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第3話 大切なものはリードで繋げ

 「あのー、どうかしましたか? 顔色悪いですけど」



 「へっ? いやっ? そんなこと無いですけど」



 ライトはユキトの方にそれとなく視線を送り、ひきつった顔を見せた。



 (もう見つかったじゃねぇか‼︎ どうするんだ、もうヤバイよ、俺もお前も捕まるよ‼︎)



 (うるせぇ‼︎ こういう時こそ冷静にだよ‼︎ まだお前の顔が割れてない以上は何とかなるはずだ‼︎)



 「ところで冒険者さん、その横の方は?」



 中年の男は訝る様子で2人に詰め寄った。

 ユキトは一つ咳払いして毅然とした態度を繕った。



 「あぁ、こいつは俺の友人ですよ。田舎から来た奴でこういう都会に慣れてないらしくて案内してるんですよ」



 ユキトの全身から滲み出るような自信、一歩も退かないといった態度によって、その嘘は場に擦り込まれる様に馴染んだ。



 (う、上手い。発見された動揺を隠すだけでなく、俺の浮いた風体を自然に誤魔化した。コイツ、ちょっとは頼りになるかも)



 「あぁ、なるほど。お友達ねぇ」



 男は納得したかのように肯いた。

 その姿を見てライトは内心安堵し、ユキトは見たかと言いたげにドヤ顔をライトに見せた。

 すると中年の男が何かに気がついたように首を傾げた。



 「あれ、それなんですか?」



 「えっ?」



 

 男が指で示した先にはユキトの手が、そしてその手にはしっかりとベルトが握られていた。

 男がその先を目で辿ると答えはすぐに見つかった。

 ライトは首輪を握りながら再び青くなった顔をユキトに見せた。



 (わ、忘れてたぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎)



 「あ、あのそれって……」



 ユキトはすぐに冷静さを取り戻し、男の方を向いた。



 (ユキト、その顔は返答に自信あるんだよな、信じていいんだな‼︎)



 ユキトは真っ直ぐ、そして真剣な面持ちで答えた。



 「ペット用のリードです」



 (ぶええええぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎)



 ライトが膝でユキトの尻を軽く打つ。



 (おい‼︎ なに自信満々におかしいこと言ってんだよ‼︎ もうちょっと他に無かったのかよ‼︎)



 (仕方無いだろうが‼︎ 真に騙したい時はな、むしろ嘘をつかない方が良いんだよ‼︎)



 ユキトとライトが顔で会話している所を男は割り込む様に続けた。



 「なんで首輪なんかしてるんですか?」



 2人は唾をゴクリと呑み、見合わせた顔を男の方に戻した。

 ライトは何かしら言いたい気持ちだったが、この状態で急に話し始めたら更に不審に思われることは明確だった。

 ライトは手を固く握り込み全てをユキトに託すことにした。



 (友人と言った以上やっぱり奴隷でしたなんて言えないぞ、どうする幸人)



 ユキトは大きく息を吸い込んだ。



 「……だからです」



 「え?」



 ユキトは真っ直ぐ、そして真剣な面持ちで答えた。



 「豚だからです」



 轟音と共にユキトは男の視界から消える。

 ライトに蹴り飛ばされたユキトは勢いよく壁に激突した。

 ユキトは血塗れの顔面をゆっくり壁から引き抜く。



 「あ、あのー大丈夫ですか?」



 「ええ、発情期の豚は危ないですから慣れてます」



 「いや発情期って、これ明らかに豚じゃないじゃないですか、あなただって友人だって言ってたじゃないですか」



 「田舎では家畜のことも友達と言うので」



 「いやそういうことじゃなくて。第一発情期の豚なんて何で街に連れてくるんですか」



 「いや、人間は年中発情期って言われますし」



 「いま言いましたよね、人間って言いましたよね」



 「……ええ人間ですよ」



 ユキトは思いっきり手綱を握りしめた。



 「へっ?」



 ライトのあっけらかんとした声が漏れたと同時、ユキトは手綱を思いっきり引っ張りライトの顔面を壁にぶつけた。



 「ぶふぅ‼︎‼︎」



 「この通り、汚らしい豚です、オラ‼︎ 鳴け豚‼︎ オラァ‼︎」



 ユキトは素早く首輪を外し、リードを鞭の代わりにしてライトの尻を打った。



 「うごっ‼︎ うっ‼︎ ああっ‼︎」



 ユキトは迫真の表情で、ライトはありのままの反応で必死にプレイを演じた。

 そしてそれを中年の男とその後ろにいる2人の巨漢は無言で見つめ続けていた。

 そんな視線をユキトはひしひしと感じながら思った。



 (……ダメだな)



