけて思い出した、あちらの世界での、この症状を緩和する方法。
「バウディ、聞きたいことがあるのだけれど、少し話をしても大丈夫?」
「ああ、かまわない。必要なことなんだろう?」
ベッドの端に座った彼が静かな声で促してくれる。
「ええ、そうよ必要なこと。あのね、レイミって、自分の足を見たことがなかったのよ……」
言って、ポンポンと右膝を叩いてみせる。
私がはじめて右足を見たとき、もの凄い違和感があった。絶望感もない交ぜになっていたのかも知れないけど、勝手に涙が出てきちゃったし。
今はもう慣れちゃったけどね。
「そうだな、お嬢は頑なに目を背けていた。いやそれも仕方がないことだろう、若い娘が背負うには辛すぎる現実だからな……」
彼は視線を落とし、背を丸める。
「それはそうね。でも、思い出そうとしても思い出せないのが、足を失うことになった事故の記憶なのよね、ぽっかりと事故の前後のことが抜け落ちてるの。ねぇ、レイミはどうしてこの足を失うことになったの? 詳しく教えてもらえるかしら」
「それは……聞いて、後悔しないか」
「しないわ。足を失ったということを、しっかりと私が理解しないとこの痛みはきっと無くならないの、だから事実を教えてちょうだい」
渋る彼から聞き出したのは、馬に踏まれて複雑骨折、ということだった。それも前足と後ろ足で、二度踏まれたと。
なるほど、その馬に乗っていたのがヤツだったのね。
「そうだったのね、それにしても、切断したところがとてもきれいで……縫合の跡もなかったけれど、本当に切ったのよね?」
「ああ……骨はバラバラになりすぎてて、治療することができなかったから、ギリギリのところから切断して、魔法で塞いだんだ」
低い声は暗く、苦々しかった。
もしかしたら彼もその手術の時に立ち会っていたのかも知れない。
「切り落とした傷口を塞ぐなんて、そんな凄い魔法もあるのね。それなら、複雑骨折を治す魔法があってもおかしくないんじゃないの?」
こんな大きな切断面を治療する魔法があるなら、骨折も治せるんじゃないかと思うのよね。
「単純な骨折ならば、できないこともなかったが……」
「なるほど、複雑骨折だもんね、馬に踏まれたってことは、もしかして骨が飛び出したりなんかしてたのかしら?」
「……そう、だな」
そりゃ痛いわー、考えただけで痛くなるもんなー。
傷口を塞いだ魔法について詳しく聞くと、止血や傷を塞ぐことは身体強化の魔法の応用で可能だということだった。どうやら、細胞を活性化させて患部の組織を再生させて塞いだみたい、そういう言い方じゃなかったので、私なりの解釈だけど。
苦しげな表情で、それでも聞いたことに答えてくれた彼に感謝する。
「ありがとう、言いにくいことを教えてくれて。おかげで、原因究明というか、自分を納得させるための、痛みの根源がわかったわ。ちゃんと脳が足を失ったことを納得したら、きっとこの痛みも改善に向かうと思うわ」
「そう、なのか?」
彼の顔がやっとこっちを見た。
「どれだけ効果があるかはわからないけどね。効果がありそうなことは、片っ端からやってみようと思うの。もしうまくいかなくても、別の方法を試すだけだわ」
他にもやってみたいことがあるけど、とりあえず今日は原因の究明ができたからよしとしようじゃない。これで少しはよくなるといいんだけど。
「そうだな、なんでも試してみよう、手伝うからなんでも言ってくれ」
私の言葉を受けて、彼の声もいくらか明るくなる。
「ええ、頼りにしているわ」
レイミの中にいる私のことを知っているのは、バウディしかいないんだから。これからも思い切りこき使って、じゃないや、手助けしてもらわなきゃ。
私を心配しながらも部屋をあとにするバウディを見送って、ベッドに横になる。
そういえば、彼って隣国の王子様なんだったっけ? まぁいっか、隣国に戻って王位を継ぐのは、ヒロインちゃんと彼がくっつくルートだけだったもんね。
物語がはじまらなければ、問題のある出来事は発生しないと思うのよ。アーリレア様も、第二王子ルートに進めば、バウディの王位継承問題は起きないんだって言ってたし。ということは、きっかけさえなければなにも問題は起こらないのよ、きっと。
とにかく、明日も魔力の循環訓練があるから早く寝なきゃ。
睡眠不足だと集中力が落ちちゃうもんね。やっと、体内循環を速くしても魔力が漏れなくなってきたし、もうすぐちゃんと身体強化を教えてもらえると思うのよね!
