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第12話 大浴場正直苦手(後)

 立ち込める熱気、鉄板の様な床、壁。

 密閉された空間で2人の体力と精神は確実に削られていった。



 「仕方ないか」



 ユキトは扉の前に立ち、右脚を少し引いた。



 「何するんだよ」



 「決まってるだろ。開かないなら壊すしかない」



 「お、おお。人の家のドア壊すくらい抵抗あるけどそれを平然とやるなんて流石ユキトさんだぜ‼︎」



 「よし、オラッ‼︎」



 ユキトの足が扉に当たると同時、木が砕ける様な音が響き渡った。



 「お、これ行けるんじゃね?」


 

 ユキトは自分の蹴った場所を確認すると確かにそこにはヒビが入っていた。

 しかし、そのヒビはすぐに薄くなって消えてしまった。



 「あれ、もしかしてこれ壊れない様になってたりするのか?」



 「ああ、そういう魔法はあったりするぞ」



 「むぅ、壊れるまで蹴るってやるのは壊れなかった時無為に体力を使うだけだしな。なぁ、何かないか?」



 「うーん、この部屋にあったのは石鹸くらいかな」



 「なんで石鹸があるんだよ……他に何かないのか?」



 「あとは……なんも見つかんない……」



 そう言うとライトは体を腰掛けにぐったりと横たえた。

 そもそもライトは意地の張り合いの末に限界が来て出ようとしていたのだから、もう動く体力が無いのは当然だった。

 既に燃え尽きて動けなくなったロウと殆どの局面で役に立たないライト、2人のお荷物を一瞥して溜息をついた。

 そんな中、ふと閃く。

 ユキトはライトの見つけた石鹸を手に取った。



 「分かったぞ」



 「え?」



 「この石鹸の中に答えがある」



 呆気に取られたライトの顔を置いて、ユキトは続けた。



 「考えてもみろ。サウナに自動ロック機能をつけたりドアをわざと壊せない様にする設計者がいると思うか?」



 「まぁ、確かにそれはそうだけど。だからなんだっていうだよ」



 「つまり、この状況は俺達の為に用意されたって訳だ。当然、テストの目的で」



 「テ、テスト?」



 「この部隊が何をしているのかは未だに分からんが、危険な職務であることには違いない。自分自身を守る技術は必須、それも力によるゴリ押しではなく、頭を使って上手く切り抜ける様な」



 「なんか深く考えすぎじゃない?」



 「でもそう考えるしかねぇだろ。で、そうなればいよいよ怪しいのはこれだ。本来サウナに置いてあるはずの無いもの」



 「まぁ、そうだろうな。で、それをどうするんだ?」



 「特に文字が彫られているとかそういうことは無さそうだな。それなら……」



 ユキトは石鹸を持った手を高く上げた。



 「とりあえずぶっ壊す‼︎」



 ユキトがサウナの壁に思い切り石鹸を叩きつけると、石鹸はユキトの手中を軽やかに滑り、飛び出し、ユキトの顔面に直撃した。

 ユキトの身は崩れ落ち、倒れた視線がライトのものと合った。



 「……」



 「……」



 「何してんの……」



 「いや、よく言うじゃん。血と共に石鹸を砕いたもので無ければ人生の本当の味は分からないって」



 「……へぇ」



 「まぁ、次はいらないから次こそ絶対壊す」



 ユキトはバッと立ち上がり今度は床に照準を合わせた。



 「こうすればよかったんだよ。うん」



 ユキトは再び思い切り腕を振るい、床に向けて石鹸を叩きつけた。

 石鹸はユキトの手中を絶妙に滑り、軌道を変え、ユキトの足に直撃した。



 「アァァァァァァァ‼︎‼︎」



 足を抑え、床の上を転がるユキト、何回かの転回でライトと目が合い、ピタリと止まる。



 「……」



 「……」



 「何してんの……」



 「いや、よく言うじゃん。1度あることは大体2度目もあるって」



 「……まぁ、確かに」



 ユキトは立ち上がると同時、今度は間髪入れず渾身の力を込め壁に向かって投げた。

 石鹸は今度こそ滑らず壁に向かって一直線に進み、そしてユキトの方へ跳ね返った。

 


