第8話 渡る世間には人もいる
「やったな‼︎ ユキト‼︎」
ユキトの内心も知らないで、ライトは燥いで部屋を飛び回っていた。
「ふふ、賑やかな人」
ネルは和かに笑みを浮かべていた。
事の早過ぎる推移について行けず呆けていたユキトだったが、ネルの言葉を思い出し、我に帰った。
「なぁ、ネル。大丈夫なのか?」
「公安との関係ですか? 心配しなくて良いですよ。きっと上手くやりますから」
「きっと上手くって……公安との関係が悪くなったらどうなるんだ?」
「最悪弾劾ですかね。そうなったら私は確実に罷免されるでしょう」
「そんな……」
「罷免なんて大したことないですよ。ユキトさんは命を懸けてライトさんを守ろうとしたじゃないですか」
「それは……」
ユキトは自分が浅はかで成功することもない作戦を計画したことを悟られない様にはぐらかしたが、ネルはそれを謙遜の現れと勘違いした様だった。
「私は今まで冒険者の人達に良い印象を持っていませんでした。自分の持っている能力を振るっては人を馬鹿にしたり、傷つけたり、それでいて自分達がいざその立場に置かれると直ぐに元の世界へ逃げる。失礼ながら、私はあなた達冒険者に卑劣な人間という風にしか考えていませんでした」
ネルの優しい微笑みを見ると、ユキトの中の気恥ずかしさはすっかりと消えてしまった。
「でも、ユキトさんの様に自分の身を挺して他者を守ろうとする人もいるんだと知りました。メイスさんは言ってました『真剣勝負、それも斬られた後でも峰で斬りかかろうとする馬鹿は見たことがない』って」
「峰? あぁ、あの時か……なぁ、もしかして俺達の無罪を主張した人間って」
「ええ、あなたと斬り合ったメイスさんですよ」
「そうか、そういうことだったか」
「ありがとうございした。この部隊を代表して礼を言わせて下さい」
「何言ってんだよ、こっちは命を助けられたんだ。礼を言うのはこっちだよ。ありがとう」
お互いに頭を下げ、心からの感謝の意を示した。
ネルが冒険者にもユキトの様な人がいると感じた様に、ユキトもまたメイスやネルの様に法を超えて自分達の正義を持つ人間もいるのだと身に染みて感じた。
「それでは。恐らくこれから公安の人達と話し合うことになると思うので」
「待ってくれ。何か俺達に出来ることはないか?」
「協力できることですか……すぐには思いつきませんね。お気持ちだけ受け取っておきます」
「そうか……」
「大丈夫ですよ、公安との話し合いは慣れっこですから……あっ、そろそろみたいですね」
「えっ?」
「着陸です。食糧や武器などの物資の補給の為に、この船は週一回街に降りるんですよ。今回は公安に呼び出されたからなんですけど。ユキトさん達にはその時に下船して貰います、どうかお気をつけて帰って下さいね」
「分かった。本当に色々ありがとう」
「ええ、またいつか」
ネルはやはり優しい笑顔でユキトを送り出そうとした。
何の他意もない綺麗な笑顔。
いいな、ユキトは何でもなく、何気なくそう思った。
ほんの少し、口角が吊り上がって頬がほの暖かくなっているのに、ユキトは気づいていない。
「おい、ライト、マコ、そう言うことだから下船するぞ」
「えっ、下船するのか?」
「あぁ、帰るんだよ。ずっとここにいても邪魔になるだけだからな」
「帰るってどこに?」
ライトのその一言にユキトの動きはピタリと止まり、またネルの所を向いた。
「どうかしましたか?」
怪訝な顔をするネルに向かって、ユキトは情けない声で言った。
「僕達……帰る場所がありません」
「えっ?」
「マコはどうでもいいとして、ライトは元奴隷で逃亡したばかりだから家がない。一方の俺はログアウトしたいんだが……」
