15:二百年前の悲恋
「それにしても、嬢ちゃんはわしみたいなモンが嫌じゃねぇんだな」
リビングに続きであるダイニングに移動して、広いテーブルで義足について話を練ることになったんだけど、バウディがお茶を用意してくれるのを待っている時に、ボンドがそんなことを言った。
「ボンドさんを嫌う? どうして?」
「わしが、ってぇか、わしらみたいな人間以外の種族だな。貴族は、大抵、嫌がるもんだ。ああ、あんたの父ちゃんや母ちゃんは珍しいな。命がけで、助けてくれようとする貴族なんて、はじめてだった」
懐かしむ声音と、遠くを見ているようすに、きっと父と出会ったときのことを思い出しているんだと思う。
「どうして嫌がるのかしら? だって、同じように、この世界に生きているのに」
しれっと言ってみたけれど、おおよそ見当はつく。
外見の違い、言葉の違い、習慣の違い、能力の違い――そんな多様性を、で区別して境界線を引くっていうのは、向こうにいたときも普通にあったもの。
たとえ同じ人種であってもコミュニティ毎に違ったり、まぁとにかく、異物を排除したがるというのは、人間の本能のようなものかもしれない。助け合いが必要な中に異分子があると、その輪が崩れ、ひいては自分たちの身になにか不利益や危機が及ぶかも知れないって。
既得権益を守ろうとしてとか、糾弾することで自尊心を守ったりとか、まぁまぁネガティブなイメージしかないけど。
そして、この世界でも多様性を受け入れる風土はできていないのね。
「ここんちみたいに、みんながそう思ってくれればいいんだがなぁ」
感慨深い声を落とす彼に、色々苦労があったことを察した。
「そういえば、私、全然他の種族のかたに会ったことがないんですけれど。ボンドさんのドワーフ以外には、どんな種族がいるんですか?」
「そうさなこの国だと、エルフ族、人猫族、人狼族、あたりが住んどるか。もう絶滅してもうたが、その昔はヘキレイ族もおったな。碧き御霊の種族じゃ」
なるほど、碧、霊族。
「碧霊族は、絶滅したんですか」
幽霊っぽい名前だけど、絶滅したってことはお化け系ってわけじゃないのよね多分、きっと、絶対に生物、だと思いたい。
「そもそも、あまり個体を増やさん種族じゃったからのぉ。己の伴侶を大事にしてのぉ、先に死んだほうの精神体が残り、伴侶の死を待ってから共に天に昇るっちゅー性質じゃったらしい。この地に住んでいた最後のツガイが死んで、もう二百年以上たつはずじゃ」
「精神体で伴侶を待つんですか……お化け、ってことですよね?」
恐る恐る確認すると、かっかっかと笑われた。
「はっきりと人型はしておらんよ。ただ、残された伴侶に、碧色の人魂としてくっついておったらしい、平和なもんじゃろ。ただ、伴侶に仇なす者は、一様に不運な事故や死に見舞われるくらいで」
なるほど、悪質。
「碧霊族というのは、結構、攻撃的なんですね」
「手を出さんばなんもせん、平和な種族じゃったらしい」
手を出さなきゃやり返さないなら、平和なのかな……。死してもなお伴侶に執着してる感じがしなくもないけど、相思相愛なら問題ないのかも? 私にはそういう愛の形はわからないから、ちょっと怖いけど。
「嬢ちゃんの通う魔法学校には、その碧霊族の悲恋があってのぉ。碧霊族の青年と結婚した人族の娘が、当時この地を治めていた領主に懸想されての」
「碧霊族にも異種族婚があったのね」
そして領主の横恋慕とか、嫌なにおいがプンプンするっ。ワクワクするわね。
「そりゃあるだろう。特に、碧霊族は人族に近い容姿で、とても美しかったらしいからの。それでだ、領主はその娘をなんとか自分の嫁にしようとしたものの、碧霊族は魂魄の扱いがうまく魔法に長けた種族じゃからの、どうしても追い払われてしまう」
「魂魄の扱いが、魔法に影響するのね。魂だけで伴侶を待つくらいだから、よっぽど器用なのね。でも領主だって、きっとねちっこく諦めなかったのでしょう?」
こうして話が残るくらいなのだから、きっと盛大にやらかしてると思うのよね!
「そうじゃ、諦めなかった。どこからか、碧霊族の天敵ともいえる魔法を使う貴族を連れて来て、とうとう娘を我が物にしてしまったんじゃ」
「王道だわ。それで、碧霊族の青年はどうしたの?」
続きを急かす私に、彼はまぁ待てと手で窘める。
「領主に捕まった娘は必死に抵抗して、その時になにがあったのか死んでしもうたんじゃ。人族だった娘の魂は、碧霊族である夫の魂を待つことができず、すぐに天に昇ってしもうた」
「ん? 碧霊族って、伴侶と共に天に昇るのでしょう? ということは……」
「本来であれば、碧霊族の夫は妻を追って自決するのだが」
潔い粘着っぷりだわ、まぁ夫婦ならセーフかな? 種族的な性質だし、しようがないのかもだけど……凄いわね。
「領主の策略で、妻の死を知ったのが遅れた夫は、急いで自死したものの妻の魂に追いつけず、天へ召されることができなくなってしまっての」
「え、一緒じゃないと、天に昇れないの?」
独り身の人や結婚前の人はどうなるの、っていう疑問は野暮なので封印しておく。
「そうじゃ、難儀な種族じゃて。それで夫は怒り、自分を足止めした魔法を使う貴族を呪い、領主を呪い、呪い尽くしてやがて魂を消滅させてしまったといわれておる」
ボンドが沈痛な面持ちでそう締めくくった。
魂の消滅というのがこの世界に取って耐え難いことなのだと、レイミの意識でも理解する、胸がとても痛い。
「因みに、一族郎党が変死した呪われた領主の館というのが、今の魔法学校がある場所じゃ」
「なんでそんな曰くのある土地にっ!?」
墓地の上に学校を建てるようなもんじゃない?
絶対に肝試しなんかできないし、一人歩きもできないわよっ。
「かっかっか。曰くがあるから、公的施設を建てたんじゃろう。鎮魂の意味も込めてのぉ」
「学校なんて騒々しいもので、魂が休まるとは思えないし。これからその学校に通う私に、そんなことを教えるのも、意地悪じゃないかしらっ」
憤慨する私を、ボンドは楽しそうに笑い飛ばした。