第4話 なんでもかんでもものは試し
人目を避け、影という影を縫う様にして2人は街の暗がりに溶け込んだ。
走りに走り、探しに探した末、漸く2人は足を止めた。
薄汚れた壁という壁に囲まれた、仄暗い袋小路、建物に活気が無い事はもちろん、通りかかろうとする人の気配さえない。
「よし、一先ずはここ辺りでいいだろう」
「あぁ、でもこれからどうするつもりだ?」
「まずはこの街を抜ける事だな。手配されてる以上もうこの街で潜伏し続けるのは不可能だからな」
「まぁ、そりゃそうだ。でも、どうやって外に出るつもりなんだ?」
「え? なに? 壁でもあるの? 巨人攻めてくるの?」
「いや、そうじゃなくて俺がこの街の地理を全く把握してないんだ」
「へ?」
「や、本当に分かんない」
「この街の広さは?」
「分かんない」
「街の外には何があるかは?」
「分かんない」
「ムペンバ効果ってどうして起こるんだっけ」
「分かんない」
ユキトは思った、詰んだと。
「よし、じゃあ分かった。解決法はある」
「お、何かいい案があるのか?」
「あぁ、一つある。今からお前をぐるぐる巻きにして置いていく、その隙に逃げるぞ」
「いやその隙に逃げるぞって俺だけぐるぐる巻きだから‼︎ 動けなくなってるから‼︎」
「よし、じゃあお前の財布を俺に寄越すも作戦に追加するか」
「もう自分一人で逃げる気満々じゃねぇか‼︎」
「うるせぇ‼︎ こんな街中でどこに行っても分からない、街の外のことも分からないでどうするって言うんだよ‼︎」
「だからってここまでしといて見捨てる⁉︎ そこは最後まで連れてってくれよ」
「もう無理なんだよ‼︎ 俺いかにも上司っぽい奴殴っちゃったんだよ‼︎ もう俺も無罪じゃないんだよ‼︎」
「お前さっき自分の身を危険に晒してでもなんとかとか言ってたじゃねぇか‼︎」
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。お茶でも呑んでください」
「あぁ、どうも。それじゃあ……」
目の前に出されたお茶を手に取り2人は一息ついた。
「いやぁ、確かにちょっと急ぎ過ぎてたかも知れないな、悪い。もっと色々考えてみるよ」
「俺こそ悪かったな。てかムペンバ効果って何」
(あれ?)
ユキトとライトはお茶を取った先に勢いよく顔を向けた。
そこには青いポニーテールに凛ときた目つきをした和服姿の女がいた。
「うおおおおおお‼︎‼︎」
突然の事に2人は飛び上がって距離を取った。
「ど、どこから出てきたんだ」
「申し訳ありません、驚かすつもりは無かったんですが。申し遅れました、貴方のこの世界における生活のナビゲートを担当するAI、マコです」
マコはペコリとユキトに向かって一礼した。
「お、おいライト。冒険者にはこんなのが何人もついてくるのか?」
「い、いや見たことがない。俺が知らないだけかも知れないけど……」
「どうかされましたか?」
マコは首を傾げてユキト達に視線を送る。
その表情には人間味が全くなく、佇まいも機械的だった。
「本当にAIなのか」
「そう言ったはずです」
「よし、ならそれを確認させてもらう。まずお前の目的はなんだ」
「先程言った通り、貴方のこのゲーム内での生活をナビゲートをすることが役目です」
「もっと詳しくそのナビゲートについて教えてくれ」
「この世界は複雑怪奇かつ混沌としています。よってただの人間でしかない貴方が生き残る為にはある程度の知識が必要とされるのです。それを補うのが私という存在です」
「じゃあ、お前にとっては俺が主人ってことか?」
「そういう事になります。現在あなた達はこの街を抜けようとしている様ですが、今からそのナビゲートを始めましょうか?」
一通り会話をした上でユキトは考えた。
「おい、どうするんだよユキト。見た感じ本当に機械みたいだぞ。ある程度信頼してもいいんじゃないか?」
「あぁ、確かに人間ではなさそうだ。だが、機械だからと言って信頼できるかは別だ」
「なんでだよ。こんな場所に都合よくロボットちゃんが居るなんてあり得ないだろ。お前のナビゲーターと考えるのが普通だろ」
「どうだかな。例えば逃亡犯を捕まえにきたアンドロイドとかな」
ユキトがそう言うと、ライトは顔を引きつらせて元から離れているマコとの距離を更に広げた。
「ユ、ユキト、どうするんだよもしそんなんなら俺達どうなっちまうんだよ」
「まだそう決まった訳じゃない。本当に追っ手ならこの時点で俺達は攻撃されていてもおかしく無いんだから。ここは機械の特性を突くことしてみよう」
「機械の特性?」
「あぁ。もし本当に俺の従者だとするならばどんなに嫌な命令であっても聞くはずだ。それを試す」
ユキトはマコとの距離を詰める。
「なぁ、俺が主人ってことはお前に命令してもいいんだよな」
「はい、ナビゲーターとしての仕事の範疇なら」
「よし、じゃあまずお前の名前を覚えにくいから変えて欲しい」
「分かりました。どういう風にすれば良いでしょう」
「マ○コだ」
ユキトの後頭部にライトの投げた石が高速で直撃する。
倒れ込んだユキトの胸ぐらをライトは掴んで軽蔑の眼差しを送る。
「おい、お前何ちゃっかり最低なこと言ってんだよ。本当にお前この世界に下ネタ言う為だけに来たのかよ」
