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異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ  作者: 長串望
第五章 ファントム・ペイン

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第五話 鉄砲百合と凍てついた森

前回のあらすじ

一体リリオはどこにいるというのか。

前後の脈絡がぶった切られた森の中を彷徨うのだった。

 寒い。

 とにかく寒かった。


 ふらつく頭を押さえて、リリオとウルウの姿を探して森の中を歩き始めてしばらく、あたしは早くも遭難し始めていた。

 慣れない森だからどうとか、そういうことじゃない。

 三等とはいえ辺境の武装女中がその程度のことで迷ったりは許されないわ。

 でもほんと、そういうことじゃないの。


 雪。

 雪が、降ってきたのよ。


 なんだか肌寒いなと思っていたら、気づけば雪がちらつき始め、そんな馬鹿なと思っているうちにやがては吹雪きはじめ、いまや視界は真っ白に凍り付き、木々の陰で休むことさえ困難な始末だ。


 秋だからキノコ狩りに行こうってことじゃなかったの?

 これじゃあまるで冬よ。それも、北部の優しい冬じゃない。辺境の人を殺すためにあるような冬よ。


 おかしい。

 何がって、何もかもがおかしい。


 パフィストの奴は何て言ってたっけ。

 ここは迷わずの森、どんな阿呆でも迷わず逃げる森、だっけ?


 こんな出鱈目な森なら、確かにどんな阿呆だって逃げることでしょうよ。

 辺境の鋭い冬に、北部の連中が立ち向かえるとは思えないし。


 いくらあたしが武装女中で、もしもの時のために備えを欠かしていないとはいえ、さすがに秋の内から冬の装備を《自在蔵(ポスタープロ)》にしまい込んでおく、なんてことはしていない。

 備えは大事だ。でも無駄に備えておくことはまるで意味がない。いや、今回は備えておけば意味があったんでしょうけど、誰がキノコ狩りの最中に吹雪に襲われるなんて思うのよ。


 ああ、もう、くそっ。


 とにかく、こうなっちゃったらうろつきまわっても仕方がない。

 体力を消耗する一方だ。


 どこか、雪風の来ないところで休まないと。

 と言ってもそんなところ、見渡す限りありはしない。

 ないならどうするか。


「はー……まさか北部で雪洞(イグロ)作る羽目になるなんて」


 《自在蔵(ポスタープロ)》から、用足し用の穴を掘ったり、敵の頭をかち割ったりするために、冒険屋ならみんな一本は持っている円匙ショベリロを取り出して、雪を集めて積み上げ始める。

 もっとしっかり固まった雪だと、切り出して煉瓦のようにできるけど、いくら瞬く間に積もったドカ雪とはいえ、これは柔らかい雪だ。ぎゅうぎゅうと押し固めてやらなければ使い物にならない。


 私は無心に雪を積んでは押し固めて小山を作り、横穴を掘って内部を掘り広げた。息が詰まらないように天井に空気穴をあけ、足元の雪をなるべく地表が出るまで掘って、毛布を敷く。布や着替えを壁紙のように壁に貼りあてていく。さあ、これで寒気も少しはましになるはずだ。


 即席とはいえ、一人でやったにしては立派な出来の雪洞(イグロ)じゃあなあかろうかとは思う。

 しかし雪洞(イグロ)を作って満足しているわけにもいかない。

 確かに雪洞(イグロ)の中は外より断然温かいが、それは比べてみればの話だ。

 運動して汗をかいた体は、冷たい外気にどんどん熱を奪われてしまう。


 あたしは《自在蔵(ポスタープロ)》の中身をあさってとにかく着込めるものはすべて着込んで、簡易の竈を作って火を起こした。

 雪洞(イグロ)は雪でできているが、少しの焚火じゃ溶け落ちたりはしない。一晩くらいは平気で持つ。


 辺境では冬の野宿と言えばもっぱら雪洞(イグロ)だった。ひと冬の間、誰かが作ってそのまま残していった雪洞(イグロ)を借りることもあったし、自分たちの作った雪洞(イグロ)も同じように誰かに使われることはよくあることだった。


 もっとも、こんなに急な季節の変化に見舞われるなんてのは、さすがの辺境でもありはしなかった。厳しい冬に慣れた辺境だからこそ、しっかりとした準備をしてから挑むものだった。何しろ、準備をしても、それでもなお冬に負ける人々が多いくらいなのだ。


 荷物をあさって小鍋を火にかけて雪を溶かし、暖かいものをこさえることにした。

 身体の内から温めてやらなければいけないし、精のつくものを食べて元気を出さなけりゃいけない。


 こういう危機の時にケチってはいけないと、あたしはとっておきの出汁節(スタンゴ・ブリョーノ)を取り出して、短刀で削って鍋に放り込み、ひと煮立ちさせる。そうするだけでたちまちふわっと力強い香りが立ち上る。

 なんでもうすーくうすく、鉋で削るようにしてやるのがいいらしいけど、あたしは少し厚めに削ってやって、煮込むようにしてやる方が好きだ。


 これは実はリリオにもまだ食べさせたことのないものだったりする。

 なにしろなんかこう、お肉を茹でたり脂を取り除いたり干したりカビをはやしたり、あたしにはよくわかんないんだけどとにかく面倒なことをたくさんして、からっからに乾いた木の棒みたいに乾燥させるっていう手の込んだものだ。

