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第2話 嫌な予感は当たっても理想は大体実現しない

 真昼の太陽、青い空、家々の影に塗られた路地裏。

 ここまではゲームの始まりとして上々のものであり、同時に幸人の想定通りでもあった。

 しかし、最後にユキトを待ち受けていたものは予想していた助けを求める少女ではなく。



 「なぁんでぇぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎‼︎」



 ユキトの股間に顔を埋める青年であった。

 灰色の髪にほつれた服、青年は気が付いたかのように顔を上げてユキトを見るなり言った。



 「頼む‼︎ 助けてくれ」



 「うるせぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎」



 ユキトは起き上がった青年の胸を蹴り飛ばす。



 「そこは女の子だろ普通‼︎ 何で同年代くらいの男子なんだよ‼︎ 何で股間なんだよ‼︎‼︎」



 「け、蹴ったね。親父にだって蹴られたことなかったのに‼︎‼︎」



 「親父だってな、蹴るときは蹴るんだよ‼︎ 阪神が負けた日の親父は大体機嫌悪いんだよ‼︎ 蹴りどころかスペシウム光線だって出すよ‼︎」



 「何わけ分かんないこと言ってんだアンタ……あ、マズい、奴らが来る、逃げるぞ‼︎」



 「や、奴ら?」



 青年の遥か後方、路地裏を抜けた街中に確かに特徴のある人影が薄らと見える。

 ユキトが目を細めて見ると、そこには大勢の黒いサングラスに黒い服を身につけた男達がいた。



 (ハンターじゃねぇかぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎)



 「あ、あいつらに捕まったら終わりだ。に、逃げなきゃ」



 「やめとけよ‼︎ あいつらぜってぇ速いよ‼︎ ずっと前の話だけどワイ○イナでさえ確保されてたんだよ‼︎‼︎」



 「じゃ、じゃあどうするんだよ‼︎ ここら辺に来てるって目星はつけられちまってるんだよ‼︎」



 「バッキャロー‼︎ こちとら2人だし、それに俺はお前みたく逃走中じゃねぇんだ‼︎ いいか、こういう時は無理に逃げなくてだよ‼︎」



 「な、何するんだよ‼︎ あっ、やめ、そこは……」



 ほんの少し、路地裏から聞こえた音を拾った黒服達は遥か遠くのユキトの姿を視認し、すぐに駆けて来た。

 


 「すいません、冒険者様。ここらで見窄らしい格好をした灰髪の男を見ませんでしたが」



 「灰髪の男……あぁ、その人かどうかは知りませんけど、灰髪の人ならついさっきあっちの方にすれ違って行きましたよ」



 「あっちか、行くぞ」



 黒服達は続々とユキトの指さした方向に向かっていった。

 そのうち1人の男が立ち止まり、振り返った。



 「ご協力ありがとうございます」



 「どうも」



 その1人の男も走り去り、足音も聞こえなくなった時。



 「おし、出ていいぞ」



 合図を受け、ユキトの後ろのゴミ箱から出てきた青年は顔を出した。

 


 「どうだ、意外とやり過ごせるもんだろ」



 「うん、そうなんだけどさ」


 顔を出した青年の頭の上にはバナナの皮と卵の殻が乗っかっていた。



 「……生ゴミだった?」



 「……うん」



 沈黙が暫く場を包んだ。







 青年は自分の身についたゴミを一通り落とし、髪を片手で少し整えると幸人の方に視線を向けた。



 「まぁ、なんにしろ助かったよ。ありがとう」



 「ま、こういう古典的なものこそ実践でよく使えるってもんよ」



 礼の意味を込めた握手に幸人はゆっくりと答えて、付け加えるように言った。



 「匿っても何の得もない奴隷の男なら尚更な」



 青年の顔が一瞬にして青ざめた。



 「……気付いてたのか」



 青年の握る手が悟らせまいとした様に少し硬くなる。



 「その腕の焼印、自分で格好つけるためにつけたって訳じゃ無いんだろ。もしそうなら、引っ掻いてまで消そうとはしねぇだろ」



 青年は握手している方と反対の腕に刻まれた痛々しい烙印を反射的に後ろに隠した。



 「手首が真っ赤だぜ、よっぽど無理に錠を外したみたいだな。ご主人様のところはそんなに居心地悪かったか」



 「よく見てるんだな……何も知らない冒険者なら助けてくれると思ったんだが」



 「なぁ、さっきから冒険者って、俺のことを言ってるのか?」



 「あぁ。外の世界から来る人間を俺達は冒険者って呼んでるんだ」



 (なるほど、どうやらオンラインゲームみたいだな。入ってくるプレイヤーを冒険者とは、中々入り込めるゲームだな)