 「じゃねぇだろぉぉぉぉぉ‼︎‼︎」



 壁から抜け出す勢いを利用してライトは思いっきりユキトにぶつかった。



 「てめぇぇぇ‼︎ 人が黙ってたら勝手に犬やら豚やら変態やらにしやがって‼︎」



 「うるせぇ‼︎ こっちだって頑張ってやったんだよ‼︎ 俺だってこんな所で男と拳の打ち合いなんかしたかねぇんだよ‼︎ 美人と裸の突き合いがしたかったんだよ‼︎」



 「何の話だ‼︎‼︎ 結局発情期はお前じゃねぇか‼︎‼︎」



 2人の喧嘩を男は細い目で見ながら腕時計に目をやった。



 「もういいです」



 男が重そうな口を静かに開いた。

 2人は殴り合いをやめて男の方を見た。



 (まずい、100パー疑われてんぞ‼︎ ユキト、逃げるか? )



 (焦るな‼︎ 今はまだ様子を伺うんだ‼︎)



 ライトはユキトの指示に顔をしかめながらも従い、その場で静止した。



 「もういいです。時間ですから」



 その言葉を聞いてユキトの気が緩んだ。



 (時間ってことは……やり過ごせたのか⁉︎ ライト、やったぞ‼︎)



 ユキトは緩んだ表情をライトの方に向ける、しかし、先程まで手の届く場所にいた彼はユキトの腕の更に先の場所、黒い服の男達と共にあった。

 ユキトの顔から一気に血の気が引いていった。



 「すいませんね、もう特定されてしまっているんですよ。その奴隷」



 男は丸く太った腕でユキトにデバイスを突きつけてきた。

 そこにはライトの顔が確かに写真として収まっていた。

 ユキトの誤算、それはこの世界の科学がファンタジーの世界観に反して発展していたことだった。



 「ユキト……」



 掠れたような声でライトはユキトに力ない表情を見せた。

 その目は完全に光を失っていた。

 ユキトは口から吐き出そうな炎を抑えこみながら、震える声で男に問いかけた。

 


 「建物はモダンと正反対の造りのクセして、そんな科学の結晶を持ってるとはね。何の為に俺達を遊ばせていた?」



 「教える義理はありませんね。さて……」



 黒い服の男達はライトの首、腕をキツく拘束し、今度はユキトの方を睨んだ。



 「あなたも抵抗するというならこうなりますけど。どうしますか?」



 「…………」



 「ユキト……もういいんだ」



 ライトは先程の掠れた声と違って、力が入った声でユキトに言った。



 「こんな風な終わり方になっちまったけどさ。俺、お前と一緒にほんの少しでも冒険できて良かった」



 「ライト……」



 「俺さ……旅したかったんだ。腕のこの楔を無視して、山越えて、海越えて……結局何処にも行けなかったけど、目的地を綺麗に描くことはできたから」



 ライトは満面の笑みをユキトに見せた。



 「ありがとな、ユキト」



 ユキトはその言葉を聞いてただ呆然と立ち尽くしていた。

 その横を中年の男はのろりのろりと歩き、ライトの前まで立ち、その顔を思い切り殴った。

 殴られたライトの顔は鈍い音とともにそっぽを向き、その先には鮮血が飛散した。



 「人じゃないくせに喋るな」



 男はそうライトに吐き捨てた後、手で合図して黒服の男達にライトを連行するよう指示した。

 ユキトはゆっくりと中年の男の後ろに立った。



 「何ですか?」



 「……いや、とっととゴミをゴミ箱に返してやりたいと思って」



 ユキトは拘束されたライトに近づいて言った。



 「なぁ、掃き溜めから生まれたライトさんよ」



 その言葉を聞いてライトはユキトの方に顔を戻した。

 その表情は悔しさも怒りも無く、ただただ絶望だけに染められていた。

 そして一筋、ライトの左目から涙が零れ落ちていった。



 「そうか……」



 「そういうことだ」



 ユキトはそれだけ言ってライトの元を離れた。

 中年の男はその様子を見て心なしか満足気な顔をした。

 男がもう一度手で合図をすると、今度こそライトは黒服達に連行されて行った。

 ユキトの言葉で芯をぬかれたかの様に脱力したライトは抵抗する素振り一つ見せず連れて行かれて行った。

 街行く人はその姿を見て道を開け、苦い顔をした。



 「また奴隷が捕まってら、汚ねぇな」



 「主人がちゃんとしてないから。調教一つ出来ないのかしら」



 「若い奴隷は生きが良いからな。まだまだ働いて貰わなきゃな」



 人々は小声で話す、嫌味とも侮辱とも言えない、ただ残酷な話を、正気の眼を伴いながら。



 「あんなものですよ、奴隷なんて」



 中年の男はのそのそと体を動かしユキトに近寄ってきた。



 「馬鹿な冒険者達とは違ってあなたは聡明な様だ」



 「と、言うと?」



 「貴方みたいに奴隷を助けようとした奴は居ましたね、自分を勇者とでも思っていたんでしょうかね。まぁ、それくらいならまだ良いんですがね。違う世界なら何をやっても良いと思ってるのか、非道徳的な行いをやる馬鹿の方が多くて困ってるんですよ」



