外伝:アクアーリィとの出会い
先日からアルシェとの模擬戦に向けて、
俺はアスペラルダ王城に缶詰状態で戦闘訓練に勤しんでいた。
各種武器相手に不足無く戦えるようにと、
新米兵士の中でもいろんな武器が一通り扱える、
ポルトー=サンクスから近接戦闘の指南を受け、
魔法技術については以前よりアルシェに教鞭を振るっていた、
セリア=シルフェイド先生から基礎から教えてもらっている。
当然俺の世界にある魔法とは黒魔術とか一般的にはインチキ臭い代物ばかりだが、
この世界の魔法は本物なので、
全く知らない当たり前の事を1から教えてもらわなければならなかった。
そして俺は集中訓練前から興味を持っていた[精霊]との契約をすべく、
今はダンジョンの中に座り込んでいる。
曰く、精霊と契約するにはまず対話が必要で、
話が出来るような精霊はある程度まで育っているので人里にはいないらしい。
町などにいる精霊と言えば、
いま冒険者の間で話題の浮遊精霊くらいなもので、
そいつらは好みの魔力を持つ冒険者に纏わりついて、
致命傷を負いづらくなる代わりに、
纏っている冒険者の魔力を食べていく。
「とはいえ、思いつくのなんてありきたりな物だよなぁ」
セリア先生から思いつく限りの浮遊精霊に関する話を聞き出し、
浮遊精霊とは何か?どういう事まで出来るのか?
成長についても気になったことは確認した。
結局、魔法の知識も疎い俺に出来る事なんて誰でも思いつくような方法で、
何かを媒体にして浮遊精霊の成長を促進させる事だった。
ポ○モンだって元祖の頃から石で成長できるんだから、
この世界の不思議生物である浮遊精霊も成長できるんじゃないかな?
そんな安易な考えとセリア先生から聞いた話を統合すると、
1.成長するには魔力が必要。
2.その魔力も属性が合わないと意味が無い。
3.普通は精霊が消化して成長する必要があるが、
もしも外からの供給が確立出来ればもしかするかもしれない。
つまり浮遊精霊が大精霊へと成長する課程は、
人間の赤子が大人になる課程と同じなのだ。
食料が魔力に取り代わっているだけと考えたが、
決定的な違いは受肉していない精神生命体という部分だ。
アルシェは加護のおかげもあり、
認識できているようだが、
俺は全くと言って浮遊精霊の[ふ]の字も感じないし見えない。
だがだがしかしだがしかし。もしも、もしもだ・・・。
PCのHDのように外付けで成長に必要な魔力を用意出来たら、
話が出来るまで浮遊精霊も成長出来るかも知れないと思わないか?
訓練もあるので、
あまり時間を掛けるわけにも行かず、
毎日およそ1時間程度の座り込みを敢行して今日で3日目。
そろそろ誰か引っかかってくれないかなぁ・・・。
そんな雑念を抱いていたその時、浮遊精霊が接触してきたのか、
手の中に転がる核が瞬く様に強く輝き、
水が手元の核へと集まったかと思うとそれらは卵の様な形に定着した。
「いきなり来たかと思ったら何かする間もなく閉じこもるとは・・」
今日の座り込み10分ほどで浮遊精霊が接触をしてきてくれた。
これは良い土産話が出来たと考えたが、
いつまで経っても卵は孵らなかった。
「え、ちょ、マジでか?時間も限られてるんだぞ?
