18:身体強化の魔法は奥が深い
誤字脱字報告ありがとうございます!
母から身体強化の「特訓」を受けることになったけれども、その前にまずは腹ごしらえ。
ボラがお茶の用意をしてくれて、料理人が作ってくれたサンドイッチがテーブルに出される。
引っ込み思案な料理人に私はまだ会ったことがない、レイミの記憶にもかろうじて後ろ姿が残っているくらいで、ぼんやりとしかわからなかった。
その極度の引っ込み思案のせいで我が家に来ることになったのだけど、腕は確かだし、いつでも家にいるので、こうして中途半端な時間でもお料理を出してもらえるのはとてもありがたい。
人に作ってもらったご飯って、本当に美味しいわ。
「そういえば、お母様の身体強化って、もしかして編み物をするときの、両手ですか?」
サンドイッチを食べながら思い当たったことを口にすると、お茶を飲んでいる母がゆっくりと頷いた。
「ええそうですよ。手というか、指先に強化の魔法を使っているの」
「そんな局部的にもできるんですね。そのほうが、魔力の消費もすくなくて済むからですか?」
「強化魔法に使う魔力は体内を循環させるものだから、ほとんど消費することはないのよ」
へぇ! それは便利。
そして、ひとつ気づいた。
「だから、身体強化の魔法は規制されてないんですね」
「どうしてそう思うの?」
「貴族は、いざというときに魔法を使うために、平時に魔法を使わないように決められているのですよね。でしたら、魔力を減らしさえしなければ問題ない、ということだと思ったのですけれど、違いますか?」
「正解よ、偉いわちゃんと勉強していたのね。さて、お腹はもう大丈夫かしら? それなら、強化魔法の使い方を教えるわね」
いつにも増して楽しそうな母に促されて、向き合うように座り直すと、姿勢を正し目も閉じるように指示される。
「肩の力を抜いて、鼻から吸って口からゆっくりと息を吐き出すの。まずはその呼吸に集中して。他のことは考えないで、いいと言うまで続けてね」
これって瞑想ですね、一時期はまってたことがあるわー。
呼吸に集中することで、なにも考えず純粋に「今」を感じる。未来も、過去もなにもない、純粋な今この時を生きているということを。
恐れも不安もなく、ただ在ることを受け入れる。
「はい、上手ね。それじゃぁ、目を閉じたまま体の内側に意識を向けて、どこか意識が集中する場所があるから、見つけたらそこにぎゅーっと意識を集中させてみて」
指示通り、違和感を感じた眉間に意識を集中させる。すると、そこにじんわりと熱が集まってきた。こんなのは、向こうでやってた瞑想ではなかった現象だ。
「熱くなってきたわね? それが魔力よ。その魔力をゆっくりと他の場所に移動させましょう、まずは両肩、それから両手、胴体、腰、最後に足先」
魔力を下におろしていく、意識すれば本当に動くその感覚が面白くて、言われたように上から下に移動させる。
足先まで移動できたら、今度はそこからまた上に移動させる。その往復作業を何度もおこなうことになった。
途中で何度も集中が途切れて、最初からやり直す。
何度も繰り返しているうちに、どんどん魔力の移動がスムーズになるのがわかる。
「一回休んでいいわよ」
母の声に、集中を解いて目を開くと、なんだか目がチカチカした。集中していたからかな?
「お嬢、飲み物置いとくぞ」
バウディが氷の入ったレモン水をテーブルに置いていく。母の横には、ティーカップだ。
その母は、今も凄い勢いでレースを編んでいる。
どんな風に強化すればこんな風に高速で指を動かせるんだろう? 強化って、単純に力が強くなるだけってわけじゃないってことよね。
冷たいレモン水を一口飲むと、思ったよりも喉が渇いていて、二口目で一気に飲み干してしまった。
「はじめてにしては、とても上手だったわ。だけど、時々魔力が漏れていたから、次は魔力をちゃんと体の内側だけで回すことを意識してやってみて。因みに、魔力が漏れるということは、魔力を放出したと同じだから、あまりやり過ぎると罰を受けることになるから気をつけてね」
なんですと!
「奥様、あまり脅さないでください。お嬢、大丈夫だ、練習で多少放出する程度なら、罪に問われねぇから」
目を丸くしていた私の頭を撫でたバウディが、空いたコップを下げてくれる。
「もうっ、本当にバウディはレイミに甘いのだから。危機感があったほうが、覚えも早くなるのにねぇ」
おっとりと小首を傾げる母は、もしかしたら策士なのかもしれない。
「お母様、頑張りますから、危機感を煽らないでください」
「あらそう? じゃぁ頑張りましょうね。魔力を漏らして、身体強化を使ってるのを他の人に悟られるのは、三流以下ですから、早く魔力を完全に制御できるようになりましょうね」
三流以下ですって!?
ということは私は今、三流以下ってことなの? 中ボスよりもまだ悪いわ、最悪だわ、超最悪! この私が、有象無象と一緒だなんてっ!
「はいっ、なんとしても、完全に魔力を制御できるようになりますっ! お母様、ビシバシ鍛えてくださいっ」
「レイミがやる気になってくれて嬉しいわ。では、また同じように魔力を循環させましょうね、最終的な目標は一瞬で任意の場所に魔力を移動させることよ、勿論、一切外に漏らさずにね」
「わかりました!」
体育会系のノリの私たちに、バウディがなにか言いたそうな顔をしているけれど、魔法については母に一日の長があると思うのよ。
だって、毎日あのスピードで編み物をしているんですもの!
「まず今は、魔力をゆっくりと移動させながら、魔力を外に出さない練習ね」
「はいっ」
また、瞑想からはじめて、魔力の認識、そしてゆっくりとその魔力を移動させる。
漏れているというのが、どんな状態なのかまだわからないけれど、魔力がふわっと広がっているのがよくないのかもしれない、もっとこう、霧状のふわふわした感覚ではなくて液体でイメージをすればいいのかも?
温かい、まとまった、粘度のある液体を移動させてゆく。
ふんわり霧状だったときよりも、動かすのに集中力が要るし、動くスピードが遅い、だからさっきよりもずっと疲れるっ。
父が帰ってくるまで、ダイニングで魔力を動かす練習をした。
母からは、まだまだ魔力の漏れはあるものの、随分減ったと褒められはしたけれど、『まだまだ漏れてる』とのことに悔しさしかない。
「お嬢、あのな、奥様の言ってた目標は、王宮勤めの魔術師級のはなしだから、普通の貴族はそこまでの精度は求められねぇからな」
よたよたと松葉杖をついて部屋に戻った私についてきたバウディは、私から松葉杖を受け取りながら、宥めるように言った。
『フツー』の貴族ってことは要するに、三下貴族ってことじゃない! そんなのと、一緒で満足するわけないでしょうっ。
「わかったわ、バウディ、ありがとう。って、なんで松葉杖持っていくのっ」
「まだまだ、一人で使わせるわけにはいかねぇからな」
私の抗議は却下されて、松葉杖は回収されてしまった。
腹いせに、バウディが出ていったドアにクッションを投げつけようとしたけれど、そんなことをしたところで松葉杖は戻ってこない。
それよりも、まずやることがある。
ベッドに横になって、瞑想と魔力の循環だ! と意気込んではみたものの、疲れ切っていた体は休息を欲し、横になったらスリーカウントもしないうちに、スコンと意識を失っていた。
日々の瞑想と魔力の循環練習は、私の朝と夜の日課になった。