01.5:レイミ・コングレードの残滓
足を失った日、『私』の世界の色がくすんだ。
半月に一度……私の右足を奪った男がやってくる。
「調子はどうだ。たまには外に出てみたらいいんじゃないか」
治癒の魔法で傷口は閉じたものの、まだ腫れていて起き上がるのもやっとなのに、この人はどうしてそんなことを言うの。
* * *
「散歩にでるなら、車椅子を押してやろう。家に籠もってばかりいては、つまらないだろう」
粗野な彼に、車椅子を押される恐怖を考えて身震いする。
* * *
「もう傷は治ったのだろう。主治医から聞いたが、完治しているのにいまだに痛みを訴えているそうじゃないか。もちろん医者の費用は持つが、ありもしない痛みをでっち上げ、医師の手を煩わせるのは考えてくれ」
私にもどうして失った場所が痛むのかわからないけれど、本当にまだ痛むのに、そんなものはないと断じられてしまった。
悔しい。
悔しい。
* * *
「もう医師の往診は要らないと申し出たと聞いたが――」
やっぱり痛みは嘘だったのだろうと言外に言われ、彼が帰ってから悔しくて一人で泣いた。
* * *
「君から、はいといいえ、以外の声を聞きたいものだな」
肯定しか望んでいないくせに、よくもぬけぬけと言えるものだと呆れる。
早く帰ってくれないかしらと、心から思う。
* * *
「私は随分譲歩してるつもりだ。確かに、君には悪いことをした。だが、こうして誠意を示しているんだから、もうすこし心を開いてくれないか」
勝手にやってきて好きなことを言って、お茶を一杯だけ飲んで帰っていく、義務感丸出しの訪いに開く心などあるはずもないのに。
* * *
「お嬢っ、お菓子を買ってきたぞ、最近できた店のだ、一緒に食わねぇか? お嬢の好きな、クッキーだぞ」
あの人がきたあとは必ず、我が家の従者であるバウディが私を甘やかしてくれる。それだけが、あの訪いの利点かも知れない。
私が足を失った時も我が事のように悲しみ、励ましてくれたバウディがいたから、絶望せずに生きていられた。
まるで、妹にするような態度だけれど。
腫れ物に触るように接してくる両親とは違う、いままでと変わらない物言いや態度に安心する。
そんなある日、父からこっそりと、バウディと結婚してはどうだという話が出た。
驚いたけれど、片足を失った私に貴族との婚姻は無いだろうということは理解できるし、バウディならば我が家にずっと仕えてくれているから気安くもある。
そしてなにより、私は長いこと彼に片想いしていた。
彼が了承してくれるならば、私に異存ないことを父に伝える。私がよくても、彼の意思を無視したくはなかったから、そこだけはよくよく言い含めた。
笑った父は、時期を見て彼に打診すると約束してくれた。
だけど、私の幸せな夢は一瞬で崩れる。
父からバウディとの結婚話が出た翌日、花束を抱えたあの男が笑顔を貼り付けてやってきたから……。
「レイミ、君が魔法学校を卒業したら、結婚しよう」
突然の宣言に、唖然とする。
戸惑う私にまとまりのない花束を押しつけた彼は、両親に二人だけにしてくれと請う。
私同様に戸惑う両親が渋々席を外すと、深いため息をひとつ吐き出して貼り付けた笑顔を剥がし、眉を寄せ不機嫌そうな顔を隠しもせずに言った。
「君の意思は受け取った。だが、君を見捨てるなどできないんだ、我が侯爵家の沽券に関わるからな。君だって、もうまともな結婚を望めないことは理解しているだろう? だから私が君を娶るしかない。安心するといい、不自由のない生活を約束しよう。なに、身ひとつで来ればいい、我が家ですべて揃えるから」
彼は精悍だと貴族の令嬢にもてはやされている顔で、一方的な非道を私に言い渡した。
呆然として言葉の出ない私を見ないまま、言いたいことを言った彼は、お茶を一杯飲む間も惜しんで部屋を出ていく。
私の前のソファに肩を落とした両親が背を丸めて座っている、私と同じように悄然として。
身分が上の家からの要請は絶対だから、向こうが決めてしまえばどうしようもないのだと……どうしようもないのだと……っ。
「あぁ……っ。私は……あの方の元へ、嫁がねばならないのですか……っ。私の、足を奪ったあの人にっ! 責任など……っ。責任など取っていただかなくても、いいのに……っ」
張り裂けそうな胸の痛みに、両手で顔を覆いさめざめと泣き崩れ、そして私は――――