 そんな風にユキトはゲームを評価する様に現状を考えながらも、青年の方は対照的にだった。



 「この世界じゃ、奴隷の見分け方とその身分の低さを知らない人間は来たばかりの冒険者くらいしかいない。だから、あんたを見たときは、しめたと思ったんだけどな。知られちまったら、もうお別れだ」



 青年はユキトの前から去ろうと、手を少し強引に剥がそうとしたが、それをユキトが許さない。



 「待てよ、名前くらい言ったらどうだ」



 「……ライト、本名かどうかなんて知らないがな」



 「俺はユキト、よし、名前も聞いたことだし、そろそろ行くとするか」



 「は?」



 ライトの手の力が拍子抜けとばかりに緩んだ。



 「ほら、行くぞ。まずはその質素な服からどうにかするぞ」



 手を引っ張り、ユキトは黒服達と反対の方向に進んだ。

 ライトは足を人形の様に動かしながら、その姿をただただポカンと見ていた。



 「何してんだよ、ちゃんと歩きなさい、犬でも出来ることですよ」



 「ま、待てよ! この世界において主人がついていないで外に出ている奴隷なんて脱走したものだってすぐにバレる。見つかったら俺だけじゃなく、お前まで処罰されるかも知れないんだぞ」



 「はぁ、なんだよ。そういうの早く言えよ。それなら、話は早い」



 「え?」



 ゴミ箱にあるロープとベルトを見て、ユキトはそれをヒョイと取り上げた。



 「おい、そんな物何に……ヒグッ‼︎」



 幸人は恐ろしい手際でライトのリードにして、それを握った。



 「よし」



 「よし、じゃねぇよ‼︎‼︎‼︎」



 「なんだよ、お前の主人になってやったじゃねぇか」



 「違うだろぉ‼︎ 犬の主人じゃねぇんだよ‼︎」



 「黙れ豊○真由子。リード無いと主人じゃ無いってバレるだろ、そしたら俺も危ないじゃん」



 「バレる以前に何かがダダ漏れだよ‼︎‼︎ 処罰される前にこの状態が既に危ねぇよ‼︎‼︎‼︎」



 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ、拾ってもらっただけありがたいと思え」



 「うるせぇよ‼︎ こんなんだったら1人で逃げた方がマシだよ‼︎」



 「いーからついて来い‼︎‼︎」



 「ウゴッ……や、やめろ、引っ張るな」



 「取り敢えず路地裏から出るぞ」


 

 「ま、待て。今は真昼間、人がごった返してるんだぞ、誰かにはバレちまう」



 「バレたらなんだ。今は俺がお前の主人なんだ、別に問題ないだろ。それとも手配でもされてるのか?」



 「恐らく通報はされてる、ただ何処まで情報が伝わっているか……」


 

 「なら尚更急ぐべきだ。町中に手配でもされてみろ、考えるまでもなく詰みだ」



 「そ、そりゃそうだが……」



 「どうした、怖いのか」



 「……まぁ」



 「……分かったよ、一緒について行ってやるからさっさとしてこい、ちゃんと手は洗えよ」



 「いや夜中にトイレ行けない子供じゃねぇんだよ‼︎ ただ……」



 ユキトが足を止めるとライトの顔色はみるみる青白くなり、その両手は震え始めた。



 「もう一度捕まっちまったら……俺は何されるかわかんねぇ……今度こそ死んじまうんじゃないかって思うと……怖くて……」



 「あんま深く考えんな。そんなこと考えても身体が動かなくなるだけだ」



 「ユキトだって、捕まれば酷い目に遭うぞ」



 「だろうな」



 「怖くないのか」



 「あぁ」



 ぶっきらぼうなユキトの返事にライトは軽く笑った。



 「痛みを知らないだけさ。一度刻まれたものはさ、身体からは消えても心からは離れないんだ」



 改めて自分の腕の烙印を確認すると、体育座りのまま硬直したライトは腕を抱えて殻に篭るかの様に小さくなった。



 「さぁな、だが、そんなこと言ってる状況じゃないのはお前が一番分かってるだろ」



 「そう、俺はそういう状況だ。だが、ユキト、お前はそうじゃない、逃げれば良いじゃないか。もし、お前が勇者気取りでこんなことをやってるならすぐ辞めるべきだ。得なんて何一つない」



