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14:松葉杖で機動力確保

 バウディの押す車椅子に乗ってリビングに向かった私は、王都でも一、二の腕前を持つというドワーフの親方と対面することになった。


 生憎と父は仕事で、母も自作のレースを納品しにボラと一緒に町へ出ていたので、私はバウディと共にドワーフの親方こと、ボンドを出迎えた。



「久し振りだな、嬢ちゃん! 車椅子の調子はどうじゃ!」


 車椅子に乗った私と同じ目線でお洒落髭の筋肉だるまのような彼は、まず私の体調よりも自分の作品の調子を聞いてきた。最高だわ。


「乗り心地は最高です。でも、非力な私じゃ動かせないので、イマイチです」


 ニッコリと笑って言ったら、笑顔がビキッと固まった。


「ああん? イマイチたぁ、どういうことだ。動かせねぇのは、てめぇの筋力不足だろうがよぉ?」


 青筋を立てて凄みを利かせる顔に、こっちも片方の口の端を上げて挑発的な笑みを向ける。


「あら、私の筋力不足を『言い訳』になさいますの? 私でも動かせる車椅子を作ることは、あなたには無理ですのね」


「おおん? 無理だとぉ! てめぇ、いい度胸じゃねぇか」


 そう言うと、ころっと表情を変えて大笑いした。


「かっかっか! 随分元気になったみてぇじゃねぇか! 口も達者になりやがってよぉ」


「うふふふ、私、色々と吹っ切れましたの。それで、お願いしてあったものは、どうなりましたの?」


 急かす私に、ボンドは手に持っていた革張りのケースをテーブルに置いて、パカッとそれを開きなかに納まっていた数本のパーツを手際よく組み立てた。


「お、おしゃれ松葉杖……」

「若ぇ嬢ちゃんが使うんだ、洒落てたほうがいいだろうよ」


 脇に当たる部分は柔らかそうな素材のパッドがつき、そこからS字にカーブしてグリップがあり真っ直ぐ地面まで伸びている。

 色は明るい黄色とオレンジのグラデーションで、花と鳥のモチーフが彫られて、所々に小さな宝石らしきものが埋められている。ガラスかしら?

 強度は大丈夫よね……。


 バウディの手を借りて立ち上がり、ボンドから松葉杖を受け取る。ずっしりとした手応えに受け取った手が下がる。


「思ったよりも重いのね」


 持ち上げた時の手応えに驚いた私に、彼はポリポリと頭を掻いた。


「重ぇのか……。余ってたハビロの木があったからよ、あと強度を出すのに芯を入れてあるからなぁ。さぁ、長さの調整をするから、ちょっと当ててみてくれ」


 急かされて、まず左側の脇にパッドをはさみグリップを握る、それから右を持つ。

 どう見ても、松葉杖が長い。あと五㎝は短くしてもらわないと、つま先立ちになっちゃう。


「よしよし、一回座ってくれ」


 そう言うと、持ってきていたもう一つのバッグから取り出した帆布のような大きな一枚布を床に敷き、同じく取り出した小さなノコギリで、躊躇いなく杖の先を切り落とす。

 ちょっとまって、失敗しても戻せないのに、そんな思い切りよくて大丈夫なの!?

 ハラハラ見守っている間に、切断面にさっとヤスリを掛けた杖を渡してきた。


「もう一回いいか」


 請われて立ち上がり、もう一度松葉杖を構えた。


「まぁ、ぴったりだわ」


 恐る恐る数歩歩くとコツが掴めたので、バウディに付き添われながら、えっちらおっちらリビングを一周した。重さはあるけれど、これから筋力を上げていくから許容範囲ってことにしよう。

 それにしても、自分の足で移動できるというのはとてもありがたいわね。


「長さも持ち手も丁度いいわ」


「そらよかった。最後の仕上げをするから、ちょいと貸してくんな」


 ボンドはもう一度杖の先にヤスリを掛けると、ポケットから取り出したテープをぐるぐると厚めに巻き付け、グローブのような手でテープをギュッと握ってぐいぐいと数度捻るように動かした。その手元が、ぐにゃっと歪んで見えた。