「あっ、この世界から元の世界帰るにはボイドストーンという石を使います。私達の手元にもあるので1つお渡ししますよ」
「いや、そのことなんだけど、どうにも俺の身体にそのボイドストーンってのが入ってるみたいで……」
「えっ‼︎ そんなこと……」
ネルはユキトの手をパッと取り、目を瞑り、その目が開くと悲しそうな顔をした。
「ごめんなさい、こうなってしまうと確かに帰ることはできません。というよりこの武器は……いえ、今はユキトさん達のことを優先すべきですね。ユキトさん、どうしても今すぐ帰らなければいけないですか?」
「……実は元の世界に妹がいるんだ。俺が居なくなったと思ったら、きっとこのゲームにアクセスすると思う。もし、そうなったら……」
話していて漸くユキトはことの深刻さに気がつき始めた。
仮に雪音の様な少女がこんな世界に来てしまったら。
ユキトの血の気がみるみる引いていく。
「困りましたね……女の子が1人でこの世界に来るのは危険です。身元も知れない冒険者なら誘拐されかねないです」
「何か……何か無いのか」
柄にも無いユキトの深刻そうな表情を見て、ライトの顔色も段々と曇っていく。
結局ライトを匿える場所もない、ユキトは現実に帰ることが出来ない、その間にも雪音はこの世界に足を踏み入れてしまうかもしれない。
「そんなこと簡単だろ。お前ら全員うちに来ればいい」
暗く重い雰囲気の中、男が1人紛れ込む。
「メイスさん、どうしてここに?」
「ちょっと様子見に来ただけだ。よぉ、ユキト。もうすっかり元気そうだな」
メイスは部屋に入るなりズカズカとユキトに近寄っていった。
1度斬り合った相手とどの様に応対していいか分からずユキトは固まった。
「おいおい、そんな顔すんじゃねぇよ。もうお前と殺し合うつもりはねぇ。まぁ、お互い生きてたんだし実戦の稽古だったとでも思え」
「普通の神経してたら簡単に流せるわけ無いだろ」
「そうか? 俺はお前が普通の神経とは思ってないがね」
「そうかい。で、うちに来れば良いってどういうことだよ」
「言葉通り。お前ら行く宛が無いんだろ。だったらこのままここに入れば良いじゃねぇか。飯も部屋もあるんだからよ」
「それは解決しても俺が元の世界に戻れないのと、俺の妹がこの世界に来るかも知れないって2つの問題が……」
「それも問題ねぇ。まず、お前が元の世界に戻ることは短時間では不可能だ。だが、お前の妹の問題さえ解決すれば別にそれは急を要さない訳だろ?」
「急を要さない……まぁ、元の世界に帰れないのは嫌だけど、確かに妹の問題さえ解決できれば最悪良いな」
「で、お前が心配してるのは妹がこの世界に入っちまうことだが、それを防ぐのは難しい。だから入ってから対処する」
「入ってからじゃ遅いかも知れないんだぞ」
「そこは心配いらねぇ。俺達特務部隊は分かるんだよ、どんな冒険者が入ってきてどこにいるかがな」
そう言うとメイスはデバイスを取り出して見せた。
そこにはユキトの顔や身体つきや特徴、更にはその居場所まで表示されていた。
「これは……」
「冒険者が入ってくるとこのリストは更新される。一ヶ月に入ってくる冒険者の数は10人。注意せずともお前の妹が入ってきたら直ぐに分かる。つまり、入ってきたらすぐ保護してやれば良いってわけだ」
「なるほど……でも良いのか? 俺達なんかが入って」
「良いも悪いもそっちの方が助かる、うちは元々人でも足りなかったし、ネルが公安と対談する際に、2人とも素質があった為隊内で更生を図る、なんていうことも言えるしな。そうだろ、ネル」
「ですが、特務部隊の職務をいきなり2人に負わせるというのは……」
