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第1話 クトゥルフ・ミス・ワールド

 「なぁ、幸人。お前また女振ったんだって?」



 放課後、高校生三谷幸人は友人と家路を辿っていた。


 

 「だって、こっちが顔見たこともない女子だぜ、話したことも無い人からいきなり付き合いたいって言われてもな……」



 「お、お前D組のマドンナの高橋さんだぞ! よくも顔知らないなんて言えるな」



 「知らないものは知らないんだよ、同じクラスの人間の顔だって覚えきれてないのに他のクラスのやつの顔なんて覚えてられるか」



 「かー、いいよなモテる男はよぉ。探さなくてもあっちからくるんだからな」



 「そんなんじゃねぇよ。大体アレだから、JKが彼氏見つけようとするのは本当に付き合いたいからじゃ無いから、彼氏ってステータス持ちたいだけだから」



 「JKになんの恨みがあるんだよ……はぁ、まぁでもそりゃモテるよな。良物件だもんな」



 「いやいやいや、よく見たら意外に荒屋だったりするぞ」



 「いや、今日体育のバスケでスリーポイント4回も決めたじゃねぇか、やっぱスポーツ出来る奴はカッコよく映るもんだ」



 「その日の夜なんか凄い調子乗っちゃってスラム○ンクのアニメ徹夜で見て寝覚め最悪だったけど」



 「……この間のテニスでも大体圧勝で『まだまだだね』とか言ってたじゃないか」



 「その日の夜になんであんな事言っちゃったんだろうって恥ずかしくてテニスの○子様徹夜で見たけどなんであいつら試合中に血流してるの」



 「……そういえばサッカーでも活躍してたじゃねぇか、ほら、クラスで運動できない奴に『サッカーやろうぜ』って言った姿は流石だなぁと思ったよ」



 「その日の夜……俺の親戚の爺ちゃんが死んじゃったんだ」



 「いやそれもう関係ないだろ‼︎ ていうかテニスで恥ずかしい事あってテニスの○子様徹夜で見る経緯が分かんねぇよ‼︎」



 「いや徹夜で見たのはスラム○ンクな、テニスの○子様はなんで試合中に血を流すのか気になっただけ、あとイナズマ○レブンは化身を出すようになってから見なくなった」



 「イナズマ○レブン関係ねーだろ‼︎ てかお前適当にそのスポーツに代表される漫画の話したいだけだろ」



 「違いますー、キャプテン○の体型がおかしく見えるのは遠近法のせいですー、ドラ○もんの体型よく見てから文句言って下さいー」



 「なんの話をしてんだよ‼︎‼︎」



 ふと用事を思い出した幸人は腕時計をチラリと見ると、それを確認するや否や友人を置き去りにして走り出した。



 「あ、もうこんな時間だ、じゃ俺急がなきゃ。バイバイキン〜」



 「ちょっと待て‼︎ ったく、毎度毎度友人を置いて帰りやがって、一体何があるってんだよ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ただいまー!」



 「あ、お帰りお兄ちゃん」



 幸人はいつものように玄関に来た妹を抱きしめて、今日もただいまの抱擁を交わした。



 「雪音、ちゃんと勉強してたか〜?」



 「うん、広義重積分を今日は勉強したよ」



 「んんー? お兄ちゃん雪音まだ小6くらいだと思ってたんだけどな〜。まぁ、お兄ちゃんもつるかめ算やった後広義重積分教えられた気がするから良いか。偉いぞ偉いぞー」



 「うん、ありがとう」



 幸人の愛撫を柔かに微笑んで受けるのは幸人の妹、三谷雪音。

 他人と全く交流が出来ず、幸人以外とは話せない為、小学校には殆ど行かないで自宅での学習を中心としている。


 

 「そうだ、お兄ちゃん今日は雪音の大好きなオムライス作ってやるから、楽しみにしててな」



 「本当? 嬉しいな」



 「じゃあ、お兄ちゃんはそれまで部屋で勉強してるからな」



 「うん、待ってるよ」



 長い抱擁を終えた後、幸人はゆっくりと自室へと入っていった。

 三谷幸人、彼には趣味があった。

 それは大方学校から帰って来た瞬間に始まり、夜眠るまでの間、食事や風呂以外に中断される事なく続く。

 幸人の生きる意味とさえ言える趣味である。



 「うぉら! くたばれゴルァ! くたばれ!