 「甘い‼︎」



 3度目の正直、石鹸の軌道を完全に予期したユキトは軽やかに避ける。

 躱された石鹸は速度を一切落とすこと無く壁に衝突し、とんぼ返りの様にユキトの背中へ激突し、ユキトの体は再び地へと落ちた。

 


 「……」



 「……」



 「何してんの……」



 「見たらわかるでしょぉ‼︎‼︎」



 ライトに叫ぶと同時に立ち上がったユキトは逆上した様に石鹸を殴り続けた。

 しかし、次第にその手は赤くなり、やがて止まった。



 「……この石鹸、固ぇ‼︎‼︎」



 「何してんの……」



 「お前の為にやってんだろうが‼︎‼︎」



 ユキトの投げつけた石鹸は勢いよくライトの顔面に直撃し、後頭部は大きな音を立てて壁と激突した。



 「あ、やべ」



 顔面から床に落下したライトはピクリとも動かなくなった。



 「お、おーい。ライトー……」



 ライトの身体を揺する度、ユキトの手に熱が伝わってきた。

 異様な熱、息も荒い、当然といえば当然、ライトの限界はずっと前から来ていたのだから。

 ライトの苦しむ姿を見て、ユキトは漸く目が覚めた様な気がした。

 ユキトはスクと立つと、迷わず扉の前に向かった。

 そして、体全体でぶつかりに行くこと暇なし、間髪入れず扉に体当たりをした。

 先程通り、扉のヒビは入ったと思えばすぐ消える。

 しかし、ユキトがぶつかる度、入るヒビの大きさが微かに大きくなっていた。

 完全に直る前に壊す、ユキトの作戦はシンプルだった。

 息は荒くなり、筋肉は悲鳴を上げる、だが、それでもユキトの身体は熱を帯びながら加速した。

 扉と自分の体力勝負、とてもクレバーな方法とは思えない。

 しかし、苦しんでいる友人の姿を見て尚思索を巡らせるほどユキトは賢くなかったのだ。

 だんだんと衝突の音は大きくなり、ユキトの意識も曖昧になり始めた。

 決着、大きく走ったヒビが扉から光を入れていた。

 最後に一撃、雄叫びを上げてユキトは扉に向かった。

 扉に向かって一直線、そんなユキトの視点はスッと床にへと向かった。

 最後の最後、大詰めの大詰めにおいて彼は再び現れた。

 勢いよく踏み出したユキトの右足は寸分たりとも的を外さず石鹸を踏みつけた。


 

 「アアァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎」



 悲鳴に変わった雄叫びを撒き散らしながら、最速で飛び出したユキトの身体は扉を物ともせず打ち抜き、勢いそのまま浴場の壁に激突した。

 衝突の轟音が浴場を響き渡り、遠くに消えるとすぐにまた静寂が湯気と共に包み込んだ。



 「……」



 静かになった浴場を、1人ゆっくり歩き始める。

 壊れた扉から徐に出てきたロウは、ライトを右腕に抱え、壁に激突したユキトを見つめた。

 そして暫く見つめた後、残った左腕に抱えると、浴場を後にした。









 「あ、お目覚めですか?」



 「え……」



 ユキトが起きたのは翌日、医務室のベッドの上だった。



 「あれ……ネル、どうしてここに」



 「ついさっき来たんですけど、丁度良かった。預かり物があったので」



 ネルはズボンのポケットから丁寧に書かれたサインをユキトに手渡した。



 「こ、これは」



 「ロウさんのサインです。ロウさんが昨日の夜ユキトさんとライトさんをここに連れて来た後置いていったみたいで」



 「ま、マジか……なんでくれたんだろう」



 「そう、そこです。昨日の夜浴場で何があったんですか」



 「あ、えーと、それは……」



 ユキトは粗方のことを説明した。



 「なるほど、扉が壊れて出られない様になっていたと」



 「そうなんだよ。正直ちょっとは死ぬかもって思ったよ」



 「ふふっ、そうですか」



 「笑い事じゃないよー、全く」



 「きっとそれですよ」



 「え?」



 「多分、ロウさんはずっと2人のことを見ていたんだと思いますよ。それで、必死になってライトさんを助けようとするユキトさんの姿を見て、ロウさんは信用できる人間だと認めたんだと思います」