「な、何いってんだよ。多少の事なら我慢されるかもしれねぇだろ。だがら極力嫌な命令をするんだよ。第一ほら、○で隠されてるから分からないでしょ。マ○コにしたのはマコを踏襲しただけでマ○コのこと言ってる訳じゃないんだよ。これでマ○コって思う奴は単純にマ○コに執着があるマ○コ野郎なだけだよ」
「もういい‼︎ お前それ言いたいだけだろ‼︎」
「分かりました」
ユキトの目論見とは裏腹に、マコは表情一つ変えず応答した。
「あ、あれ。聞いてきた」
「当たり前だろ‼︎ 機械なら忍耐力もクソもないんだからこれくらいの命令俺達を騙す為に従うに決まってるだろ」
「では、ご主人様のことはなんて呼べば良いでしょうか」
「え、ああ。俺は普通にユキトで良いよ」
こっちの策を全く意に介さずに対応するマコを見てユキトは少し肩透かしを食らった気がした。
(やっぱりメカはメカか)
そんなユキトを嘲笑うかのように、マコはもう一度深々と頭を下げた。
「では、これからよろしくお願いします。チ○カスさん」
「え? あれ、え? 今なんて」
「これからよろしくお願いします。チ○カスさん」
「いやいやいやいや‼︎‼︎ チ○カスじゃないから‼︎ 言ったじゃんユキトって‼︎」
「申し訳ありません。修正しました、以後よろしくお願いします。チ○カス野郎」
「修正出来てねぇよ‼︎ 野郎になっちゃたよ‼︎ 戻して、せめて元に戻して‼︎」
「修正しました、以後よろしくお願いします、包茎野郎」
「どこの部分を戻してんだよ‼︎ そりゃ子供の時はそうだったけども‼︎ じゃなくてユキト‼︎ 本名まで言うと三谷幸人だ‼︎」
「了解しました。三田○邦彦さん」
「どんな耳してんだお前‼︎ そんなビッグな俳優になった覚えねぇよ‼︎ てかそれなら三谷○喜の方が近くね‼︎」
「フッ……」
ユキトが興奮している傍でライトはニヤニヤと笑っていた。
「おいお前何笑ってんだよ‼︎ このままじゃ俺限りなく透明に近い○ルーに嫌々出演しちゃうよ‼︎ どうせなら古○任三郎の脚本書きたいよ‼︎」
「いや、お前の方が試されてるみたいでさ。いや本当、笑っちゃダメな状況じゃないんだけどさ」
機械とのやり取りで人間の方が一本取られてる様じゃおかしいと、ユキト自身そう言われて気づき、頬が熱くなるのを感じて顔を背けた。
「お役に立てたなら良かったです」
「全然立ってねぇよ‼︎ 今のところ仕事しない耳の遠い婆ちゃんだよ‼︎」
「いえ、そちらの方ではありません」
マコの硬い表情が一瞬綻んだ様な気がして、逆に2人は一瞬硬直した。
「誠に勝手ながらマコはあなた達が緊張して険悪な雰囲気にあった為、雰囲気の打開を最優先事項にさせていただきました」
マコはいつの間にか微笑んでいた。
あまりにゆっくりと表情が変化したからか、それとも一瞬で変化したからかは分からないが、とにかく機械の彼女が笑っているという事実だけがそこにはあった。
「全く、余計な機能が付いてやがる」
ユキトはため息を吐き、髪をたくし上げた。
「不必要な様なら以降この対応はしませんが」
「いいや、生憎不必要なものならもう一つ持ってんだ。一つも二つも変わんねぇよ」
「おい」
「安全な場所まで逃げるにはどうしたら良いか教えてくれ」
2人とマコとの距離はいつの間にか縮まっていた。
事が起こってから対処すれば良い、元々なんの助けも無ければ逃亡なんて無理だと割り切ったこともあるが、それ以上にマコの見せた笑顔は機械と言うにはあまりに人間的過ぎたのだ。
そんな2人に応える様にマコは2人の目の前にバーチャルのモニターを示した。
「この隣街に逃げることを考えます。交通機関を使用しては発覚する可能性があるので徒歩での移動となります。ここから南に4キロ歩いて貰います」
「4キロか。まぁ、それくらいは掛かるよな。よし、じゃあナビゲート頼む」
「かしこまりました。チ○カスさん」
「いやもう良いってば‼︎」
和気藹々とした雰囲気の中、一行は漸く動こうとした。
突然の出来事で不意を突かれはしたものの、頼もしい仲間が出来たとユキトは安堵した。
ついさっき前まで絶望の淵にいたライトも、精神的なダメージをだいぶ癒すことが出来たようで足取りが軽やかになっていた。
そんな柔らかい空気の中、追っ手はついに牙を剥いた。
「危ない‼︎」
いち早く影に気がついたユキトが2人を突き飛ばし袋小路から脱出する。
その数瞬後、大男2人が砂煙を舞い上がらせて、元々3人のいた場所に飛び降りた。
その2人はユキトが殴り飛ばした隊長の後ろに構えていた屈強な男達だった
「見つけたぞ」
「チッ、今度は本物の追っ手さんみたいだな。隊長の借りを返しに来たってか」
「拳一発で済むと思ってるなら残念だったな。殺せと言われてるんだ」
男の1人が体勢を低くする、溢れ出る殺気に包まれたように悪寒を感じたユキトは叫んだ。
「逃げるぞ‼︎」
走り出した直後、ヤバい、数多くのゲームで養ったものか、それとも原始的なものか、直感がユキトにそう伝達した。
ユキトは2人の手を握り締めて進行方向の横に急カーブの要領で飛び出す。
無理に動いた為に3人は体勢を崩す、その刹那垣間見る、自分達が逸れなかったらどうなっていたか。
「チッ、ちょこまかと」
いつ動いたかも分からない男は無惨な姿をしたユキトの服の肩の一部をヒョイと手から捨てた。
「……逃げるのは無理みたいだな」