 うおっシャァァァ! ザマァミロ雑魚がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 コントローラーを一頻り叩いた後幸人は勝利の愉悦に浸った。



 「ふぅ、今日もいい汗流したな、お互いがお互いを高めあえたいい試合だった」



 オンライン格闘ゲームのキャンペーン最終日。

 爆速で順位を上げ1位を勝ち取った幸人は、机の上の単語帳を取り上げると、そこに書いてあるありとあらゆるゲームのキャンペーンを札束を数える様に確認し始めた。



 「このゲーム1位……こいつも1位……これも……これも…………ハイ‼︎ 今週も全部1位‼︎ これで俺は無敵じゃぁぁぁぁ‼︎‼︎」



 雪音の勉強の妨げにならないように小声で喜びの言葉を呟いた幸人は、再び机に腰掛けて思った。

 飽きた。



 「はぁ、もうオンラインゲームやり尽くしちまったな。このゲームだってキャンペーン1位もう十連続だし、モン○ンもハンターランク999までいっちゃったし、CS○に至ってはサービス終了しちゃったし」



 幸人はため息をついてネットゲームを探す旅を始めた。

 しかし、大手のゲームを探してもゲーマーの幸人の見たことのないゲームなど見つかることはない。

 といって小規模のものを探そうにも、世界でプレイヤーが4人しかいない謎の動物ゲームなどといった意味不明のものしか見つかることはなかった。



 「雪音とゲームがある間は俺の人生全てにおいて充実してたんだけどなぁ、やっぱり彼女でも作ろうかなぁ、いや、雪音を放っておくなんてイカロスが赤い羽募金の羽集めて空飛ぶくらいありえない話だしなぁ」



 今日もまた惚けた様にネットをつらつら見て、終わってしまうのだろう。

 そう思うと途端に幸人は虚しくなってしまった。

 次のページで最後にしよう、そう思った幸人は次のページを開き、目ぼしいものがないことを確認した後、次のページで最後にしようと思い、次のページを開いた。



 気がつけば夕食の時間を過ぎていた。

 完全に時間を無駄に過ごしてしまった幸人はなんとも言えない喪失感を背にトボトボと夕食を作りにキッチンに向かった。



 「ごめん雪音、遅れちゃった、今から作るから……」



 キッチンに入ると、そこにはエプロンを纏った雪音が既に料理の支度をしていた。



 「あっ、お兄ちゃん。ごめん、てっきりお兄ちゃん疲れて寝てると思ったから私が代わりに作っちゃった」



 妹の自分を思ってくれている姿を見て、胸に込み上げる底知れぬ充足感を感じ、幸人はみるみる元気を取り戻した。



 「いや、ありがとう。お兄ちゃんいい妹を持って嬉しいなぁ」



 「えへへ、もう少しで出来るから待っててね」



 不慣れな料理に懸命に取り組む妹の姿を見て和かに口角を吊り上げながら、幸人は完成を待った。



 「はい、出来たよ」



 幸人の目の前に皿いっぱいの野菜炒めが運ばれて来た。

 色も良く、香りもいい、何より最愛の妹が作ったものということが、幸人の食欲を強く駆り立てた。



 「いっただっきまーす!」



 幸人は箸いっぱいにとった野菜炒めを勢いよく頬張った。



 「…………ゴフッ」



 「どうかな、レシピ通り作ったんだけど」



 「……う、うん、美味しい。美味しすぎて咳き込んじゃったよお兄ちゃん。ゆ、雪音ちゃん、一応聞いとくけど塩胡椒どれくらい入れたの?」



 「え? 小さじ4分の1って書いてあったから……もしかしてダメだった?」



 「いやいやいやいや、もしかしたら大さじと間違って無いかなー、いや、大匙にしてもちょっと味が強いかなーみたいな」



 「こ、これ使ったんだけど」



 雪音は彼女の小さい手からはみ出るほどの大きな半球を持つさじを幸人に見せた。


 

 『kosazi 500g』



 (どこの国の小さじだぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎)



 絶望的な味の濃さにショックを受けた頭を冷静に保とうと思った直後、幸人に謎のさじの鉄槌が下った。



 (え? 何あれ? なんのさじ? どこで買った? つかkosaziって書いてある小さじ無くね⁉︎)



 「ごめん、小さじって書いてあったから……」


 