動かして良いのか?どれくらい掛かるもんなのこれ?」
慌てふためきながらも俺には待つことしか出来ないので、
近づいてくるゾンビやスライムを切り捨てつつ待つこと30分。
残り時間には城までの片道分の時間も含まれるので、
すでに40分経っている今の時間は正直焦るのである。
遅れるとチームに迷惑が掛かるし、
セリア先生はもちろんのことポルトーにまで怒られてしまう。
焦れる俺のことなど気にせずマイペースな水の卵は、
ようやく孵化を始めた。
「おぉ・・・」
上部の水が徐々に水位を下げていくように、
殻が破られていくと、浮遊精霊が人のような姿を取っている様子が分かった。
頭から水で出来た髪、顔、身体に衣服も・・。
何もかもが水で出来ており、正しく精霊と言われれば納得のいく姿を俺の前に現したのだった。
全身を晒した水精霊は、
目を閉じたまま棒立ちしていて、
卵の膜が完全に消えるとゆっくり下降してきた。
慌てて両手で受け止めると微かな重みを感じさせる重量感と、
その小ささに不安すら覚える。
しかし、俺の手の中には確かに精霊がいるのだ。
この感動をどう言葉にすればいいのかわからないくらい、
今の俺は興奮していた。
やがて、小さな水精霊はゆっくりと大きな瞳を開くと、
俺の顔をじぃ~と見つめた末に口を開いた。
『だ~れ?』
「え、えぇ~と・・俺は水無月宗八って言う。
お前、名前は?」
『???』
どことなくアルシェに似た容姿と格好をした水精が発した言葉は、
全く予想していなかったレベルで幼い印象を刻みつける舌っ足らずであった。
一応、戸惑いながらも名乗る俺に対して、
こちらが問いた水精自身の名前には答えずに不思議そうな顔をして顔を傾ける。
コテンと手の平サイズの水精が首を傾げる様子は半端なく可愛かった。
「もしかして、浮遊精霊って名前がないのか?」
『ん~?なまえってな~に?』
あ、こりゃ俺の名乗りもよく分かってない感じだな。
知っている精霊がセリア先生だけなのだが、
それにしても比べようもないくらい幼すぎる・・・。
「名前っていうのは君を呼ぶときの言葉だ。言葉ってわかるか?」
『これ~?』
「そそ、俺は水無月宗八。言ってみな」
『みなづき・・そうはち?』
「うんうん、上手だな」
『えへへ~』
ここまでは詳しく聞いてないけど、
おそらくは産まれたばかりの浮遊精霊が興味本位で核に触れて進化しちゃった感じかな?
『あれ~?きえちゃうよ~?』
「は?」
水精の言葉に慌てて手の中の小さな身体を確認すると、
確かにだんだんと透けてきているのがわかった。
「ちょちょちょ、待ってくれ。すぐに次を用意するからまた核に触ってくれ!」
『ん~?わかった~』
名前も与える間もなく進化したばかりの水精は再び浮遊精霊へと戻ってしまった。
原因はよくわからないけど、
使用していた核はまだの手の中に転がっており、
わかるのは魔力がすっからかんになっている事くらいだ。
「MP半分使ってんだぞぉ~。数分でなくなるのかぁ?」
どこからどこまでにどれだけ使っていたのかよくわからないけど、
初の試みだしセリア先生に聞いても、
ある程度成長して言葉を話せないと契約が出来るかどうかもわからないと聞いている。
つまり、こうやって浮遊精霊の状態から契約を目指す俺の試みは異世界初だと言うことだ。
再び慣れない魔力を込める作業に入り、
3分ほどで魔力を込め終わると、
すぐさま先ほどの浮遊精霊は核に触れて来て、
消えた時の姿を取り戻した。
「ほっ、良かった。また身体の構成から始まるかと思った・・」
『みなづきそうはち~、なまえ~』
名前?あぁ、こいつの名前って事かな?
まぁ予想通りならこの水精は親という存在がいないので、
名前も無い状態ということか。
その辺もセリア先生にしっかりと聞いておけば良かったな。
名前・・・名前かぁ。
俺はゲームのキャラの名前を決めていいと言われてもかなり悩むからなぁ。
主人公の名前だけとかヒロインまでなら候補がないわけではないけど、
他の仲間までに範囲が広がると1人につき1時間は悩むのだ。
頭の中ではいくつもの候補が浮かんでは消えていく。
水・・・アクア・・・ウォーター・・スプラッシュ・・スプリンクラー・・マーキュリー・・・。
そして、俺は考えるのを止めた。
「よし、お前の名前はアクアーリィだ。
アクアでもいいけどオリジナリティも込めてアクアーリィだ」
『あくあーりぃ・・あくあーりぃ。あくあーりぃ!!』
「そうだぞ。相性はアクアだ」
『あくあ!あくあ~!』
名前が付けられた事がよほど嬉しいのか、
アクアと名付けた水精は俺の手元から飛び立って近場をぐるぐると飛び回る。
ここでやっとこさスタート地点に立てたので、
ここから交渉してこの小さな水精と契約を交わす必要がある。
そして時間は完全に過ぎてしまっており、
俺が怒られるのは確実なので、
もう開き直ってこの精霊との親交を深めることに集中しよう!
