12:告白。だが、色っぽいアレではない
父の仕事の手伝いを終えてから、バウディに車椅子を押してもらって部屋に戻っていると。ふと、彼が妙に喋っていないことに気付いた。
「お嬢。いや、お嬢、ではありませんね。あなたは一体誰だ」
部屋に入ったところで、腰に響くイケボで問われた。
ああ! やっとツッコミがきたー!
両親もボラも、全然ツッコミを入れてくれないんだもの。思わずバウディを拝んでしまいそうになっちゃった。
父も母も優しい人だから、言いにくいんだろうなぁとは思ってる。
それにレイミの知識があるから、思いきった変な言動をしないから、ツッコミにくいところもあるんだろうな。
だから、よく言ってくれたバウディ。
やるなら、君しかいないと思っていたよ。
「お嬢が、あのように電卓を使うなどあり得ない。いままでベッドから出るのも嫌がっていたのに、急に活動的になったのもおかしいとは思っていたんだ。あなたは、誰だ」
「バウディ、取りあえず、灯りを点けて、そこの椅子に座ってもらえるかしら」
この部屋に唯一ある椅子を示せば、彼は部屋の灯りを点けて座ってくれた。
車椅子はレイミに合わせて低めなので、椅子に座った彼は、膝に肘をついて上体を前に傾けて私に視線を合わせてきた。
おおう、イケメンに凄まれるの怖ぁ。
「で、あなたは誰だ」
「高満田麗美華、という人間の意識よ」
堂々と名乗った私に、彼の眉間の皺が深くなる。
「たかまんだ、れみか……」
「華やかな名前でしょ? 麗美華とレイミ、ちょっと似てるわね。性格はまるで違うみたいだけれど」
私の言葉に、彼が怒ったのがわかる。
無言の圧力っていうのかな、息苦しさを感じるけれど微笑みは崩さないわよ、意地でもね。
「私がレイミの中で目覚めた日は、わかるでしょう?」
「あなたが、お嬢の中で目覚めた?」
怪訝な声で繰り返され、頷く。
「ええ、気がついたら、私はレイミになっていたの、正確にはあの日の夜中から」
思い出しながら言葉を続ける。
「右足が痛くて、痛くて、目が覚めたら、そのときにはもうレイミになっていたわ。夢だと思って、二度寝したけどね」
だけど、夢じゃなかった。私は麗美華に戻れなかった。
「言っとくけど、理由はわからないわよ。気がついたら、なっていたのだから」
腕を組んで顎を上げ、挑発するように目を細めて彼を見た。
さて、どう出てくるかしら。
「それにしては、随分と落ち着いているようだが?」
固い声、それに言葉使いもレイミを相手にしてる時とは違うわよね。
――それにしても……粗野っぽいイケメンの敬語って、超いいわね。ドキドキしちゃう。
「そりゃ、慌ててどうにかなるなら慌てるわよ。どうにかなるならね」
ため息を吐いて、組んでいた腕を解いた。
「こうなったのも突然だったから、多分、戻るのも突然なんじゃないかしら?」
肩を竦めた私に、彼の目はなにかを推し量るように細くなる。きっと、いま凄い勢いで色々考えてるのよね。
考えたところで、どうしようもないのに。
ひとしきり考え終えたのか、彼はひとつ息を吐く。ため息も出るわよね、わかるー。
「あなたは、これからどうするおつもりだ」
「どうもしないわよ。いまを生きるだけだわ」
これだけは引けないことだと、彼の目を見てきっぱりと言い切る。
「ありがたいことに、レイミの記憶はあるの。だから、あなたの名前も知っていたし、お父様とお母様にも親愛の情があるわ。まぁ、ちょっとばかり、情報は足りないけれどね。足を失って悲観するのはわかるけど、投げやりになるのはよくないわね。せめて、教科書類は捨てずに取っておいて欲しかったわ」
苦笑いする私に、彼は視線を上げて頷いた。
「ああ、もう要らぬから捨ててくれと言われたな。一応取ってあるが」
「さすがバウディ! レイミが惚れた男だけあるわ」
手放しで褒めれば、彼は微妙な顔をしてバリバリと頭を掻いて体を起こした。
「……惚れた腫れたを、本人のいないところで言うのはマナー違反じゃねぇのか」
あら、言葉使いが戻っちゃったわね。
