第7話 読み抜けには気をつけろ
「ごめん、ごめんな雪音。もう、絶対に離れないから。絶対にお兄ちゃんが守ってやるからな」
雪音はただただ泣いていた、幸人の胸の中、ただただ。
目を開けるとユキトはフカフカとしたベッドの中、ではなく、ゴツゴツとしたソファの上で乱雑に寝かされていた。
「なんだ、昔の夢か。走馬灯じゃなくて良かった……ってここどこだ」
体を起こし、部屋を見回す。
このソファと対面にあるソファ以外にはなんの家具もない無機質な部屋、壁や床を見る限りでは中々に年季が入っている様だが、清掃はしっかりされているように見えた。
「まさか、もう牢獄の中とか……」
「いえ、そんなことはないですよ」
マコの声を聞いて、寝起きのユキトの意識が急にハッキリとした。
「マコ‼︎ 無事か? 今どこにいるんだ」
ユキトが反応すると同時にユキトの双肩に手がズシっと置かれる。
「あなたの後ろです」
「ギャァァァァァ‼︎‼︎」
突然の事にユキトは体勢を崩し、無様にソファから転がり落ちた。
「な、なんで居るんだよ。まさかお前も捕まったのか?」
「いえ、違います。私は半ば実体が無い存在なので、どこにでも移動することが出来るのです」
「お前それ早く言ってくれよ……あ、そうだ、ライトは何処だ? 一緒にいたんだろ?」
「ええ、ライトさんならあなたの上です」
「へ?」
ユキトが恐る恐る上を除くと、ライトは亀甲縛りで照明器具から吊り下げられていた。
(捕まってんじゃねぇかぁぁぁぁ‼︎‼︎)
「よ、よぉユキト。また会ったな」
「また会ったなじゃねぇよ‼︎ お前ら結局捕まってんじゃねぇか‼︎ てかお前に関しては誰に捕まってんだよ。錠つけられてんじゃなくて嬢つけられてんじゃねぇか‼︎」
「しょうもないですね」
「やかましいわ‼︎ 何があったか教えろ‼︎」
「では、私達とユキト様が分かれた所から始めましょう。私達はあの巨漢に追われ続け、走り始めて1分26秒後に私は捕まってしまいました」
「え⁉︎ どうしたんだよそこから」
「身の危険を感じたので、この左腕のバーナーで反撃しました」
肘からパカンと開いたマコの左腕をユキトは遠い目をしながら真顔で見ていた。
「どうかしましたか、ユキト様」
「いや、うん、もう、いいや」
「では続けます。男が燃えて失神した後、私と一緒にいたはずのライト様が忽然と姿を消しました。1人になった私はユキト様とライト様の匂いを元に探知したところ、2人ともこの飛行船に位置していたのでテレポートして来た次第です」
「匂いか。よくそんな小さな手掛かりで見つけたもんだ」
「ライト様はゴミ臭かったです、ユキト様はイカ臭かったです」
「イカ臭いのは俺と同じ歳くらいの男子全員ヒットするぞ。それで、ここは飛行船って言ってたな。誰なんだ、俺達をここに集めた奴らは」
「我らが母国、ニーム国の特務部隊っス」
ユキトが振り向くと、部屋の隅にポツリと1人、赤い短髪の背の低い少女が佇んでいた。
少女は顔つきも出で立ちも幼く、身体中元気いっぱいという感じで、少し膨らんだ胸が無ければ少年の様にしか見えなかった。
少女の服にユキトは見覚えがあった、そう、ユキトを斬った男の服にとても良く似ていた。
ユキトがじっとその服を見ている事に気付くと、少女は悪戯な笑顔を浮かべてユキトを見た。
「この服気になるっスか? 君を斬ったメイスさんの服の女性用のものなんスけど」
「メイス? あぁ、あいつの名前か」
ユキトが頭の中で名前と顔を整合させるていると、亀甲縛りされていたライトが身を揺らして言った。
「コイツだ‼︎ 俺を誘拐したの‼︎」
「ありゃ? 青髪のお姉さんまでいる。どっから入って来たんスか」
「私は存在があってないようなものなので、何処にでもテレポート出来るのです」
「うーん、見ていてアンタとはやりあいたくなかったから無視したんスけど、抵抗するようなら捕まえないといけないっスね」
「どうしますか、ユキト様」
「いや、こっちが抵抗しなけりゃ闘うつもりは無いみたいだ。何もするな」
「かしこまりました、チン○ス野郎」
「えっ、気分害されました? 意外と好戦的なAIなの?」
ユキト達が闘う気がないことを察すると、少女は構えを解いて、笑みを見せた。
「理解が速くて助かるっス。私はジェシカ、さっきも言った通りこの国の特務部隊の一員で諜報員をやってるっス」
「特務部隊が何かはこの際後回しだ、一体俺達をどうするんだ?」
「うーん、まぁまずは審議っスかね。えーと、ユキトさんでしたか? アンタには奴隷逃亡の手助け、公安組織の一隊の隊長を殴ったこと、街での凶行の3つの容疑をかけられているっス」