「アクア、こっちにおいで」
『な~に?』
「今度は身体は大丈夫か?」
『ん~?いまもなにかがぬけてるきはするよ~?』
マジか・・・じゃあ契約以前に何かが足りないって事か?
先にそっちを改善しないと落ち着いて話しもできないじゃないか・・。
「アクア、どこから抜けてる気がする?」
『えっとね~、ぜんしんからだけどね~、特にむn・・』
会話途中で姿を消してしまうアクアがいた場所から、
残された核が中空から地面に落ちるのを慌てて受け止める。
こんな間隔でMPを消費したんじゃ俺の意識が持たねぇわ!
インベントリから念の為用意していたマナポーションを取り出して口に含む。
ゴクゴクと喉に流し込みながらアクアの最後の言葉を思い起こす。
むnって事は胸かな?
集中して抜けているってことはやっぱり原因としては核だろうなぁ。
核に魔力を流し込むのは厳密には魔法とは言わないと思うんだけど、
もし魔法カテゴリと仮定するなら、
この強制進化方法にも詠唱というものが必要なのかも知れない。
それがないからアクアに飲まれた後から魔力が加速度的に消費されてしまったと考えられる。
詠唱か・・・これって俺が考えないといけないのか?
格好いい技名とかいうのは友達とゲームをするときにやっちゃったりするけど、
流石に魔法の詠唱はテンションだけで乗り越えられる部類を軽く超えちゃっているし、なによりこの詠唱分を俺が考えなきゃならないのが辛すぎる。
あぁいうのは、おおよそ恥ずかしい厨二心満載の文脈をしているから、
考えるだけでも一苦労だ。
これで何度目かわからない、魔力を込め始めながら、
頭の片隅では詠唱の文脈を構成していく。
基本構成はどこぞの詠唱をパクって、語感で蒼天をキーワードに、
水氷系ってことだから氷っぽいのも含めて・・・。
「ゴホンッ!
え~と、《氷質を宿した大気を集め、いま一時の雫と成りて、我が元に来よ!
蒼天を穿て!精霊加階!呼よ!アクアーリィ!!》」
恥ずかしさでどこかに逃げ出したい気持ちを抑え込みながら、
考え抜いた苦し紛れの詠唱を最後まで唱える。
いまの俺の顔は大変真っ赤になっていることだろう。
ここまで恥ずかしいと感じたのは、
前髪を切るのを失敗してバイト先の先輩からパッツンだねと言われた時以来だ!
俺の恥ずかしい厨二詠唱に反応したのか、
魔力の込もったスライムの核は一瞬だけ青系統の光を瞬かせ、
その光から目を反らした隙にアクアが核に接触をしてくる。
先ほどと同じ進化が目の前で行われたが、
特に変わった様子は見受けられなかった。
「どうだ、アクア?」
『ちょっとまってね~・・・うん!だいじょう~ぶだよ~』
ぐっぱぐっぱと両手を握ったり開いたり、
胸元に手を当てて核の様子を伺ったりと確認を行ったアクアから、
魔力が漏れていく感覚はないと、合格のお言葉を頂くことが出来た。
「はぁ~、やっとかぁ~。
まさかそんな落とし穴があるとは思ってなかったから、
マナポーションも1本しか持ってきてなかったんだ」
『よかったねぇ~、みなづきそうはちぃ~』
自己紹介をして名前という概念を理解してからというもの、
ずっとフルネーム呼びの水精アクアーリィ。
とりあえず話し合いも出来る時間が確保できるようになったので、
そろそろ本題の契約について交渉に入りたいところだ。
「さてと、アクアーリィさん」
『な~に?みなづきそうはちぃ~』
「君を進化させたのには目的があってね、
もしよければ俺と契約をしてみないかね?」
『・・・けーやく?』
あぁ、そっかそっか。
そうだよね、名前の概念も理解してないくらい幼ければそりゃわからんわな。
目の前の精霊が大人であれば、契約しよう→OK!
