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17:母の特技は高速レース編み

 お昼ご飯も食べずにぐっすりと眠り、目が覚めたのは午後三時前だった。


 あっ! 寝る前にベッドの脇に置いておいた松葉杖がない!


 これは、きっとバウディの仕業に違いないわね。折角、一人で行動できるようになったのに、もうっ!


 枕元にあるベルを力強く鳴らすと、すぐにバウディがやってきた。



「どうしたっ! ……って、なんで怒ってるんだ」


 腕を組んでぷんすかしながらベッドに座る私に、急いで来たらしい彼は首を傾げる。


「私の松葉杖を、持ってきてください」


「なんだそんなことか。あんなにでかい音で、急に呼び出すから何事かと思った。ちょっと待ってろよ」


 そういえば、私になってから、バウディを呼び出したことってなかったっけ? なんだかんだと理由を付けて顔を出してくれるから、その時に用を足すので間に合ってたし。


 そりゃぁ驚きもするか。

 そう思ったら、少し溜飲が下がった。


 ホッとした顔の彼は部屋を出るとすぐに、松葉杖を手に戻ってきた。

 ドアのすぐ外に置いてあったみたい。


「今度から、ここに置いておいて」


 ベッドと机の細い隙間を示すと、彼は難色を示す。


「お嬢がもっとちゃんと歩けるようになるまでは、駄目だな」


 きっぱりとした否定の言葉に、思わずムッとしてしまう。


「どうしてよ! ちゃんと歩けるわ、さっきだって歩けたんだからっ」


「あれをちゃんととは言わねぇよ。まずは練習だ、それで本当にしっかり歩けるようになったら、部屋に置いておいてもいいぞ」


「ねぇ、一応私が主人なんじゃないの? どうしていうことを聞いてくれないのっ」


 思わず出てしまった言葉に、私の中のレイミの想いが痛みを覚える。


 そうね、主従関係があるのが嫌だったんだものね。彼の砕けた言葉使いも、あんたの気持ちの反映なんでしょ?


 でも、出ちゃった言葉は戻らない。


 バウディも嫌な気分にしてしまったかと、一瞬身構えてしまったけれど。彼はニヤリと片方の口の端を上げて、私を挑発するように見下ろした。


「主人の暴走を止めるのも、いい従者の条件だろうがよ。ほら、練習するんだろ? まずはこっからリビングまでだ」


 むきぃぃぃ! 歯がみする私を立ち上がらせて、松葉杖を持たせる。


「ほら、しっかり掴めよ」


「わかっているわっ! そこ、邪魔だから退いてちょうだい」


「へいへい」


 これでも、あっちの世界でも松葉杖を使っていたことがあったから、経験はゼロじゃないのよ。

 だけど、レイミの筋力がね、本当にねっ、全然ないのよねぇぇっ!


 松葉杖が突っかかったら転んじゃうから、気をつけて一歩一歩丁寧に歩く。


 ああ、それにしてもこの杖の重さったら! 前に持ち上げるのが、一苦労だわ。


 車椅子ならあっという間の距離を、顔を赤くして、汗をかいて、やっと到着した。


「よく頑張ったな。すこし休むか?」


「甘やかすのが早いわ。やっと、体が温まってきたところなのに」


 そうやって甘やかすから、レイミの筋肉がこんなに落ちちゃってるのよ! 最低限のリハビリしかしてないのは、レイミの記憶で知ってるのよっ!


 甘やかせばいいってもんじゃないって、本当に身に染みるわ。


 くっそぅ、ビシバシ体を使って、なんとしても体力を戻すわよ。このままじゃ、学校に車椅子登校だわ! そうなったら、公爵令嬢の預言書通りになっちゃうかも知れないもの。


 すこしでも多く、ゲームの内容と違うようにしなきゃね!


「あらあら、レイミ。それが、ボンドさんにお願いしていた松葉杖なのね」


「お母様! 帰っていらしたのね」


 ソファに座り、いつものようにレース編みをしていた母が、おっとりと立ち上がり近づいてくる。そして、取り出した繊細な刺繍が入ったハンカチで、私の額を流れる汗を拭ってくれた。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。ああそうだわ、まだお昼を食べていないでしょう? 一旦休んで、お母様と一緒に、軽食を取りましょうね」


 母の提案に空腹を思い出して、力強く頷いてしまった。


 ダイニングテーブルまでなんとか歩ききると、バウディの引いてくれた椅子にドスンと座ってしまった。も、もう左足が限界だったんだもん。

 母から渡されたハンカチで流れる汗を拭いてるあいだに、バウディが松葉杖を壁に立てかけ、料理人に軽食を頼みにいってくれる。


 いつもは向かいの席の母が、今日は珍しく隣に座った。なにかあるのかしら……、もしかして、レイミの中身が変わったことを、確認されるのかな?


 さすがに母親から確認されるのが怖くて、緊張で胸が痛くなる。



「お疲れさま。ねぇ、レイミ、あなたは私に似ているから、繊細な魔力操作がきっと上手だと思うの」


 ドキドキしながら待っていた言葉は、全然関係のないことで拍子抜けしてしまった。


 に、似てるのかしら? このおっとりしている母に?


「繊細な、魔力操作ですか?」


「ええそうよ、放出系の魔法よりも、体の中に循環させる方がきっと得意になるわよ。兵士の人たちみたいに、ガチガチにするのでなくていいの、ちょっと足りないところを、部分的に補助してあげるだけ」


 足りないところを補助する、兵士はガチガチ、ということは?


「それはもしかして、体を強化する魔法ですか? お母様は、身体強化の魔法が得意なんですか?」


 驚いて尋ねた私に、母がコロコロと可愛らしく笑う。


「ええ、得意ですとも。だからね、あなたも左足に身体強化を使ったら、もう少し楽に歩けるのではないかと思うの」


「ですが、奥様。そうしてしまうと、きちんと筋肉がつかなくなってしまいますよ。一部だけに使うと、余計に筋肉に偏りが出てしまうかもしれません」


 調理場からグラスと水を持って戻ってきたバウディが、母に苦言を呈している。

 彼が母を止めてるということは、現段階でも身体強化の魔法を使うことができるのね? ということは、罰金も刑罰もないってことね!


「いやねぇ筋肉筋肉って。レディなのですもの、そんなに筋肉はいらないでしょう?」


 母に言われて、バウディが言い返そうとしたと同時に挙手する。


「はいっ! お母様、身体強化の魔法を教えて欲しいですっ!」


 絶対教えて欲しい! そして、それの上位互換である物質への強化も覚えるのよ。最高じゃない!


「ほら、レイミもそう言っているのですもの、ね?」


 ほんわりとした母の笑顔に、バウディはぐぬぅと言葉を呑む。


「安心してバウディ、私、ちゃんと運動もするから、ね、いいでしょ?」


 両手を胸の前で組んで、上目遣いにお願いポーズをする。

 十代ならありよね、このポーズ。……駄目かしら?


「仕方ありませんね。ちゃんと、俺が見てる前で、運動するんだぞ」


 やったー!!!

 こそこそ松葉杖の練習をするな、という釘は刺されたけど、了承いただきましたー!


「はーいっ」


 十五歳らしく、朗らかにお返事をする。


 この年齢が持つアドバンテージは、しっかり使っていこうと思うの。これは既に一度この年齢を経験したからできることね、あざといは正義よ。


「ふふっ、バウディの許可も取れたし、心置きなく特訓できるわね」


 おっとりと微笑みながらの母の言葉が引っかかる。


 ええと、特訓なの? 練習ではないの……?

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