19:むかつくのでムカ男に改名しませんか
誤字脱字報告、本当の本当にありがとうございます!
すっっかり忘れていたけれど、月に一度、ヤツが来るのよ。
私の仇敵ともいえる、シーランド・サーシェルくそボンボンが、言いつけられて仕方なく来てます感丸出しでご機嫌伺いに。
今日も先触れもなく突然やってきたヤツを迎える為に、松葉杖を突いて玄関ホールに向かう。
金色にも見える薄い茶色の髪を首の後ろでまとめた青年が、所在なげに立っていた。
「サーシェル様、ようこそいらっしゃいました」
松葉杖の練習をしていたので、極端に裾の長いスカートではなく一般的な脛半ばの丈のスカートを穿いているのだけれど、シーランドはそれを見てあからさまに眉を寄せた。
おおん? てめぇの罪を見せられるのが気に食わないのかね? 次からはもっと短いスカートを穿いてやろうじゃないの。
「君には、そのように短いスカートは似合わないな」
咳払いして、挨拶するよりも先に注意を口にする。本当にコレで貴族なのかよと、心から思う。
松葉杖ではあるけれど背筋を伸ばして立ち、クイッ顎を上げて口の端を上げる。挑発、挑発ぅ。
「あら、先触れをいただけたら、お着替えしておきましたわよ? 私に突然会いたくなったのはわかりますけれど、御心のままに突然来られますと、私もあなたのために着飾りたいのに、お時間が間に合いませんわ」
うふふふふと笑顔で釘を刺してやる。五寸釘をね。
言い返した私に、彼は面食らったあとギリッと奥歯を噛みしめ、口を開こうとしたタイミングでバウディが私たちをリビングへと誘導してくれた。ナイス、タイミング!
ここ数日の訓練で、松葉杖の使い方はかなり慣れてきたものの、スタスタ歩くシーランドの歩幅には追いつけず、ゆっくりとあとを追う。
うしろにはバウディがついてくれているけれど、最近は転ぶこともないから、もうそろそろ独り歩きしても大丈夫だと思うのよねぇ。全然許可が下りないけど。
遅れてリビングに入ると、シーランドは既にソファに悠々と座り、母がお茶を用意してくれている。ボラもいるのだけど、こういう時はやっぱり女主人がもてなすものなのかしら?
「バウディ、ダイニングの椅子を持ってきてもらえるかしら」
今までは車椅子だったけれど今は近くに置いていないし、ソファだと低くて筋力が足りない私には座りにくいのよね。ほら、綺麗に座るには腹筋と背筋が必要でしょ? バウディの指導で、ただいま絶賛筋肉育成中なんだけれどまだ間に合ってないから、諦めて座りやすい椅子を所望するわ。
すぐにシーランドの向かいに置いてくれた椅子に座って、松葉杖をバウディに預ける。
「――松葉杖を、使っているのだな」
母が席を離れた途端に切り出してきた彼に笑顔を向ける。
「ええ、車椅子では不自由でしたので。それにしてもお久しぶりですわね、前回は……ああ、突然、婚約のお申し込みをされた時でしたわね。寝耳に水で、大変驚きましたわ、ふふふ」
口元に手を当て、肩を揺らして笑ってみせる。
「そっ、それはっ、きっ、君に早く伝えたほうが、安心できるかと思ってだな」
安心? どこが? 家格が低いと侮って、片手間に伝えに来ただけでしょうが。すこしくらい取り繕いなさいよ、無能。
「あら、折角の婚約ですから、きっちりと筋を通していただいて構いませんでしたのよ? だって、一生に一度のことですもの。そこら辺の花屋の店先で適当に包んだ花じゃなくて、私の瞳の色の宝石を贈ってくださる時間くらい、十分に待てましたわ」
瞳の色の宝石を使ったアクセサリーを贈るというのが、この世界の求婚のセオリーだっていうのは知ってるのよ。
時間も金もケチるなんて、本当にクズいわね。
目に見えて動揺するクズに優雅に微笑んで、手にしたカップを傾けてお茶で喉を潤す。
「宝石が、欲しいのか」
「あら、いただけませんの? 私を妻にと望むのに?」
欲しいわけじゃないけれど、寄越す気持ちが一切無いことを露わにするのは、さすがに最低でしょうよ。せめて「いま用意しているから、もうすこし待ってくれ」くらい言えないのかしら、無能。
金目当てだと思ったのか、こっちを厳しい目で見る彼の茶色の瞳を、ゆっくりとした動作でカップを置いてから悠然と見返す。
彼が怯んだのがわかった。
「この婚約は、取引でしょう? あなたは罪悪感を漱ぐため、そしてあなたの家は世間体のため、私の足を潰したうえに、私の人生まで捧げろと――そう言うのですから、それに見合うだけのものを私に与えるのは当然だと思うのですけれど」
「なっ、なっ、なっなにを、馬鹿なことをっ」
すっぱりと言い切った私に、見事にどもった彼の顔が怒りに赤くなっていく。面白いわ、人間ってこんな風に顔を赤くするものなのね。
これ見よがしに右足を彼に向けるように椅子に座り直してみせ、肘掛けに肘をついてすこし婀娜っぽく体を斜めにする。
「言い訳があるのでしたら、お聞きしますわよ?」
敢えて無邪気に微笑んでみせる。
「きっ、貴様に言うことなどっ」
