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第6話 油断する敵には手心を

 「さて、どうしたもんか」



 ユキトの背後の男は、ユキトの背に突き立てた剣を更に突き出して、剣先がユキトに触れる寸前の所まで運んだ。



 「見逃してくれるってわけにはいかねぇのかな?」



 「なんの脅威も無ければな。でもまぁ、あのデカブツを倒しちまう様な犯罪者をのさばらせる訳にゃいかねぇな」



 「正当防衛ってヤツだろ」



 「お巡りさんぶん殴って正当防衛はねぇだろ」



 相変わらずの様子で男と会話する幸人だったが、その頭は真っ白になっていた。

 心臓は爆発しそうな程の鼓動を刻み、気を緩めれば吐いてしまいそうだった。

 今まで勘に助けられてきたユキトだったが、その勘が今となっては仇となる。

 この男からは逃げられない、ユキトの脳は男に話しかけられた瞬間からそう判断してしまったのだ。

 そうなって終えば後は落ちるのみ、心は今にも蛇に呑まれようとする蛙だった。

 しかし、心はそんなに惨めに堕ちようとユキトはユキト、紛れも無く数々のゲームで勝ち続けてきた真の勝負師なのだ。



 「あぁ、そうだな」



 ユキトは両手を頭にやり、膝を折った。

 これがユキトの捻り出した勝負手、自分の命を賭けた渾身の一手。

 ユキトの心臓は全身が真っ赤になってしまいそうなくらいに働いていた。



 「……何のマネだ?」



 男は剣をそのままにユキトに話しかけた。



 (通った‼︎)



 この状況、問答無用で叩き斬られることもあり得た、少なくとも男の目的がユキトを殺すことなら確実にそうなっていただろう。

 しかし、それでもユキトはその道を通ることを選んだ、限りなくか細い生を繋ぐ為に。

 そして、それは確かに通った。



 「降伏だ。お前らの世界では違うかもしれねぇが、これはれっきとした降伏の姿勢だ」

 


 「そんなことは分かってる。何で今更降りるのかって聞いてんだよ」



 「もう終わったからだよ。俺の役目は。後は勝手にしろ」



 「役目、奴隷を逃すことか?」



 「その通りだ。アイツさえ逃がせればもう十分だ」



 男は黙り込んだ。

 効いている、ユキトはその確かな実感と共に自分の頭がゆっくりと冷えていくのを感じた。

 ユキトの見立て通り、男はユキトの処理を迷っていた。

 男は揺らいでいる、それはユキトが倒した屈強な男に止めを刺さなかったことや、ユキトの雰囲気に起因する。

 凶悪な冒険者と聞いて出動したこの男にとって、ユキトという存在は想像と全く違うものだった。

 更にはこの大人しく投降するという選択、男にとってユキトは罪の重い犯罪者と見え無くなっていた。

 


 (あと一押し。見逃してくれる事はまず無いだろうが、殺される可能性もうんと減った。後はこれからの対応次第だ)



 ユキトの体はいつの間にか恐怖の代わりに自信で満ちていた。

 


 「それならよ……」



 男が話し始めた、ユキトは気合を入れ直す。

 どんな言葉が来ても完璧に対応する、ユキトは頭を極限まで集中させた。



 「お前は、死んでも良いってことだろ?」



 「そいつは御免だな、何一つ俺は殺される様なことをした覚えはねぇ」




 「ほぉ。少なくとも公安の一隊の隊長を殴ったことと奴隷の逃亡に手を貸したことは十分な罪じゃないか?」



 「奴隷の逃亡の手助けが罪になるとは俺は思えないな」



 「お前が思ってなくても法律がそうなってんだよ」



 「じゃあ、あんたはどうなんだ」



 男がまた黙り込んだ。



 (この男やっぱりさっきの警察どもとは違う)



 背に剣を突きつけられていた状況とは雲泥の差、ユキトの丁寧な話術が功を奏し、光明が見えてくる。

 


 (あとひと押しが入れば押し切れる)



 男の心理に活路を見出したユキトの作戦は着実にゴールに近づいていた。

 終局は近い、ユキトはそれを察していたが、同時に何か変なものを食ってしまった感じもしていた。

 悪い予感、このままでは決して返してくれない様な、そんな気配。

 男が剣をゆっくりと下ろした。


 

 「3年だ」



 意味不明な男の発言にユキトの口が詰まる。



 「お前らが此処に入ってくる様になってから。それだけ経った」



 男は剣を鞘に収め、ユキトに更に近づいた。



 「冒険者ってのは多かれ少なかれ能力を持ってこの世界に入ってくる。学問、体力、技術、色々だがどれも有益なものだった。仲良くなったもんだよ。今じゃ冒険者様なんて言われる始末でな」



 ユキトはあえて何も喋らなかった。

 今恐るべきは会話が止まる事ではない、男の心理の地雷を踏まない事だとユキトは悟っていた。



 「冒険者はこの世界を行き来できる。これがまた便利でよ。なにせ逮捕される寸前でも帰れるし、夜寝る時も安心して自分の世界で寝ることが出来る」



 男は鞘に収めた剣をそのまま掴み腰から解いた。



 「捕まらなきゃやっていい、まるで猿が考えそうな事だと思わんかい? それともお前らにとってはこの世界は遊戯のものなのか? 歯車で出来た玩具の様に、どんなことをされても苦しみなんて無いと思っているのか?」