 「勇者気取りねぇ、生憎そんなんで動くほど勤勉じゃないんだよ」



 「じゃあ、なんなんだ」



 ユキトはリードを引きずろうとするものの、それをライトは手で掴み止めていた。

 


 「お前と同じさ、臆病なんだよ」



 ライトは俯いていた顔を上げてユキトを不思議そうな顔で見た。



 「俺は筋金入りの臆病だ、どんなことでも保険を掛ける、ゲームのセーブデータは最低3つ用意しておくし、学校で廊下歩く時画鋲落ちてないか確認するし、階段を降りる時だって絶対に手すりを掴む。つまりは危ない橋を全く渡りたくないっていう人間なんだよ。ただ、そうやって怯え続けてきて分かった、時には木の橋を叩かずに渡らきゃならないこともあるって」



 ユキトはライトの方に近寄りしゃがみ込んだ。



 「その時を逃すとな、全部失うんだよ。全部、取り返すことの出来ないものを」



 「だからなんだってんだよ。お前には関係が無いことだろうが」



 ライトはふて腐れた様にそっぽを向き、心を閉ざした様に見えたが、ユキトは怯まずに言った。



 「今の俺の話聞いてたか? 俺は大事なものは失いたく無いんだよ。例え自分を危険に晒してでもな」



 ライトが驚いた様にユキトの方を見ると、ユキトは和かに笑って見せた。



 「お、お前……」



 ユキトはライトの目の前に優しく手を差し伸べた。

 そして、ライトの懐からするりと財布を取り出した。



 「俺にとってはな、ライト。お前の懐に入ってる財布は是が非でも守らなきゃ行けないんだよ」



 ライトは全力で幸人を蹴り飛ばした。



 「俺の財布かよぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」



 「ゴフッ‼︎ や、やだなぁ、冗談だよ冗談、半分冗談だよ」



 「半分本気じゃねぇか‼︎‼︎ 雀の涙ほどしか入ってない奴隷の財布まで見つけやがって‼︎ いらないんだよその観察眼‼︎」



 「し、仕方ないだろ。高校生が冒険を始めるには、ローションとかゴムとか色々必要になってくるんだよ」



 「どこに冒険しようとしてんだ‼︎‼︎」



 「まぁ落ち着けよ、話を聞いてくれ」



 「人の金スッて風俗行きそうな奴の話なんか聴けるかよ‼︎‼︎」



 「いや、大切さ。こういう時だからこそそれくらいの心の余裕は持つべきなんだよ。お前は今現実に圧倒されつつある、なら少しはそこから離れてみろよ」



 「何もかもから目を背けろと?」



 「そこまでは言わねぇ、だがな、時には現実だけに目を向けても始まらない時だってあるんだよ」



 「……じゃあどうしろって言うんだよ」



 「そうだな、夢物語の一つでも想像してみたらどうだ?」



 ユキトは徐に立ち上がると今度こそ手をライトに差し伸べた。



 「例えば、ハンサムで万能な勇者様に助けられる奴隷の物語とかな」



 ユキトはニッと歯を見せて笑った。

 表情こそデタラメでどうしようもなく頼りなかったが、その瞳の中に限りない真剣さをライトは見た。

 その真っ直ぐと貫く様な視線がライトに最後の一歩を踏み出させた。



 「……不思議だな、ついさっき奴隷の金さえスろうとした男を、なんだか信頼しようと思ってる自分がいる」



 ライトはユキトの手をガッチリと掴み立ち上がった。

 



 「そんなに言うなら背中預けてやるよ。ストライキ起こしたらすぐ解雇するからな」



 「安心しろ、どんなブラックでも金があるなら尽くしてやるよ」



 「えっ、結局金?」



 幸人とライトは歩き出した、狭く暗い路地裏を抜け、日に照らされた大きな世界に出る為に。

 爪先が路地裏から出た瞬間、ライトははまるで違う空気を吸った様な気がした。

 環境だけじゃない、変な奴が付いてきたお陰か、ライトはそう思い笑みを浮かべ、また一歩踏み出した。



 「あのー、すいません」



 眼鏡をかけたくたびれた中年の男に呼び止められる。

 男はその顔とは逆にしっかりとした軍服の様な服を着ており、更に2人の体格のいい同じ服装の男達を後ろに連れていた。



 「今日の朝方、奴隷が脱走する事件が起こりましてね、どうもこの辺りに潜伏してるみたいなんですけど、心あたりありませんか?」



 「……」



 「……」



 (早速見つかったぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎)


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