22:もっとやる気を出して!
アーリエラ様の王子殿下への惚気を聞きながら、お茶とケーキをいただく。これぞ、貴族令嬢のティータイム、って感じ。
「そうですわ、レイミ様はいかがですの? シーランド・サーシェル様とは……」
婚約関係の話が出ていたので、当然その話題も出ますよね。アーリエラ様からもらった薄いノートにも、婚約関係であることは書かれていたし。
「強制的に婚約することになりましたわ」
苦々しく言った私に、彼女は「まぁっ」と目を輝かせた。
「そうですの、ご婚約されたのね。シーランド様は肉体派で、ヒロインちゃんの盾になり身を挺して守るような男気のある方ですものね、剣の技術も一番優れていらして、きっとレイミ様の騎士になってくださいますわ」
それは誰のことを言ってるのかな? 少なくとも、私の知っているヤツではない。
「男気? 騎士? あの男がですか?」
思わず聞き返してしまった私に、彼女は笑顔で頷く。
「ええ、騎士の中の騎士ですわ。寡黙なところもまた素敵で――」
「あの男が素敵だなんて、おっしゃらないでください」
賛美する言葉を聞きたくなくて言葉を遮った私に、彼女は不思議そうな視線を向ける。
「あの男は、私の足を奪った張本人です。月に一度の見舞いは義務的で、婚約も家の体面を保つためのもので、こちらの意向は一切聞いてはいただけないのですよ」
ビシッと言い切った私に、彼女は頬に指先を添えて困ったように首を傾げる。
「あら……でも、だってそれは仕方のないことですわ。貴族にとって『家』とはとても大事なものですし、体面を保つのは貴族に生まれた者にとって、当たり前のことですもの。家格もあちらが上ですし、あなたくらいのお家でしたら、捨て置かれてもおかしくはありませんでしょう? それを、毎月お見舞いまでして、婚約までするのは、さすが代々続く騎士の家系、義を通されてらっしゃると思うわ」
ふーん、上の貴族から見たらそういう見え方なんだ?
ぞっとする。
それにしてもアーリエラ様って転生者ってやつなのに、身分感覚はこの世界にどっぷりなのね。私みたいに、前の世界を引きずっているのがおかしいの?
でも参ったわね、これじゃ同情を引いて、あいつの家に不利な話を流す計画は無理ってことじゃない。簡単に乗ってくれると思ったのに。
「ですが、婚約してるということは、アーリエラ様からいただいた物語の通りということになってしまいますわ。少しでも物語との誤差を多くして、アーリエラ様の危機を減らさなくてはいけないのに……」
表情を曇らせてうつむいて見せると、彼女はハッとしたようだった。
「レイミ様、そこまで考えてくださっていたなんて! でも、あなたも婚約者がいなければ、もしちゃんと魔法学校を卒業できたとしても、大変だわ」
ちょっと待て、なぜ魔法学校を卒業するのが仮定なのよ。私は今のところ、真っ当に卒業する気満々よ? 退学を目指すのは、最終手段だと思ってるからね。
突っ込みたいのを堪えて、弱々しい微笑みを彼女に向ける。
「いいのです、アーリエラ様をお助けできるなら」
どうよ、この演技力っ!
「でも、悪の元凶たるわたくしは王子様と結婚するのに、中ボスのあなたが……」
中ボス言うなや。
「私のことはどうぞお構いなく。ですから、アーリエラ様も私とサーシェル様が破談になるように、手を貸していただけませんか」
「それは……難しいわ。あっ、でも、魔法学校でヒロインちゃんが覚醒するイベントで、レイミ様は婚約を解消されてしまいますから――」
「それでは、本末転倒ですよね?」
この女、まだ諦めてねぇな。
私の突っ込みにしゅんとする彼女にあきれつつ、お茶を一口飲んで喉を潤し荒ぶる気を静める。よし、落ち着いて考えよう。
うん、『アーリエラ様のため』という方向性で、シーランド・サーシェルとの破談を進めるのはいけそうな気がする。
「そうですわね……レイミ様が、わたくしのために婚約を犠牲にと考えてくださるのですから、わたくしも陰ながら応援させていただきますわ」
そこは、陰じゃなくて表立って応援してほしいのですが。
「できればアーリエラ様からも、私の婚約が解消されるように、ご助力を賜りたいのです」
遠回しに言っても無駄そうなので、思い切って直球をぶつけてみた。
「わたくしは、だって公爵令嬢ですから……あまり、下の方の内情に踏み込むわけには……」
おおん? 私には頑張れ、でも自分は手を貸さないわよー、ってことか?
思わず目が据わる。
「あの、あまり、睨まないでちょうだい。わたくしも、心苦しいのよ? でも、ほら、立場というものがあるでしょう?」
下を向き指先をすりあわせて、もごもごといいわけをする彼女をじっとりと見る。
「いいですか、アーリエラ様、これはあなたのためなのです。こうしていくつもの差異を作ることで、あなたの危惧している未来を遠ざけねば、あの恐ろしい未来が待っているのですよ? 勿論アーリエラ様のお立場も理解できますが、でも今は、多少に関わっている場合ではありません。私の婚約を解消することが、ひいてはアーリエラ様と王子殿下の幸せな結婚に結びつくのですから」
口八丁。
私の言葉に、彼女の表情がすこし輝いた。
「わたくしと、王子様の幸せな結婚」
「そうです」
力強く頷いておく。ぶっちゃけ婚約解消と幸せな結婚に因果関係はありませんけれども。
まぁ、あの物語を壊して、彼女が悪にならなければ、結果的に幸せな結婚もできるだろうという、三段論法的なアレだ。
「わかりましたわ。わたくしのできる範囲で、あなたの婚約がなくなるように、心がけますわね」
微笑みを浮かべてそう言った彼女にほっとする。
曖昧な言葉ではあるけれど、とりあえず言質はとった。これで、彼女も多少なりとも積極的に物語を変えようとしてくれるわよね。
もう、本当に、ふわふわのほほーんとして……貴族のご令嬢ってこんなものなのかもしれないけれど。あんたから言い出したことなんだからさぁ、もう少し危機感があってもいいと思うのよねぇぇ。
げっそり気力を削られたまま、レンタル馬車で帰路についた。