 彼が手を離すと、テープは溶かして形成したように境目もなく綺麗に杖の先を包んでいる。


「滑り止めだ。すり減――」

「いまのって、魔法なの? テープになにかしたわよね?」


 言葉を遮って聞いた私に、彼は一瞬キョトンとしてから、うんうんと頷いてテープを見せてくれる。


「こいつぁな、魔石を混ぜて作られたゴムテープでな、魔力を込めることによって一体化する性質を持っとるんだ。これも魔道具のひとつじゃな」


「これも魔道具なのね。てっきり、魔石を使って動く物が魔道具だと思っていたわ」


「魔石っちゅーよりかは、魔力の影響を受けて作用する道具、と言ったほうがわかりやすいかの」


「なるほど、だからこのゴムテープも魔道具なのね。面白いわ」


 巻いてあるテープを彼に戻して代わりに松葉杖を受け取り、もう一度歩いてみる。杖の先の滑り止めが効いて、さっきよりも歩きやすくなっていた。


 それを伝えると、彼は得意げに頷きながら道具を片づけはじめたので、私も車椅子に戻るとバウディが松葉杖を受け取ってくれる。

 ちょっと調子にのって疲れちゃったけど、心地いい疲れだわ。


「嬢ちゃんは魔道具に興味があるのか?」


「ええとっても! ねぇボンドさん、義足って作れないかしら。ほら、このままだと、見た目でみんな遠慮してしまうでしょ? それに義足があったほうが、歩きやすそうですもの」


「義足か、まぁ、できるっちゃぁ、できるが。ありゃぁ、松葉杖よりも繊細だからなぁ。作るとなったら、実際に足まわりも見なきゃならんしのぉ」


 言葉を濁す意味はわかる。うら若き乙女の生足を見るのは、こちらの世界の道徳に反するんだものね。

 でも、引けない。


「大丈夫よ、膝下だもの。問題ないわ」


「いえ、レイミお嬢様、いけません、義足など――」


 今まで黙っていたバウディが、たまらずに口を挟んでくる。


「どうしてよ? 義足自体はあるのでしょ? なぜ、私は駄目なの?」


「あるにはあるが、平民が使うようなものしかねぇ。貴族はそもそも、平民に比べて、義手や義足が必要になるような事故も少ねぇし。四肢が欠損したとしても、使用人で補えるだろう」


 苦い含み混じりの言葉に、なるほどと納得する。確かにウチも、バウディが私の足のようなものだものね。


「レイミお嬢様。私がいくらでも足になりますから」


 車椅子のうしろに立つバウディが、甘い声で囁く。悪魔の囁きだわ。


「嫌よ、私は自分で歩きたいの。折角こんなに素敵な松葉杖を作ってもらったんだから、町歩きもしたいし、そのためにはやっぱり義足は必要なの。ほら、学校だっていかなくてはいけないんだから、ねっ?」


 頑として引かない私に、二人はなんとかやめさせようと説得してくるが、すべて撥ね除けて我を通した。


「足まわりを計測すればいいのね? ボラが帰ってきたら、手伝ってもらって計るわ」


「欠損した足の長さも測らなきゃならん、切断面の型も取る必要がある」


 すっぱりと言い切るボンドに、こちらも胸を張って答える。


「型なら、いくらでも取ってかまわないわよ。長さは、左足と同じでいいわよね」


「レイミお嬢様、無茶を言っては――」


「バウディは黙ってて」


 グチグチ言う彼を黙らせて、車椅子から立ち上がり、ボンドのほうへとケンケンで進む。二歩くらいだから、いけるはず!


 ああもう、長いスカートは動きにくいわねっ。


 気が逸れた瞬間カクッと左足の力が抜け、あわや転ぶ寸前に私の胴に逞しい腕がまわり、抱えるように支えられた。


「あぶない! 怪我をしたらどうするんだっ!」


 頭上からバウディの本気の怒りが降ってくるが、その手から逃れてボンドの前の床に座り、分厚い手を取る。ボンドが驚いて引こうとする手を、しっかり掴んで逃がさない。


「お願いボンド、どうか、頼まれてほしいの。あなたの腕ならば、きっと素晴らしい義足を作れるわ。私はたくさん注文を付けるわ、足首は稼働するようにして欲しいし、形は左と同じようにして欲しいわ、そしてできれば隠し武器もつけれたらいいなと思っているの。とっても難しいとは思うけれど、きっとあなたなら形にしてくれると信じてるの。だってこんなに素晴らしい車椅子や松葉杖を作ってくれたのですもの」


「嬢ちゃん、さっき車椅子貶してなかったか?」


 ボンドが据わった目で見てくる。


「貶したわけではありませんわ。改善点を申し上げただけです、実際に使っている者の声って大切でしょう?」


 ニッコリ笑うと、ボンドは空いているほうの手で、自分の頭をガシガシと掻いた。


「ああそうだ。利用している者の声は、重要だ。わかった、わかったよ、義足、作ってやるから手ぇ離しな。嬢ちゃんの番犬に噛まれっちまう」


「ありがとうございます! 引き受けてくれて嬉しいわ」


 手を離して、ニコニコしてしまう。敢えてうしろは見ないわよ、後頭部を睨まれてるのがわかっているから。



 バウディったら、この程度のお茶目にも目くじらを立てるなんて、本当に心が狭いわねぇ。

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