20:サイレント爆笑
誤字脱字報告、いつもありがとうございます。
シーランドに対する私の考察を聞いたバウディがサイレント爆笑して崩れ落ちた事件。
私の座っている椅子の背もたれに手をついて床に蹲るのは回避したものの、片膝をつき、片手で口を覆って肩が震わせている。
笑いたければ、我慢しないで笑えばいいのに。
「あら、バウディ。随分、楽しそうね?」
思わず目が据わってしまう。こっちはレイミから受け継いだ、対シーランド・サーシェルへのストレスが最高潮だったっていうのに。
顔を見るだけで、怒りという名のストレスが湧きあがる。
「くくっ、お、お嬢が、変なことを言うからだろうが」
笑いを収めた彼が顔を上げて、文句を言ってくる。
「そんな、泣くほど笑わなくてもいいじゃない。それにしても、今度からはお花じゃなくて、お菓子を持ってくるように伝えておかなくてはいけないわね」
お花はきれいだけれど、いまはおいしいお菓子を食べて気力と体力をつけたいのよね。果たして次があるかはわからないけれど。
「その前に、濃い緑色の宝石がついたアクセサリーを持ってくると思うか?」
笑いを収めた彼がしゃがんだまま、すこし悪い顔で私を見上げてくる。レイミには見せない顔だけど、そんな魅力的な表情もできるんじゃない。
イケメンの悪い顔は心の栄養ね。
「持ってこないんじゃないかしら?」
「婚約者にねだられたのにか? あれだけあからさまに言って、持ってこないなんてあり得ないだろう」
そういう考えもあるけれどね。
「あちらのお宅って、我が家よりは裕福なようだけれど、私が足を失うことになったあの事故をもみ消すほどの力はないし、私の医療費も渋っていたところを見ると、湯水のようにお金があるとも考えられないわ」
「まぁ、そうだな」
やっぱり、バウディは彼の家の状況を知っているのね。もしかしたら、レイミのことがあったから調べたのかもしれないけれど。
「そしてきっと、私を逆恨みもしているでしょう。そんな状況で、私が欲しいと言って、アクセサリーを買うことを許されるとは思えないわ」
「許されるってのは?」
踏み込んで聞いてくる彼に、人差し指を立ててポーズを決めて推理を披露する。
「先方のお宅の中で、我が婚約者殿にどの程度裁量が委ねられてるかわからないけれど。まだ未成年ですし、きっと微々たるものよね。そうね、お花を買うのが精々……なんてことはさすがにないとは思うけれど、世の男性が婚約者に贈るような宝石のついたアクセサリーを、独断で購入するほどの権限はないと思うの」
きっと私のことで、家での立場も悪くなっているでしょうしね。
「もしアクセサリーを贈らなくても、私は外に出て歩かないのだから、醜聞も広まりもしないですし? 我が両親はあの通り人が良いから、そもそも外で悪口など言わないでしょうし? だから、私の声など聞かなかったことにするに違いないわ」
「なるほどな、あり得そうな話だ」
バウディも納得の説得力。
「まずは数日ようすを見てみましょう。もしかしたら、グリーンの宝石の付いたアクセサリーがひょっこり手に入るかもしれないわ」
「手に入らなかったら、どうするんだ?」
「どうもしないわ。あちらはまだ、私が公爵令嬢のアーリエラ様と縁があるのを知らないようですから、彼女に婚約者のことで愚痴を漏らして、それとなく広めてもらうこともできなくはないと思うのよ。ただ、正直、手元に残るような贈り物なんてゾッとするから、持ってこないほうがありがたいんだけれどね」
「じゃぁ、なんであんなことを言ったんだ」
呆れを滲ませる彼に、にっこりと笑って小首を傾げてみせる。
「嫌がらせに決まっているでしょう。それとも、当てこすりって言ったほうがいいかしら」
本当は、もっと、ねっちねちと言いたかったけど、そこはほら、一応爵位とかあちらが上ですしー? 私にも、大人の分別ってものがありますから、自重しましたけどー。
「俺の可愛いお嬢が、随分逞しくなっちまってまぁ。おぃ、旦那達には――」
「こんな黒いところ見せないわよ。なるべく、ね」
ウィンクしてみせると、彼はしょうがないとでもいうように肩をすくめてから立ち上がった。
「さて、じゃ、遅くなったけど、松葉杖の練習をするわ」
「練習熱心で、いいことだ」
両手を出せば、すぐに松葉杖を渡される。
椅子から立ち上がるのもスマートにできるようになってきた、筋力がついてきたのもあるし、松葉杖の扱いに慣れてきたってのもあるわよね。椅子を片づけてもらい、広くしたリビングを往復する。
席を外していた母も戻ってきて、ソファでニコニコしながら機械のような早さで編み物をしている。
ああ、平和だわぁ。
あの男が来た日はいつも、お通夜のようになっていたのが嘘のようね。
ふふっ、次回もビシバシやり返してやるわよ。
0時更新予約してたつもりで、忘れてたぁぁぁぁ……