 「あ、あぁ。雪音は何も悪く無い、悪いのはそのさじだからな……に、にしても、味のインパクトに押されて気づかなかったが、野菜の食感も変な気が……」



 「レ、レタスとモヤシ使ったんだけど」



 雪音の手の上で今度は緑色の触覚の生えた一つ目の生物達が蠢いていた。



 (どこの星のだぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎)



 もはや異界の者としか思えない生物達の姿は幸人の精神に追い討ちをかけた。



 (ナニあれ? ヤダあれ? 最近のスーパーにはあんなのが売ってるの? もしかして俺の中のモヤシとレタスが間違ってるの⁉︎)



 「うっ、それ見たらなんか味がまた口中に回ってきた。そ、そういえば味が強いにしても塩胡椒と少し違う様な気が……」



 「ご、ごめん。塩も胡椒も見つけられなくて、かわりに味がつけられるものなら良いかと思って」



 『味覇』



 (味覇かよぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎)



 バタッ……



 「お、お兄ちゃん! しっかりして!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「ごめんなさい、結局お兄ちゃんに作らせちゃって」


 

 「いいんだ……俺が遅れたのが悪いんだから……ハハッ……」



 (も、もう雪音に料理させない様にしっかり夕食の時間は守らねば……)



 「美味しい! やっぱりお兄ちゃんのオムライスが一番好き」



 雪音のオムライスで膨れた頬と笑顔を見て、幸人も思わず微笑みを溢した。



 「また今度、作ってやるからな」



 「うん、お願い」

 


 そう言って雪音の頭を撫でていると、幸人は欠伸をひとつして今日は早く寝ようと思った。



 「雪音、お兄ちゃん先にお風呂入るな」



 「うん、食べ終わったらお皿洗いしとくね」



 席を立った幸人は、着替えを部屋に取りにいった。



 「やれやれ、今日くらい徹夜しないで早く寝るとしますか」



 寝着を手に取って部屋を出ようとした時、幸人はPC画面に見たことのない画像が出ていることに気がついた。



 「なんだこれ、さっきまでこんなページ開いて無かった筈なんだけどな」



 『クトゥルフ・ミス・ワールド』



 「どうやらゲームみたいだけど、聞いたことないな。ゲーム説明も無し……こういうのは大体小規模の謎ゲーと相場が決まってるもんだが……これも何かの縁だな。えっと、あ、起動方法は流石に書いてあるか、えっと……VR機器が必要なのか……」



 風呂に入る前に起動くらいしてみようかと思い、幸人は手際よく準備を整えた。

 顔にはVRゴーグル、手にはVRグローブ、PCゲームではまるで体験したことのない装備に幸人は心を躍らせていた。



 「よし、準備完了! いざ、クトゥ……ク、トゥ……」



 『login開始』



 「あ、待って! まだアタスの決め台詞言い終わって……」



 ヒュン



 瞬きの後、幸人は激流の中にいた。

 情報の激流、数字や画像、動画や音声が上から下へ破竹の勢いで幸人を流していった。



 (なんだこの始まり方。これはもしかしたら当たりなのでは?)



 『意識を転送します』



 「おおっ、良いね良いね。そういう始まりベタだけど好きだよ」



 『肉体を転送します』



 「うんうん、こりゃゲームに身体の芯まで溶け込めそうだ」



 『ようこそ、クトゥルフ・ミス・ワールドへ』



 最高の視覚演出、最高のオープニング、幸人はこのゲームが神ゲーである事を確信していた、そして。



 (この流れを維持するならばきっと)



 幸人の中に流れる確かな予感。

 目を開けると幸人が次に見たのは青空と高い太陽だった。

 どうやら仰向けに寝ているらしい。

 視界の端に見える壁や屋根、地面にかかる一筋の影。

 幸人はここが街の路地裏である事を理解し、そして確信した。



 (来た! 恐らくこのゲームは俺の好きな冒険RPG風ゲーム。そして、このスピーディーな流れのまま街始まり。つまり、このスピード感を損なう前にイベントが来る!)



 幸人は上体を勢いよく起こし、目を見開いた。



 (そう! 盗賊か魔物に襲われて、助けを求める少女!)



 次の瞬間、幸人は確かに目にした。

 幸人の股間に顔面を密着させる倒れた青年の姿を。



 「なぁんでぇぇぇぇぇぇぇ‼‼︎‼︎︎」

 

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