「街での凶行ってなんだよ、それは濡れ衣だ」
「そういうことの有る無しを今から公平にジャッジするんスよ」
「お前がか?」
「あー、ボクはそういうこと苦手なので無理っス。変わりにうちの部隊の書記様がもうじき来るっス」
「書記……」
「ユキト様、気を付けてください、ド○ゴンボールの人○人間19号に似た人間が来ることが予想されます」
「マコ、そのネタ次に言ったらミサイル落とされるかもしれないから気を付けとけよ」
「データに書き加えておきます」
そんなことを話していると扉が開く音がした。
マコの言った人物像では無いにしろ、ユキトはある程度厳ついオッサンが来ると想像していた。
しかし、扉を開けて現れたのは、その想像の真逆の少女だった。
背丈はジェシカと同じくらだが、女性らしさといえば全く対照的で、ショートボブで優雅に揃った髪の色は黒というより濡烏で、身体つきは文字通りの華奢だった。
青い瞳は湖の様に澄んでいて、細かな所作も部屋に入りる部分一つとっても丁寧な凛々しい女子という印象をユキトは持った。
「あれ、ジェシカさん。この青い髪の人は?」
「あー、ボクもよく分かんないっス。そこの人の付き人らしいんスけど特に気にしないで良いと思うっス」
「いや、気にしますよ」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないっス」
ジェシカの適当な態度に少女は呆れた様な顔をしてユキトの目の前のソファに座った。
「はじめまして。この特務部隊の書記を務めるネルです」
「丁寧にどうも。部隊に2人もこんな別嬪がいるとは驚いた」
「口が達者っスねー、ヨキトさん。いくら褒めても何も出ないっスよ。あと、その人にあんまり失礼な態度取らない方がいいっスよ、なんせ命の恩人なんスから」
「命の恩人?」
「ジェシカさん、余計なことは……」
「アンタの血を止めて傷を治したのも、このネルさんの魔法なんスよ。感謝しなきゃ〜」
「もう、あんまりこの人達を困らせないで下さい」
「あ、あのー。僕今すっごい困ってるんですけど……」
ライトが訴えると、ネルは漸くライトの存在に気が付き驚きの表情を見せてジェシカの方を見た。
「ジェ、ジェシカさん。この人は?」
「あー、その人に逃げてた奴隷なんで一応亀甲縛りにして……」
「ジェシカさん‼︎」
「ごめんなさいっス‼︎ 今すぐ解いて出て行きますから‼︎」
ジェシカは高く吊られたライトに飛び掛かると、1秒と掛からず紐を解いてライトを抱え、綺麗に着地をした後ライトを下ろすと急ぎ足で部屋から出て行った。
ネルはため息を吐き、その後ユキト達を見て慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい。失礼なことを」
「そうだよー、俺縛られただけだったんだよ。そこは鞭で打ってくれないと……」
ライトの首にマコがチョークスリーパーを決める。
「いや、そんな丁寧にしなくても。俺達罪人って扱いなんだろ」
「そのことなんですが、まず状況を説明します。あなた達の逮捕された理由ですが、ライトはさんは奴隷の逃亡罪、ユキトさんは奴隷逃亡の補助及び公安隊員に対する暴力、街における凶行となっています。以上で何かおかしなところはありましたか?」
「街での凶行は全くの濡れ衣だ。それで、これからどうするんだ?」
「あなた達を逮捕した私達特務部隊がこれからの処置を決定します。ですから今から少し質問させていただきます」
「ああ。なんでも」
「ありがとうございます。とは言っても、質問は1つだけです」
「1つだけ?」
「ええ、単刀直入に聞きます。ユキトさんはライトさんの身代わりになるつもりはありますか?」
ネルは表情ひとつ変えず、鋭い目でユキト達を見た。
ライトは突然のことに驚いた様に目を見開いて身を乗り出した。
「ど、どうゆうことだよ‼︎ 身代わりって‼︎」
「ごめんなさい。私達の他にこの国の治安を守る組織で公安組織という組織があるのですが、そこの組織から今回の騒動に関係する奴隷と冒険者のうち1人の身柄を要求されているのです」
「公安組織? そこに身柄を要求されてるからってなんなんだ」
「遡って説明します。数時間前、私達の部隊の隊員の1人があなた達の処分を無くすべきという主張をしました。その主張が隊の中では通り、あなた達は無罪放免という処分になるはずでした」
「な、なんでそんな事。俺みたいな奴隷が逃亡することは正真正銘犯罪だろ」
「その通りです、しかし特務部隊は逮捕した人に対して独断を下す権限があり、その人がやむを得ず犯罪をしてしまった等々の犯罪性が極めて低いと判断した場合は無罪にすることもあるんですよ」
