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11:電卓があるなんて(喜)


 母はリビングのソファでレース編みをしていて、私はテーブルでのんびりお茶を飲みながら父の仕事のようすを眺めている。


 ボラはさっき帰宅する挨拶をして帰ったし、料理人は多分皿を洗ってくれていて、バウディは部屋の端で車椅子のメンテナンスをしている。



 あ、そういえば、みんながこの部屋にいるのって、一箇所に集まってたほうが電気代が掛からないからだったりして?

 節電は大事よね。……節魔力かしら?



 そんなことを考えていたけれど、視線の先でもたもたと書類を右へ左へ移動させている父に痺れが切れた。


 どうしてかしら、なんでこう要領が悪いの? 本当にエリートなの?


「お父様、まずは書類を種類毎に揃えてはいかがですか?」


「でもな、日付順になっているから、ずらしたら、あとで並べ直さなきゃならないだろう? そうすると、手間じゃないか」


 もごもごと言い訳する父に、カップを邪魔にならない場所に移動して、未処理の書類を手にする。


「手間じゃありません、効率を考えると、一つ一つで手を止めるより、一気にやったほうが、結果的に早いです」


 言いながら、日付順にまとまっている数種類の書類から、必要な書類を抜き出す。

 それをまとめて、次に集計の検算をして、別の表にまとめていく。


「ところで、お父様。お金絡みの書類を、自宅で処理しても大丈夫なんですか?」


 思わず言ってしまったが、父は頭を掻いて歯切れを悪くしている。


「んんー、よくはないんだけどね、他のみんなもやってるし。でも、ほら、私が受け持っているのは、たいした金額の仕事じゃないから」


「金額の問題ではなく。これは、国民から集めた、大切なお金ですよ。金額の大小は問題じゃありません。明朗で、正しい会計をしなくてはならないのです」


 私が払った血税を無駄にしてみろぶっこ……あらいやだ、クソほど所得から税金を天引きされていた現代の、怨の念があふれてしまったわ。おほほほほ。

 多少給料が上がっても年々上がる税金と物価で実質賃金は下がり、ジワジワと苦しくなる生活を思い出しちゃった。てへっ。


 いけない、いけない、ここは、公爵令嬢曰く『異世界』なのだから、現実は忘れなきゃ。


「とはいえ、これが終わらなきゃ、お父様も休めないのでしょ? 簡単なことなら私も手伝いますわ」


「ええっ、レイミがかい?」


「いまみたいに、書類を抜き出したり、戻したりすることはできますわ」


「そうか、じゃぁお願いしようかな」


 嬉しそうな父に頷き、父のほうに椅子を近づける。一瞬立って、椅子を押して座るだけの簡単な作業なのに、父は感慨深そうに見てちょっと泣きそうな顔をしていた。


「さあ、頑張りましょうね、お父様」

「そうだね。じゃぁこれをお願いしようかな」


 渡された書類を種類毎に分けていく。

 それにしても、ちゃんとした紙なのね。規格も統一されているし。


 それに……。

 ちらりと父の手元を見れば、電卓がある。

 この、近世っぽい西洋世界で、電卓っ!!!!!

 字面はミスマッチだけど、電卓っていってもなんだか煌びやかで、事務っぽくはない。果たして、早打ち対応なのだろうか……父は一本指でちまちま押してるから、電卓の本来の性能がわからないわね。超、気になる。


 書類を一枚検算を終えて、合計を別紙に書き込んだ父は「ふーっ」と大仰に息を吐いて目頭を押さえる。

 老眼かしら? そんなに年ではないと思うのだけど。


「お父様、ちょっとそれ、触ってもいいかしら」


 使っていないあいだならと、電卓を触る許可をもらう。


 ああああ、素敵。関数電卓ではないけれど、四則計算はちゃんとできるのね。配列もまるっきり同じだわ、ゼロが二個並びのキーがあるのも素晴らしい。

 より分けてあった紙を引き寄せ、数字を見ながら右手を電卓に滑らせる。キー配列が同じなら、多少サイズが違ったところで入力ミスはしないわ。

 そして、ちゃんと早打ち対応してる! 素晴らしいわ、とても素晴らしい技術っ! コレが魔道具の真骨頂なのね!


「お父様、ありがとうございました。あと、こちら、二箇所ほど計算間違いがありましたわ」


 検算を入れていた書類と電卓を、ぽかんとしている父に渡す。


「ええと、間違ってる箇所というのは……」


「それはお父様のお仕事ですから、ちゃんと自分で見つけてください。それからお父様、まずは電卓の数字の配列を手に覚えさせて、電卓を見ずに入力する練習をなさってください。遠回りに見えても、結果的に時間を短縮させる最短ルートは入力作業をいかに早くできるかです。一本指が許されるのは、算盤ソロバン世代のおじいちゃんまでですわ」


 散々後輩に言ってきた言葉を、父に言わねばならないとは。


「おじいちゃん……」


「お父様は若いのですから、すぐに覚えられます」


 しょんぼりしている父にため息を吐きたくなるのを耐えて、飴を与えることにする。


「お父様、もう一つ電卓はありますか? お父様が練習している間、私がこちらの検算をしておきますわ」


「いま持ってくる!」


 表情を輝かせて書斎に向かう父を見送っていると、ソファのほうから母のクスクスと笑う声が聞こえてきた。


「レイミも、お父様に甘いわね」


 も、ということは、お母様も甘いということかしら?

 振り向いた先で、静かにもの凄い早さでレース編みをしている母に、言い返す言葉を失った。

 ええと、プロフェッショナル? 機械のような早さで、レースが編まれてゆくさまに、呆気にとられる。


「お、お母様……凄い、ですね」


 指の動きが速すぎて、指が何本にも増えて見える。


「うふふふ、コツを掴めばすぐよ」


 コツ! コツの問題なんだろうか、あの人外の早さは。

 ゆったり座って微笑みながらなのに、手だけは別物のように動いている。ちょっと怖い。


「お待たせしたね! 持ってきたよ」


 一回り小さい電卓を持ってきた父からそれを受け取り、父に一枚書類を渡して、手元を見ずに計算をする練習をしてもらう。

 その間に私は他の書類の検算を入れていく。






「ありがとう、レイミ! 今日は早く寝られるよ」


「どういたしまして。では、お父様、お母様、おやすみなさい」


 久し振りに充実した時間を過ごした気がする。


 無心にデータを入力する作業が、私はとても好きだから。なんなら、入力中にトリップするくらい数字の入力が好きなんだもの。



 ああ、楽しかった! ストレス発散にはこれが一番だわ!

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