 「……そうか。顔が見えなければ、喋りもしない。何を考えてるか分からない不気味な人だったけど、ちゃんと見てはくれてたんだな。正直あんなほうほうでテストすることも無いとは思ったけど、取り敢えずは認められて良かった」



 「そうですね。でも、ロウさんがそんなテストをするとは思いませんでしたね」



 「まぁ、極限状態での行動ってのは人間の本性が出るって言うから、この試験をする為にロウ自身が扉を壊していたのかもしれないな」



 「うーん、そんなことする様な人じゃないですけど」



 「いやー、左右どちらにもスライドできないし、押しても引いてもダメってんだから、本当に参ったよ」



 「あ、あー……」



 ネルはバツの悪そうな顔をしてユキトから目を逸らした。



 「ん? どうかした?」



 ネルは口を噤んでそっぽを向いていたが、暫くして小声でユキトに言った。



 「あ、あの扉、上にスライドするんですよ」



 ユキトは何の反応もできず、ネルの顔の更に奥、遠くに視線を向けた。

 ネルは困った様な顔をして、どう対応したものかと右を向いたり左を向いたりしていた。



 「……すいませんでした」



 突然頭を下げたユキトにネルは自分の方が恥ずかしいといった風だった。



 「あ、いや、慣れてないと分からないですから。大丈夫ですよ、修理ならもう済ませたので」



 「本当にごめん……なんかここ来てから迷惑しかかけてない気がする」



 「大丈夫ですよ。気にしないでください」



 俯いてガックリとするユキトに、ネルは優しく対応した。

 


 「そういえば、ロウさんはどんな印象でしたか?」



 「うーん、まぁ、風呂に着衣しながら入って、それでいて顔が影で見えないんだから不気味だとは思ったけど、俺達を助けてくれた上、サインまでくれたんだから悪い人じゃないとは思ったよ」



 「それなら良かったです、部隊の中には怖いって印象だけ持ってる人もいるので」



 「まぁ、そりゃあの風貌だとな。なぁ、あれって一体どうなってるんだ? とてもただのコーディネートにも見えないんだけど」



 「ごめんなさい、それについては私もよく知らなくて。ベルクさんは知ってるみたいなんですけど。実際、服装の拘りとかでない事は確かなんですけど」



 「謎となると気になるなぁ」



 「ふふっ、入隊すればいつか分かる日が来るかも知れませんよ」



 ネルの微笑みを見て、ユキトはほんのりと暖かさを感じた。

 あるかないかのほのかな熱、ユキト自身、それを感じているか感じていないか曖昧でぬるま湯に浮かんでいるようだった。

 しかし、そんな甘い小火を掻き消すように、刹那、寒気がユキトの全身を覆った。



 「ーーッ‼︎」



 「ユキトさん? どうかしましたか?」



 「いや、何か今一瞬……」



 「あ、あのー」



 ネルとは違う声がユキトの足元から聞こえてきた。

 再び寒気を感じたユキトは、その声から離れるようにベッドから飛び降りた。

 降りた時、視界の端に映る光景にユキトは思わず目を見開いた。

 床から橙の髪が出てきたと思えばそこから頭、胴体、そして足までヒョイと出て、1人の少年が飛び出してきた。

 少年はユキトの警戒振りを見て慌てた様子で後退りした。



 「わ、わわ。すいません、分かる人だったんですね。ごめんなさい……」



 「え……えーっと」



 「あれ、コールさん、何か用ですか?」



 「えぇ⁉︎」



 ネルの口にしたコール、という名前を聞いて、ユキトは思わず声を上げた。



 「も、もしかしてこの人が……」



 「あ、そういえば初対面だったんですよね。そうです、この人が特務部隊のエースのコールさんです」



 「あ、よろしくお願いします」



 「え……えぇ……」



 ニコニコと少年の無垢な笑顔を見せるコールを前に、ユキトは暫く口を開くことが出来なかった。


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