「ネル、俺達なら大丈夫だ。協力出来るならさせて欲しい。いいだろ、ライト」
ライトは真剣な眼差しでコクリと肯いた。
「だ、そうだぞネル」
「分かりました。2人の入団手続きをします。メイスさん、苛めないでくださいよ」
「この歳になってそんなことするかよ……まぁ、これで一件落着だな」
あれよあれよという間に多くのことが決まり、やはりこの世界はゲームの世界なのではとユキトは思ってしまうほどなだらかにことは進んでいった。
流れる様な経験にしては固くてとても噛みきれない様なものを食ってしまったと思いながらもユキトは悪い心地はしていなかった。
「あっ、そろそろ私行かせて貰いますね。ユキトさん、ライトさん、また今度」
そう言って頭を下げると、ネルは部屋を後にした。
「さてと」
メイスは一息つくと、ユキト達の方を向いて頭を掻いた。
「よし、それじゃお前ら2人ついて来い」
「ついていく? どこへ?」
「俺達の頭のところだ。うちに入るなら最低限必要なことだ……だが、ちょいと覚悟することだな」
「覚悟?」
「まぁ、行けばわかる。ついて来い」
メイスに連れられて、ユキトとライトの2人も部屋を後にする。
そして1人、マコだけが部屋に残り、窓から見えるオレンジの陽を眺めていた。
「この部屋だ」
メイスによって案内された部屋のドアには『特務部隊隊長』と強く彫られていた。
覚悟しろと言われた理由がユキトもライトも分かった気がした。
「じゃあ部屋にはお前らだけで入れ」
「はぁっ‼︎ 俺達だけでか」
「ああ、正直俺は入りたくねぇ」
「何で隊員が入りたくない場所に入らなきゃならいないんだよ……」
「つべこべ言わず入れってんだ」
「や、やめろ、押すな押すな‼︎ 自分で入るって……」
メイスに押し込まれ、ユキトとライトは同時に部屋に詰め込まれる様にして入れられ、躓いて倒れた。
「っててて、何すんだよ……」
ユキトがメイスに文句の一つでも言おうとした時、気がついた。
自分の目の前にある影に。
「人の部屋に入る時はぁ……」
「へ?」
ユキトとライトの顔面が同時に鷲掴みにされる。
「ノックぐらいしてから入ってこいやぁぁぁ‼︎‼︎」
そのまま2人は押し込まれ、ドアを壊し通り、廊下の壁に勢いよく叩きつけられた。
「あーあ、やっちゃった」
メイスは頭を掻いて、2人を壁にめり込ませた初老の男に手をやった。
「おいメイス‼︎ このガキどもはなんだぁ⁉︎」
「新入だ、この部隊の」
「おお、そうか‼︎ それなら早く言えよ‼︎」
男は2人を壁から引っこ抜く。
「おらお前ら‼︎ 名前を教えろや」
「ユ、ユキトで……」
「声が小せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」
ユキトは廊下に思い切り放り投げられ、大きな音を立てて床と激突して、そのまま転がり突き当たりでようやく止まった、
「で、そこの兄ちゃんは」
「ラ、ライトです‼︎」
ユキトの失敗を見てライトは割れんばかりの声で叫んだ。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」
ライトは再び壁に叩きつけられ、埋まった。
「俺は特務部隊隊長ベルク‼︎ 以降よろしく‼︎ さて、てめぇらに入団試験を課す‼︎ うちの隊には5人のエキスパート隊員がいる‼︎ その先輩達に挨拶してそいつらから入団了承のサインを貰ってこい‼︎ 期日は明後日までだ‼︎ さぁ、さっさと行けい‼︎」
ひと通り話終わるとベルクは自室に戻り、壊れたドアを激しく開き破壊して、自室へと戻るのだった。
ユキトは自分達の世界とこの世界の共通の部分を再び認識した。
老害という、存在を。