超楽しみ! 身体強化をマスターしたら、次は物質強化をマスターするのよ。そして、夢とロマンの武器内蔵義足を作ってもらうの。
わくわくしながら目を閉じると、スコンと眠りに落ちた。
【24.5:バウディの罪】
濡らした布とからになったコップを持って、レイミの部屋のドアを静かに閉めた。
足音を立てぬように台所へ行き、コップと布を台に置く。朝になれば、料理人であるカードが片付けてくれる。
彼は台所をいじられるのを極端に嫌うので、使ったものは変に片付けず台の上に出しておいてくれと言われている。
暗い台所の隅に置いてあるスツールが目に入り、吸い込まれるようにそこに座った。
俺……いや私が彼女に出会ったのは、十年前になる。
彼女はまだ五歳の少女で、私は十五歳だった。この国の隣にある国の王の庶子として生まれ、疎まれ、命を狙われたので、決死の覚悟で国を捨て、放浪し、人の醜さ、脆さ、儚さに打ちのめされた時に出会ったのが彼女だった。
彼女は私を拾ったのは父である伯爵だと思っているようだが、そうじゃない。
私は彼女に拾われ、彼女に救われ、彼女に忠誠を誓っているのだ。
貴族としては裕福ではないものの、穏やかなその一家の一員となれたことは、私の最大の幸運だといえる。
利発な少女はすくすくと成長する。
私も、伯爵家の皆も、彼女の成長を目を細めて見守っていた。
それが崩れたのは一年前、彼女がシーランド・サーシェルの乗る馬によって、右足を踏み潰された日だった。
あの日のことは、忘れたくても忘れられない。
泣き叫ぶ彼女を抱え医者に走った。
一縷の望みをかけたものの、馬に二度も踏まれた彼女の華奢な足はひしゃげ、医師は復元の可能性を否定した。
「むしろ、一刻も早く切断せねばなりません。いま、強化魔法が得意な兵士を探しに行かせております。戻り次第切断し断面の修復をおこないますが――」
医師の無情な言葉は続く。
「早くせねば、切断しなくてはいけない箇所がどんどん増えてしまうでしょう。それに出血を止めねば、死に至ることも」
それを聞いた奥様は涙に濡れる真っ青な顔で、私を見た。
いつもはおっとりした奥様の、毅然とした表情は覚悟を決めたものだった。
「バウディ、できるわね」
奥様の言いたいことはわかった。
私に、彼女の足を切れと、そう言っているのだと。
キーンと耳鳴りがし、喉が渇く。
鼓動が早鐘のように鳴り、呼吸も浅くなる。
冷たくなった私の手を奥様が掴み、私を睨むように見つめた。
「あなたなら、できるわ。大丈夫、私がレイミを死なせない」
常にはない迫力で医師に切断用の剣を用意させ、それを私に手渡した。
私の剣の腕前を披露したことはないが、日々庭で鍛錬しているのを知っていて、信頼もしてくれているのだ。
そして、日々レース編みで鍛えている奥様の身体強化は尋常ではなく、幼いころからしょっちゅう転んで怪我をするレイミを何度も治していた。だから、誰よりも早く正確に傷口を治すことができる。
私は覚悟を決めた。
研ぎ澄まされた剣を手に集中し、切れ味を強化するように魔法を剣へとまとわせた――
「は……っ」
暗い台所の片隅で息を吐き出し、両手によみがえった感覚を散らす。
あれが最善だったと理解している、後悔はしていない。だが、彼女の足をこの手で奪ってしまった事実を、生涯忘れることはできない。
彼女が痛みに苛まれるたびに、私の罪が降り積もる。
ある日を境に、レイミの意識と入れ替わったレミカは、積極的に行動し。短い時間ならば、松葉杖を使い一人で行動できるまでになった。
私が生涯、レイミの足であろうと決意していたものを、彼女は覆す。
レイミから失われていた笑顔、生き生きとした表情が……私の罪を軽くしてしまう。
きつく握りしめた拳に額を当てて目を閉じ、罪をたぐり寄せようとするのに、私を頼りにしてると言った彼女の笑顔が浮かぶ。
笑顔なんだ、あの子は。
突然、肉体が変わったというのに平然と現実を受け止める胆力。
そして、自分のできることはなんでもしようとする、行動力。
彼女は、久しくコングレード家から失われていた笑顔を取り戻してゆく。
――いつか、レイミが戻ったときに困らないように。
その時がいつくるのか、もしかしたら永遠に来ないかも知れないその時のために、彼女は日々を前向きに生きている。
きっと、元の世界であっても、そうやって生きていたのだろう。
前向きに生きる彼女に、眩しいほどの生命力を感じる。
彼女が来るまで、胸を冷たい氷の粒で擦るような日々だったのが嘘のように……。
温かさを覚える胸に、同時に罪悪感がある。
彼女との生活に安らぎを覚えることに、背徳感のような罪悪感がある。それは、本当のレイミに対してなのか、捨てた故国に対してか、どちらにせよそんな感情を後生大事にしているのは愚かだという自覚はある。
彼女ならば過去に囚われるなと言うだろうなと予想して、苦笑いが出てしまった。
「いや、もう言われたか。一定以上の後悔は、自己満足や自己憐憫だと」
力強い言葉だった、同時にとても痛い言葉だ。
――だが、不思議と受け入れがたくはない。
「強いひとだ」
憧憬にも似た思いを、ため息に逃がす。
この時はまだ、この思いの名を知らなかった。
分けようか悩んで、まとめてしまいました。
お読みいただき、ありがとうございました!