と二つ返事をいただけたのだろうが、
実際、契約という概念を言葉にして説明しろと言われるとなんと表現すべきなんだろうな・・・。
『みなづきそうはちぃ?どっかいたい~?』
あぐらを掻いて膝に肘を立てて、
その上に顎を乗っけながら悩む俺の様子を心配そうにのぞき込むアクア。
う~ん可愛いなぁ。孫に欲しい・・(切実)
俺はおもむろにアクアに指を寄せていき、
伸ばした人差し指の側面をアクアの頬へと当てると、
ビクッとしたかと思ったら目を閉じて『ぶえぇ~』みたいな顔をしだした。
その間の身体はというと、
ピクピクと小刻みに動いていた。
「俺が怖いか?」
『わがんにゃい~』
怖いがわからないのか、
それとも怖いのかどうかがわからないという意味なのか・・。
どちらにしろこの娘を進化させてしまった手前、
じゃあ理解の出来る精霊とチェンジね!と言えるほど俺も人でなしではない。
この娘と出会ったのも運命というものだろう。
何も知らない子供と言うことは、
逆に考えれば教えれば教えるほど、
スポンジのように覚えられる可能性が高いと言うことだ。
「なら、いつまでの付き合いになるかはわからないけど・・・、
一緒に成長していくってのもいいかもしれないな・・・」
『ぶえぇ~』
指を当ててからずっと硬直状態のアクアへ俺の思いを投げる。
「アクア、よく聞いてくれ」
『ぶえ?』
「・・・家族になろう、アクア。
お前はまだ産まれたばかりでこの世界をよく知らないらしい。
それは俺も一緒なんだ。
だから、一緒にこの世界を見て回らないか?」
『・・・・』
「俺はアクアを大事にすることを誓おう。
でも、戦闘に関してはまだまだ覚束ないからそこはアクアに助けてもらいたい。
わかるか?」
指をゆっくりとアクアの頬から離すと、
硬直していた身体もリラックスするかのように力が抜けていく。
しかし、硬直中も話はちゃんと聞いていたみたいで、
俺の顔を見つめたまま口を開く。
『うんう、よくわかんない。
でもね、なんだろう~?
あくあね、みなづきそうはちのことね、
きらいじゃないよ~』
怖がっていたくせによく言うわ。
「ダンジョンから一緒に出てくれるか?」
『いいよ~』
「これから一緒にいてくれるか?」
『いいよ~』
「一緒に戦ってくれるか?」
『いいよ~』
「俺と契約してくれるか?」
『いいよ~・・あれ?』
若干お馬鹿な印象も受けるが、そこも愛嬌に見えてくる水精に手の平を向ける。
首を傾げながらも俺の手の平へと真似をして片手を重ねるアクア。
「俺が喋った言葉をそのまま真似て言ってくれ」
『・・・あい!』
舌っ足らずが相まって、
はい!も陸に言えないアクアに苦笑しながらも、
頭の中はスッキリしており、
まるで初めて変身する魔法少女のように契約の詠唱が頭に浮かんでくる。
「《異世界人足る我が乞う・・》」
周辺に漂う魔力が集まっていき、
目には見えないけれど俺とアクアを包んでいくのを感じる。
「《力足りぬ我にアクアーリィとの契りを許し給え・・・》」
やがて集まった魔力は光の柱を形成していき、
色も半透明ながら水色と青がマーブル模様に色づいていく。
「《その身その体は彼の為に・・・》」
『《その身その体は彼の為に・・・》』
俺の真似をして舌っ足らずが姿を隠したアクアの詠唱。
その声は決して大きくはなかったはずなのにダンジョンへの響いていく。
その言葉を皮切りにムラのあった魔力と青系統の光の柱はギュッと凝縮し、
その姿は蕾を彷彿とさせた。
「『《共に歩まん!精霊契約!》』」
この瞬間、契約が成立した事を証明するかのように、
蕾の形をしていた魔力の膜が咲き乱れ、
大輪の花がダンジョンの一角に咲き誇った。