23:道草
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公爵邸からの帰り道、思ったよりも疲れていて魂が抜かれたようにぐったりと貴族御用達のレンタル馬車に揺られていると、自宅とは違う場所で馬車が止められた。
「お嬢、ちょっと気分転換しねぇか」
バウディはそう言って、戸惑う私を馬車の外へと連れ出した。
「気持ちがいいわね」
小高い丘の日の当たる斜面にハンカチを敷いて座ろうとしたら、バウディがサッと上着を敷いてくれた。
やだ、イケメンっ。
それにしても、王都の中にこんなに広い公園まであるとは思わなかったわ。人もまばらだし、気兼ねなくていいわね。
丘を吹く風が髪をもてあそび、流れていく。
陽を遮るように、バウディが隣に座ってくれているのも素敵。
あーマッチョ系イケメン、癒やされる。
シーランドも体格はいいけど、バウディと比べたら雲泥の差。そもそも、イケメン度が違いすぎる。
レイミ補正があるかもだけど。
誰もいないのをいいことに、そのまま草の上に寝転んだ。
大の字になっても、バウディは文句を言わないでいてくれる。きっと私の疲労を理解してくれてるんだろうな。
公爵邸では会話の聞こえない距離で控えてはいたけれど、なにせ壁のない東屋だから雰囲気は伝わっているだろうし。
「お嬢、調子が悪いなら、上位貴族の誘いでも断っていいんだぜ」
そんなことを言い出した隣に座る彼の横顔を、寝転がったまま見上げる。
逆光でまぶしい……。
私の視線に気づいた彼は、片膝を立てそこに肘をつきこっちに顔を向けてきた。姿勢を変えてさりげなく日陰を作ってくれるって、素敵すぎて胸キュン。
「調子は悪くないわ。ちょっと、気疲れしただけ」
「まぁ、貴族同士のやりとりは、気をつかうよな」
実感のこもった言葉に、そういえばこの人って実は隣国の王位継承権を持ってる人だったのだと思い出した。
バウディが、王子様ねぇ。まぁ、王様っていうのも似合いそうよね、なんでもそつなくこなすし、気が利くし、イケメンだし、素敵筋肉もあるし、パーフェクトだわー。
「でも、これから魔法学校に通うんだから、いやでも貴族としての付き合いは出てくるでしょう? だから、これも回復訓練だと思えば、我慢もできるわ。それに、さすが公爵家というくらいお菓子もおいしいし」
お土産に残ったケーキを持ち帰らせてくれないかな、なんていつも思う。
「そうか」
小さく笑ったもののすぐに前を向く彼に、なにか違和感を感じる。そわそわ感? もしかしてなにか話したいことがあるのかな、だから道草してるのかも。
でも、どうやって水を向けたらいいのかな。いや、放っておいたほうがいいのかも、早くレイミを返せとか言われるのかも知れないし。
いやいや、それはないよねうん。
それにしても、風が気持ちいいわ。仰向けに寝そべったまま、おなかで両手を組んで目をつむる。
ああ、寝れちゃう、このままお昼寝できちゃうわー。
「――無理、してねぇか」
ぼそりとこぼれてきた声に目を開けると、彼は心配そうな顔をこちらに向けていた。
「ふふっ、無理はしてないわよ。やりたいことをやっているだけだもの」
これは本当に本当。親の庇護下で衣食住の心配なくやりたいことをできるのは、子供の特権よね、ありがとう、レイミの父と母。
「あんたは、お嬢のためにどうしてそんなに頑張れるんだ」
んん? レイミのために頑張ってる?
ぷぃーんと虫が飛んできたのを機に起き上がり、服についた草を払う。
「レイミのため、というか。私がやりたいからやってるだけよ、やれることをやってるだけともいえるけれど。伝わるかしら? 他人のためって感覚じゃないのよ、だって、今私は私なんだもの。だったら、私は私のできることをやるだけでしょう? きっと、あなたも同じ境遇になったら、同じように頑張ると思うわよ」
「――そうだろうか、俺は、あんたのように割り切って行動できないと思う。自分の人生も、ままならないんだから」
暗い表情で少し先の地面を睨んでいる横顔、超かっこいい。レイミ補正がかかって、アンニュイな表情がキラキラして見えるわ。
それにしても珍しいわね、弱音なんて。
隣国の王位継承者なのに、我が家で従者なんてしてるんだもん、色々あるに違いないんだろうけどさ。
「バウディだって、目の前のやるべきことをやってきたから、ここでこうしているんでしょ? それとも、やるべきことをやらないで、後悔でもしてるの? 今更後悔しても、どうしようもないからやめたほうがいいわよ。それよりも、これからやりたいことを考えた方がずっと建設的だわ」
「随分と簡単に言ってくれる」
苦々しい声に苦悩が知れるけれどね。後悔してる憂い顔も素敵だけど、いつまでも見ていたい表情じゃないのよね。
「後悔してなにか変わるなら、いくらでもすべきだと思うけれどそうじゃないでしょう? すべきなのは反省と、次にそういうことがあったときの対処を考えること、同じことが起きないように予防することじゃないのかしら。一定以上の後悔は、自己満足とか自己憐憫だと思うのよね、私は」
私は、のところを強調しておく。
一応ね、自分の考え方が極端だっていう自覚はあるからね。
「あなたは……強いな」
「肉体的には、まだまだ最弱の部類だと思いますけれど。でも、そうね――気の強さなら、多少自信はあるわ」
敢えて偽悪的に、にんまりと笑ってみせる。
その私をじっと見たかと思うと、彼はふっと表情を緩めて立ち上がり、私に向けて手を差し出した。
「お嬢の中に宿ったのが、あなたでよかった」
レイミの前では滅多にしない言葉遣いに、胸が高鳴る。彼が対等に見てくれたのがわかって、面映ゆくも嬉しい。
「あら、随分と買ってくれてるのね」
照れ隠しに可愛げのないことを言いながら手を借りて立ち上がり、松葉杖を受け取る。
「でもまだそういう判断をするのは、早いのではないかしら?」
スカートについた草を払い落とし、彼を見上げる。
「ふっ、ではどれだけ待てばいいんだ?」
男らしい笑みで見下ろされ、髪についていた草を伸ばした手で払われる。
イケメンに髪を触られるなんて、ドキドキしちゃうわね。
「そうね、いつか――」
――私がレイミの中から、いなくなった時かしらね。
冗談交じりに言おうとした言葉は、喉の奥につかえて出てこなかった。
そんな私に気づいたのか気づいていないのか、彼は私が敷いていた上着を拾い上げ、大きく振って草を払い、スタイリッシュに袖を通す。
「はいはい。ほら、お嬢。ここは足場が悪いから、下まで運んでやるよ」
上着を着た彼は、言うが早いか松葉杖を上手に避けて私をお姫様抱っこした。
か、顔が近いっ!
「おっ? お嬢、すこし重くなったか?」
私の動揺には気づかず、彼は軽口をたたく。
「松葉杖の重さよっ!」
乙女に対してデリカシーのないことを言う彼に憤慨すると、彼は楽しそうに笑いながら危なげなく丘を下っていく。
彼の邪魔にならないように松葉杖を抱え、彼の腕の中でおとなしく運ばれながら、少しだけ彼にもたれて目を閉じた。