 それも上等な鹿雉(ツェルボファザーノ)の腿肉の、傷のないところを選んで何か月もかけて作った特級の鹿節(スタンゴ・ツェルボ)だ。


 かなりお高かったけれど、前に試してみた時も驚くほど手早く、そして澄んだ旨味が煮出せる上に、からっからに乾いているから随分日持ちして旅にも向く。

 もう少しあたし一人で楽しんで、もとい調理法を試してからお披露目する予定なのだ。


 さて、素晴らしい出汁が出たら、道中採ってきたきのこと、砕いた堅麺麭(ビスクヴィートィ)、それに干し肉を放り込む。後は塩を少しに、これもとっておきの猪醤(アプロ・サウツォ)をちょろっと。出汁がいいから、余計なものを入れなくってもそれだけでいい。


 ウルウなんかは堅麺麭粥(グリアージョ)を食べる度になんとも言えない顔をして、(リーゾ)の粥が食べたいって言うんだけど、でも(リーゾ)は北部にはあんまり出回らないし、それにそもそもあんまり美味しいとも思えない。

 いつも死んだ目をしてるウルウが、(リーゾ)が古いからだとか炊き方がどうのとか珍しく熱弁をふるっていたので、ちょっと気になってはいるんだけど、何分、西の料理には詳しくない。


 リリオも美味しいのなら食べてみたいらしいから、そのうちメザーガの伝手でいい(リーゾ)が手に入らないものかと思ってるんだけど、なんて考えているうちにいい具合に仕上がったので、鍋を火からおろして、なべ底を雪にあてて少し冷まし、抱え込むようにしてふうふうと鍋から直接すくう。

 すこし行儀が悪いが、熱は少しでも無駄にしたくない。


 はふはふとアツアツの堅麺麭粥(グリアージョ)を食べ終え、まだ()()()小鍋を抱えたまま、あたしはさてどうしたものかと、竈の火を眺めた。


 腹も満ちてあったかくて、こうなると寝たくなるのが人間というものだけど、雪の中で寝るのは少々危険だ。

 火も焚いているし、もこもこに着太りしているし、雪洞(イグロ)ってのは一晩休むくらいは大丈夫なように備えができてようやく雪洞(イグロ)と呼んでいいのだ。


 それでもあたしは、一人きりで寝る気にはなれなかった。

 人間は眠っている時ほど体が冷える。体が冷え切れば血が凍え、血が凍えちゃうと臓腑が固まり、そうしてやがて死に至る。  

 それで、死ぬとどうなるかって言うのは、あたしは知らない。

 冥府の神のもとで安らかな眠りに就くとかなんとか神官は言うけれど、それが本当かどうか試した奴はそうそういない。


 でも、死ぬ手前ってのはよく知っている。

 余所者のあたしが辺境で育って、暗殺者だったあたしがリリオの世話役になるってのは、それはもう簡単な事じゃなかった。

 鍛錬で死にかけ、しごきで死にかけ、冬の寒さに死にかけ、魔獣たちと戦って死にかけ、リリオにじゃれつかれて死にかけ、とにかくあたしは死の寸前まであまりにお手軽に追い込まれた。


 死ぬってのは、とても()()んだ。


 放っておかれたらそのまま本当に死んじゃう。誰かが熱を分けてやらなけりゃ、人は簡単に死んじゃう。

 あたしはその都度誰かが熱を分けてくれたから、今もこうして生きている。

 でもいつもいつでも都合よく熱を分けてくれる誰かがいるわけじゃないし、いつもいつまでも甘やかして熱を分けてくれる日々が続くわけじゃない。


 いつか見捨てられたら、あたしは分けてもらえる熱もなく、今度こそ本当におっ死ぬ。

 そうだ。

 死ぬってのは、とてもとても寒いんだ。

 見捨てられたら、見限られたら、あたしは寒い寒い冬の中に一人置き去りにされて、きっと凍えて死んじゃうんだ。


 だからあたしは、一人じゃ目を閉じられない。

 雪の壁一枚隔てた先でごうごうと笑う吹雪が恐ろしい。


 ひとりぼっちが、こわいんだ。

用語解説


雪洞(イグロ)

 いわゆるかまくら。イヌイットのイグルーのようなものから、雪を積み上げて掘るかまくらのようなものまで。辺境では冬場によくつくられる。


円匙(ショベリロ)

 いわゆるシャベル、スコップの類。日本ではシャベルとスコップの違いは土地によって違うが、円匙(ショベリロ)は大型のものも小型のものも含んだ総称。

 塹壕で一番人を殺した武器でもあるとかなんとか。


出汁節(スタンゴ・ブリョーノ)

 鰹節など、硬い棒状に加工された、出汁をとるための食品の総称。

 西部発祥の食品。


鹿節(スタンゴ・ツェルボ)

 もともと魚類を加工して作られていた出汁節(スタンゴ・ブリョーノ)を、鹿肉を加工して作ったもの。ここでは特に鹿雉(ツェルボファザーノ)のもの。

 時間もかかり数も出回らないため高級ではあるが、日持ちするし嵩張らないし手軽だし人も殴り殺せるしで冒険屋の間でひそかにはやり始めている。


猪醤(アプロ・サウツォ)

 肉醤(ヴィアンド・サウツォ)の一種で、ここでは角猪(コルナプロ)を用いた調味料。

 肉、肝臓、心臓をすりおろしたものを塩漬けにして、発酵・熟成をさせたもの。酵素によってたんぱく質がアミノ酸に分解され、力強い旨味を醸し出す。



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