 「まぁ、前者のやつは馬鹿かも知れねぇが、後者は馬鹿じゃなくて屑って言うんだよ。で、今なら答えてくれるか? 俺達を泳がせてた理由を」



 「……」



 「あんなの後ろにいる2人、とてもただの役人とは見えないぜ。ペンより剣を握り慣れてそうな大きい手と身体して。俺達ガキ2人なんてなんのことなく捕まえられただろ」



 「まぁ、多くは語れませんね。しかし、1つだけ言うとすれば貴方に原因があるということ、かなり稀有なケースの冒険者であるとだけ言っておきましょうか」




 「そうか」



 「では、私はこれで。いずれまた会うことになるかも知れませんが」



 男は屈強な2人を連れて徐に去ろうとした。

 しかし、その背中が進むのをユキトの手が許さない。

 ユキトの右手は男の背中をガッチリと掴んでいた。



 「な、何を……」



 「お前さっき言ってたな、俺のこと聡明ってさ。だが残念だったな、とんだ見当違いだ」



 街中にえげつない音がこだました。

 投球するようなフォームで殴りかかったユキトの拳は男の顔面にめり込み、貫くような勢いで叩き込まれた。

 男の体はその顔面に引っ張られる様に宙に浮き、一回転して路地裏のゴミ箱に激突した。

 



 「覚えとけ、年頃の男子なんて馬鹿しかいねぇんだよ」



 「た、隊長‼︎ き、貴様‼︎ なんの真似だ‼︎」



 2人の屈強な男は隊長と呼ばれる男の方に駆けつけるとすぐに応急手当てを施しながらユキトを睨みつけた。



 「なんの真似? 言ったじゃねぇか、俺はゴミを消したいだけだって」



 「な、なんだと……き、貴様、その手に握っているのは何だ‼︎」



 「さっき言っただろ、リードって。大切な絆を切らさない為のな」



 そう言うとユキトは思いっきり手に持っていたリードを引っ張った。

 その先を辿ると必然黒服の中、ライトの力ない足首にたどり着いた。

 


 「えっ……」



 ライトの無抵抗な態度に黒服も気が緩んだのか、異常事態に対応が一瞬遅れた。

 黒服が気付き、ライトを捕まえようとした時にはもう既にライトは転ぶ様にして大勢を崩し、体全体

を地面に擦りながらユキトの元に向かっていた。



 「世の中不思議なもんだよな。てめぇらが言う人間として生まれても、こんな汚らしいゴミになる奴もいれば、掃き溜めから生まれても、真っ直ぐな目で進もうとするバカも居るんだからよ」



 ユキトは引っ張ってきたライトの足に繋がれたリードを引きちぎり、手を差し伸べた。

 ライトは徐に手を掴む、その手には先程の姿からは考えられない程の力がこもっていた。


 

 「バカ以外の言い方無かったのかよ」



 「うるせぇ、悔しかったらこの先偉くなるんだな」



 ライトと幸人は間髪入れずに走り出し、路地裏の闇に入り込んだ。

 黒服達もすぐに反応して2人を追いかけて路地裏に入りかけようとしたその時。



 「やめなさい」



 低くノイズの入った様な声で隊長の男は介抱されながらゆっくりと立ち上がり黒服達を静止した。



 「し、しかし奴らは……」



 「あの冒険者は普通じゃない。追っても返り討ちにされる可能性がある」



 「で、ではどうすれば……」



 「あなた達はもう帰りなさい。なに、餅は餅屋ってことですよ」



 隊長は2人の後ろの屈強な男達に腕で指示を出す。

 2人はコクリと頷くと、次の瞬間、道を揺らす程の音と共に遥か高く跳び、家々の屋根へと降り立ち、走り出した。

 


 「念には念を入れますか」



 隊長はタブレットを懐から取り出して交信を始めた。



 「もしもし? 公安組織の隊長様がどうされました?」



 「暇みたいですねメイスさん。実は探して欲しい奴がいてね」



 「奴隷探しはあんたら公安の仕事でしょう」



 「その通り、しかし邪魔が入りましてね。凶悪な冒険者が絡んでまして」



 「……どういう奴だ?」



 「祝福された冒険者です。その力を使って今も民間人に害を及ぼしています。かくいう私も一発やられてしまいましてね。そこで特務部隊の貴方に頼めないかと思いましたが……」



 「冒険者が絡んでるなら話は別だ。で、どうすりゃいい」



 「ターゲットは現在手配中の奴隷とそれに同行する冒険者です。その2人を……」



 隊長の男は暫く考えた後、残酷な笑顔を浮かべて言った。



 「見つけ次第、即刻殺して下さい」

 

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