 男はゆっくりと剣を振り上げて思いっきり地面に突き刺した。



 「俺はお前がシロかクロかなんてどうでもいい。ただお前らを憎んでいる、それだけだ。だが、これまでのお前の潔い態度にコッチも騎士道で答えてやらなきゃな。抜けよ、せめて闘いの中で死なせてやる」



 男が情があるというユキトの読みは外れ、対応は間違っていた。

 同時にユキトは知っている、こういうタイプに説得する事は意味がないということを。

 もう対話による解決は不可能となった。

 だが、ユキトは自分の策が完全に空ぶったとは思っていない、寧ろ成功したとすら思っていた。

 実戦で自分の思い通りにいくことなどまずあり得ない、だからこそ僅かに実ればそれが十分の成功となる。

 ユキトはそれを分かっている、だからこそ、ユキトは予想外の状況でも僅かな成功を頼りに、瞬間で行動を決定した。

 男の意識が戦闘に行く前に体を半回転させる。

 手を伸ばす、そっくりそのまま埋まった剣を抜くが早いか。



 (届く‼︎)



 「残念だ」



 斬りかかる刹那、その男の顔は驚く程に冷たかった。

 次の瞬間、ユキトの体から血が吹き出した。

 袈裟斬り、剣を持っていないはずの男からユキトが受けた一太刀は十分な決定打となった。



 「心理戦は俺の勝ちみたいだな。それがお前の本性、どうしようもないくらい勝ちにストイックな勝負師さ」


 

 男の吐き捨てる言葉を聞きながら、ユキトの体はパタリと地に伏した。

 血を流し倒れるユキトを眺めながら、男は顔を少し顰めた。



 「目は、悪く無かったな」



 男は頭を掻き、ズボンのポケットからデバイスを取り出した。



 「あぁ、俺だ。あぁ、終わった。迎えに来てくれ。なに? 堅いこと言うなよ、たまには迎えに来てくれ。 あ? だからたまには迎えに来いって……」



 仲間達とデバイスで話してる途中、男はどうしようもない寒気を感じた。

 油断、それは一番してはいけないこと、真剣勝負においては尚更だ。

 地に伏し、血塗れになったその男の姿はさながら不死者の様だったが、その動きは流麗そのものだった。

 男が慌てて振り返った時、その刀身は男の首を確かに捉えていた。

 


 「お前っ‼︎」



 刹那、轟音が甲高く鳴った。

 それと共にユキトの体は再び地に沈んでいった。



 「ご無事でしたか」



 男が見ると、そこにはユキトに殴られて顔の歪んだ隊長と、それが引き連れる部隊が銃を構えて進行していた。



 「メイスさん、貴方ともあろう男が隙を見せるとはね」



 「チッ、余計なお世話だよ」



 メイスは首に明らかな違和感を覚えた。

 当たっていたのに斬れていない。

 メイスは倒れ伏したユキトの手に握られた剣を確認した。



 「さぁ、メイスさん。その男を引き渡してもらえませんか? 色々と尋問したいことがあるのでね」



 「ハッ、ハハハハハハ。こいつぁ、馬鹿だ、本物の馬鹿だよ、コイツは」



 「なにを言ってるのですか? さぁ、早くその男をこちらに」



 「悪いがそれは出来ないな。ここはこの男を捕らえたうちら特務部隊が尋問することに決めた」



 「……なんのマネですか?」



 「なんのマネだ? 別に俺達が捕らえた獲物を俺達の好きにしようと勝手だろう」



 「それは私の獲物です。さっさと私に寄越しなさい」



 「この男に罪があるかないかはどちらに渡っても分かることだ。ならばアンタに渡す必要はないだろう。それとも私怨による復讐の方が公正な罪の審議以上に大切か? とても治安を守る立場にあるとは思えんな」



 隊長は部下達に指示を出すと、部下達はメイスに銃を向けた。



 「メイスさん、さっさとその男を寄越した方が身の為だよ」



 「そうかい、じゃあこちらからも忠告してやろう。銃をさっさと下ろした方が身の為だぞ」



 メイスがそう言った途端、1人の男の銃が風切り音一つ無い矢に貫かれ、砕かれた。



 「ほら、言わんこっちゃない」



 その矢は周囲を踊るように飛び回り、銃という銃を砕いていった。



 「ま、まさか」



 隊長が空を見上げると、巨大な飛空挺が重苦しい影を地面に縫い付けながら空を優雅に泳いでいた。

 空高く飛ぶ空挺から何者が降りてくる。

 弓を構え、全身をフードに包み、その顔は闇に隠されて見えない。



 「よくやった、ロウ。そう言うわけだ隊長サン。まぁ、せいぜい罷免されないように頑張れよ」



 「貴様らぁぁぁ‼︎‼︎」



 最後の最後に隊長は悔しさに塗れた叫び声を上げ、ユキトを抱えたメイスがテレポートするのを追いかけた。

 当然追いつく訳はなく、メイス達が消えると隊長は悔しさの余り飛空挺に向かってもう一度叫び声を上げるのだった。


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