「そ、そうなのか」
「しかし、そこで公安組織が食い下がって来ました。最初に件の犯罪者達に接触して情報を得たのは公安組織の部隊なのだから2人の内1人は引き渡すべきと主張したのです」
「で、そこに行ったらもうお陀仏ってことか」
まだよく分かっていないライトをよそに、ユキトとネルは深刻な顔をしていた。
「どういうことだよユキト」
「公安組織ね。そのうちの1人の隊長を俺はぶん殴っちまったけど。まぁ、あんな奴のところに行ったら終わりだろうな」
「し、死刑ってことは流石に無いだろう」
「そうだな。囚人の自殺、という名目での拷問死ってところかな」
それを聞いてライトの顔が青ざめた。
「ユ、ユキト……」
「まだ時間が少しあります。酷い話ですが、お二人の意見を尊重したいと思います」
ネルはそう言って部屋を出ようとする素振りを見せた。
「いいよ。連れてけよ、俺を」
「えっ‼︎」
ネルもライトも驚いてユキトの方を見た。
「最悪死ぬ可能性もあるんですよ、そんなに簡単に……」
「下らない意地と言われるかも知れないけどよ、ここまで運んだ荷物なんだ。最後まで運びたい」
「ユキト‼︎」
ライトは薄ら潤みボヤけた目でユキトを見た。
そんなことまでは任せられない、もういいんだ、ユキトの両肩をがっしりと掴んだライトの手はそう言っている様だった。
「安心しろよ、ライト。策はあるんだ。任せとけよ、なに、今まで俺に任せてたら紆余曲折あってなんとかなってただろ?」
「ユ……ユギド……絶対生きて帰って来いよ‼︎」
ライトは耐えられず涙を流してユキトをじっと見つめた。
「何がそんなにあなたを動かすのですか? あなた達は会って1日も経っていないと聞いていますが」
「世の中には何年経っても上部だけの付き合いしか出来ない奴等もいる。真剣じゃないからだ、相手のことなんてどうでもいい、そんな風に思ってたらそりゃ何年経っても分かり合える訳もねぇ。けど逆によ、1日も経ってない仲でも、生死を共にする様な経験をしたなら其奴の心の芯くらい分からぁ。コイツはバカだけどいいモン持ってる、だからダチになれたんだ。ダチの窮地を助けるのは、ダチの役目だろ?」
「ユキトォ……」
「そうですか……」
ライトは泣きつき、ネルは黙り込んだ中、マコがテレパシーでユキトに交信した。
(どういうつもりですか? 策があると仰りましたが)
(当たり前よ。俺はいつでも勝算のある勝負しかしねぇよ。マコ、俺が言ったらすぐにログアウトさせてくれるって言ったよな。それを利用する、アイツらに捕まっていざ拷問が始まった瞬間にでもこの世界から出れば良いんだよ)
(ユキトさん)
(いやー、冴えてるぅー。みんなにもいい顔できてそれでいてこの世界からも一旦出られる。一石二鳥の戦略よ‼︎)
(残念ながら、ログアウトはできません)
(え? なんて?)
(ログアウトは出来ないと言ったのです)
(え? は? なんで?)
(ユキト様が意識を失う前に撃ち込まれた弾丸、あれはボイドストーンが原料のもので、撃ち込まれると諸々の反応が起こり、冒険者がログアウト出来なくなるのです)
(え?)
(犯罪を平気で犯す冒険者達に向けて作られたもので、現在その状態を治す方法は確立されていません)
ユキトは顔ひとつ変えずマコの方をじっと見つめた、マコは哀れみの目でユキトの方を見返していた。
そんな時、隊員の1人が部屋のドアを開けてくる。
「書記、公安から早く決断しろと催促がありました。どう対処しましょう」
それを聞いてユキトの顔は青ざめ始める。
そして、震える手でライトの方に手を出そうとした。
「あ、あのライトくん。やっぱり作戦変更で……」
「分かりました」
そんなユキトを差し置いて、ネルは徐にライトに近づくとその腕を掴んだ。
「えっ、お、俺?」
「少し、腕をお借りします」
ネルが目を閉じると、ライトのつかまれた腕は光り始め、部屋全体を包み、すぐに消えていった。
「ユキトさん。あなたの覚悟を聞いて私も決めました。メイスさんの言ってた通り、あなたは本当に馬鹿な人みたいですね」
ネルはくるっと振り向き、ユキトを見て微笑んだ。
その笑顔に他意は全く感じられなかった。
「嫌いじゃないです、そんな馬鹿な人」
「あ、ああ」
ライトは体全体を震わせて感激していた。
その震える腕にユキトが過去見ていた痛々しい烙印は跡形もなく消えていた。
「公安に連絡して下さい。奴隷は居なくなってしまったので、身柄の引き渡しは出来なくなったと」
「はい‼︎ 了解しました」
隊員の男が走っていくと同時、マコはユキトにテレパシーを送る。
(これも作戦の内って奴ですか?)
(……うん‼︎)