「貴様? あなたの妻になる人間を『貴様』呼ばわりですか。常々思っておりましたが、侯爵家の教育はどうなっておりますの?」
真顔になって首を傾げると、彼がブルブル震え出す。
怒りで震えるって、本当にあるのね。それにしても、打てば響く反応がとても面白いわ、癖になりそう。
「わっ、我が家を愚弄するのかっ」
テーブルに拳を叩きつけた拍子に、カップからお茶がはねる。
「あら、野蛮。侯爵家のご子息ともあろうお方が、そのように怒りにまかせてテーブルを打つなんて、思ってもおりませんでしたわ。考えを改めないといけませんわね」
口元に手を当て、クスクスと笑う。
「それが、お前の本性か」
絞り出すような彼の声に、ピタリと笑うのをやめる。
「いいえ、本来の私は、あなたも知ってのとおり、奥ゆかしく、大人しい女ですわ」
「どこがだ!」
睨む目に目を合わせる。
「あなたが、変えたのよ」
彼にだけ聞こえるように、静かに囁いた。
目に見えて彼の表情に怯えが浮かぶ。はて? そんなにビビらせるようなこと言ったかしら? そうでもないわよね、いままで言われてきたことの十分の一くらいしか言ってないし、まだまだ言い足りないし。
よしよし、今後も月イチの苦行の時には、こうしてネチネチ苛んであげよう。
そうすれば、もしかしたら婚約を無かったことにしてくれって言いだすかも知れないし? どんな手段でも講じておけば、どれかは実を結ぶかもしれないわけだから、うん、今までの鬱憤をどんどん晴らしていこー!
「――おまえ、随分と、性格が変わったな」
「あらいやだ、『おまえ』だなんて、まるで妻にするみたいに呼ばないでいただけますか? どうぞ、コングレード嬢とお呼びください」
微笑んで訂正すると、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
名前すら呼んで欲しくないのよね。仕方ないから、家名でお呼びって感じ。
あーあ、早く帰ってくんないかなぁ。まだ、松葉杖の練習しなきゃならないし、そのあとは魔力の循環の練習もあるから、暇じゃないのよねぇ。
「そうですわ、今日はなにか御用があっていらしたのではありませんか? いつもなら、僅かばかりの気遣いに、花の一輪も持ってくるのに、空手でいらしたということは、随分とお急ぎの用かと思ったのですが」
私の言い様になにか言い返そうとして、それをグッと堪え、ひとつ深呼吸してから本題に入ったのは賢明だったけれど、その内容がゲスかった。
気を取り直すように一つ咳払いをした彼は、私から視線を逸らしたまま口を開く。
「もうすぐ君も、貴族の義務として、魔法学校に入学しなければいけないだろう? 我が家からも、君が入学を免除できるように働きかけたが、却下されてしまった。確かに貴族の義務だが、君は、だって、足があれなのだから、配慮してもいいだろうに。魔法を覚えたところで、国に貢献できるわけもないのだから」
彼からスラスラ出てくる言葉は、まるで台本を読んでいるように滑らかで、何度も練習してきたんだろうなぁってわかる、青二才め。
「だが、義務だからな。学校を出なければ、貴族として認められぬし――」
最後だけ実感がこもった歯がみするような低い声で言う彼に、ああそういうことかと理解した。
魔法学校に入らなければ、私が貴族ではないという建前が使える。そうすれば、平民にする程度の賠償で済むのだ。もちろん、結婚などする必要もなくなる。
なるほど、それも一つの手段ね。レイミ的には貴族でなくなるというのは大問題らしいけれど、最終手段としては悪くないと思うのよ。
だって、平民になったなら、この目の前にいるクズと結婚しないで済む上に、堂々とバウディと結婚できるじゃない。
そんなことを考えながら黙っている私を尻目に、彼は言葉を続けた。
「魔法学校では、私をあてにしないでほしい。学年が違うから、手を貸すことなどできないからな。上下関係も厳しいので、手助けを得られるとは思わないでもらおう。そして、私の婚約者であるということを他人に吹聴するのも、すべきではないとわかるな」
「わかるな」のところで、これ見よがしに睨みつけてきた。
それで用意してきた台詞は全部かね? 結構長い台詞だったけど、突っかからずに言えてよかったわね、お姉さんちょっとハラハラしちゃったわよ。
もしかして、今までも台詞を用意して喋っていたのかな? レイミは嫌悪感でいっぱいで気付いてなかったみたいだけど、その可能性は高いわね。
視線を逸らして長台詞を言っていた彼が決め台詞の最後でこっちを睨んできたのだが、生温かい目で見ている私に気付いて、ビクッと体を引いた。
「言いたいことはそれだけかしら? 一通り言い終わったようですし、もう帰ります?」
小首を傾げて微笑めば、彼は顔を真っ赤にして出ていった。
「もしかして、暗記した台詞を忘れないようにしていたから、手土産を忘れてしまったのかしら? 今日はいつになく、きっちりとした長台詞でしたものね」
ふと思い浮かんだ可能性を口にすると、うしろにいたバウディが声もなく爆笑して崩れ落ちていた。