公式の場所ではちゃんと敬語ができるのは、公爵家に行ったときに知っていたけど。いまの尋問でも固い言葉使いだったわね、どっちが素なのかしら。
レイミ的には、ちょっと乱暴ないつもの言葉使いのほうが距離感が近くて好きみたいだけど、私的には敬語のほうが好きだわ粗野っぽさとミスマッチなのがいいの。イケメンマッチョのスーツで眼鏡がドストライクだから。
それにしても、なかなかいい感触かもよレイミ。憎からず想われてるんじゃない、あなた。
「ふふっ、そうねマナー違反だったわね」
レイミの想いの影響か、胸がふわふわと温かくなる。
ふと、彼がなにかを思いついたようにこちらを見た。
「お嬢にあんたがいるってことは、あんたのほうにお嬢が入ってるってことはあるのか?」
ああ、それねぇ。
「わからないわね。可能性としてなくはないけれど、だからといって、確認しようもないし、どうにもできないことだもの。でも、そうねぇ――」
昨日、公爵令嬢に教えられた乙女なゲームが脳裏を過る。
レイミが魔法学校を追い出されてしまうというあれだ。
「レイミが戻ってきたときに、困らないようにはしておいてあげたいわね。子供を守るのは、大人の役目ですもの」
「大人……? あんた、一体いくつなんだ」
「女性に年齢を聞くのって、こっちでもマナー違反よね? ふふっ、まぁ十五歳ってことでいいんじゃないかしら」
そう答えると、舌打ちされた。レイミの前だとやったことないくせに、こっちが本性かしら。
「そうだわ、このこと、お父様とお母様には伝えるの?」
「……どうして欲しいんだ、あんたは」
「私は、どっちでもいいわよ? 伝えたところで、追い出されるなんてことはないでしょうし。伝えないまま、いつかレイミが戻ったとしても、そのときはそのときで、あの二人なら大丈夫でしょうから」
ちょっと頼りなくはあるけれど、愛情は間違いのないものだというのはわかるから、どっちを取っても問題はない。
きっぱりと言い切った私に、彼はまた考えて、言わないことを選択した。
「言えないだろう……違う人間が、お嬢に宿ったなんてよ」
「そうね、説明するのが面倒よね。でも直接聞かれたら、ありのまま答えるわよ」
「それは、あんたの判断に任せる」
すっぱりと言い切られ、すこし驚いた。
あら、随分と信頼してくれちゃってるわね。思わず、にんまりしてしまう。
「だが、あんたの行動は俺が見張る。お嬢にとって、不利益になることは、必ず止める」
「それはいいけど。不利益かどうかって、個人の見解に左右されるんじゃないのかしら? それをあなたの基準で判断するのでしょう? 大丈夫?」
まぁぶっちゃけると、私がやってきたみたいに色々動き回るのは、記憶にあるレイミ的にはNGだと思うのよねー。
でも、まぁ、いまは私がレイミなんだし? ということで、私は私の生きたいように生きるわけなんだけれども。
「ああ言えばこう言う。本当に、お嬢とは全然違うんだな。いつか……いつかお嬢は戻ってくるのか?」
「わからないわ、私には」
感傷深い声音で聞かれたので、敢えてきっぱりと答える。
だって、絶対に戻ってくるわよなんて、適当なこと言えないじゃない。
「そうか……すまん、何度も聞いちまって」
「いいわよ、別に。ただ、秘密を共有したんだから、色々と便宜を図ってもらうわよ。取りあえずは、教科書類、あと、色々とわからないことは随時教えて欲しいの。これは、レイミのためにもなるわよ? レイミの記憶はちゃんと残っているんだから、私がこの体で記憶したことも残るはずだもの。だから、私が学んだことは、彼女が学んだことと同じってことでしょう? だから、お願いねっ」
表情筋を目一杯使ってニッコリと笑う、ついでに手を可愛らしく合わせて小首も傾げて見せた。どうよ、あざといでしょう!
「承知した」
口元を引き攣らせて、ひと言だけ返してきた。
なんて無愛想なっ! 十五歳の乙女が、可愛いポーズまでしてるのに。
まぁいいわ、言質は取れたんだから。
さぁ、これからやりたいことを片っ端からやっていくわよっ!