10日前! 亡霊とインタビュー
異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ
書籍第①巻発売まであと《10日》!
「ドーモ、ドーモ、恐縮です!」
胡散臭い、というのがひとの形をしたらこんな感じになると思う。
ひと、というか、天狗だったけど。
天狗。風の神エテルナユヌーロの従属種であり、羽毛や手足、その飛翔能力は鳥に似ている。代表的な隣人種の一つ。基本的に高慢で、社会に馴染んだいわゆる里天狗にしても、形は変えつつもその性質は消えていないらしい。
「《三輪百合》のお二方! でよろしいですよねえ?」
「ええ、はい、そうですけれど」
「なによあんた」
「ややややや、これは失礼。私、こういうものです」
旅の馬車に揺られる私たちを急襲したその天狗は、並走するように小走りしながら、リリオたちにすっと名刺を手渡した。
姿を隠した私が横から見る限り、上等な紙に、均一な大きさの画一的な文字で印字されていた。
印字に慣れた現代日本人には、これは印刷物なのだ、とすぐに察せられる。
確か、帝都の方には印刷機があるとかいう話だけれど。
「《光画新聞》のトゥヤグラーモと申します」
「ご丁寧にどうも。私はリリオ、こちらはトルンペート」
「《光画新聞》ぁ……なんか聞いたことあるわね」
「帝都の新聞社ですよ、最近出始めた」
「ややややや、ご存じとは、恐縮です。これは自慢ですけれど、新進気鋭の大人気新聞社でございます」
ふふん、と胸を張る仕草は、天狗に慣れているとお馴染みの姿だ。
天狗は形の上では謙遜もするけど、基本的に自分を誇ることに遠慮がない。時に高慢でクソ生意気にさえ見えることもあるけど、それは彼ら彼女らの通常営業らしい。
人族には、っていうか私にも、天狗の男女の区別は全然つかないんだけど。
気づかれていないのをいいことに、私はトゥヤグラーモなる天狗を観察する。リリオたちの視線がチクチク刺さるけど、いつものことなので気にしない。
鱗持つ手に、きらきらとしたチップで飾られたネイル。
肘のあたりまでを覆う黒い飾り羽は、光の角度で深い紫色が差す。一見すると装飾された袖みたいなこの羽で空を飛べるのだから不思議だ。
黒い髪色・羽色は、里天狗ではメジャーな氏族である炯黒だろう。私は勝手にカラスみたいだと思ってる。
活動的に短めに切った髪に、耳元にはじゃらりとピアス。きらりと輝くのは透明度の高い……宝石じゃないな。ガラスかな。帝国ではガラス工芸は下手な宝石より高いこともある。ガラス自体はそこそこ流通してるけど、技術料が高いんだね。これはたぶん割とお高めのやつ。
脚は逆関節……ではないらしいんだけど、みんな逆関節って呼ぶいわゆる鳥みたいな下半身。ハーピーみたいな感じかな。鮮やかな尾羽の伸びる腰あたりから羽毛に覆われ、脛、すね……? まあとにかく足元の方はいわゆる鳥っぽい足が伸びている。
ローファーみたいなのを履いてるように見えるけど、かちかち、かちかち、と硬質な足音は、革靴のそれじゃなくて、爪の音だ。天狗って枝とか掴めるような足の構造してて、それを邪魔しないように、靴底はないんだって。
だからこれは文化的ですよっていうアピールだったり、マナー的なものだったり、お洒落だったりするらしい。天狗はおしゃれ好きなので、装飾メインかも。このローファーもかわいいし。
服装もある意味天狗らしいといえば天狗らしい。
羽毛を邪魔しない半袖のジャケットに、短パンみたいなズボンというのは天狗で割と見るスタイルで、そしてそのあっちこっちにジャラジャラとシルバーのアクセだの光物が並んでいて、若干ごちゃつき感はあるけど、なにか独特の美意識のようなものが感じられる。
西部の天狗は遊牧民であり、財産を持ち運ぶという意味でこんな感じらしいけど、炯黒という氏族は別にそういう理由からではなく、シンプルに光りものが好きで、飾り立てるのが好きなんだとか。
幅広の肩掛けカバンに、角ばった箱型のケースくらいが荷物で、武器らしい武器もない。飛び回るし、魔法が得意らしいから、あんまり武器は持たないと聞くけど。
さて、そんな風に一通り観察して、不審ではあるけど危険も薄そうなので、私はまあいいかなとリリオたちに頷く。私の過保護ムーブにも慣れた二人が、ちょっと呆れたように笑って頷いた。
「ややややや、《三輪百合》は三人組とお聞きしていたんですけどねえ?」
「いるよ」
「ややっ!? ややややや! これは失礼! 気づきませんで……!?」
「いいよ、影が薄い方なんだ」
「そんだけでっかいのに影が薄いは無理があるわよ」
「うっさい」
「そうです! こんなにかわいいんですから!」
「うっさい!」
トゥヤグラーモに姿をさらしてやり、改めて《三輪百合》としてご挨拶。
「三人目、閠だよ。別に数に入れなくてもいいけど」
「いーえ! うちの大事な仲間なんですから!」
「そんで大事な嫁ね」
「それ言う必要ある??」
「ややややや、《三輪百合》は女三人でしっぽり、というのも本当だったんですねえ」
ええい、ブン屋が目を輝かせてしまった。っていうか噂になってるのかそれ。
小走りとはいえ歩きながらじゃいくらなんでも、ということで私たちはトゥヤグラーモを馬車に招き入れた。私たちにとって生活空間でもある馬車は、人族平均程度の大きさのトゥヤグラーモが上がりこんでもそこまで狭くはない。
リリオが一応御者席に座ってるけど、うちの馬こと大熊犬のボイは賢いのである程度は放っておいても大丈夫。
「改めまして、《光画新聞》のトゥヤグラーモと申します。お気軽にトゥーヤーちゃんとお呼びください」
「はい、トゥーヤーちゃん!」
「ややややや、本当にお呼びになるんですねえ」
「そのやり取り心臓に悪いからやめて欲しいなあ」
京都人かこいつ。
まあ、天狗だからなのか、どこかからかうようなところがある。
あまり人族基準でまともにあたると不快になりかねない。天狗と付き合うには、こういうやつなんだなと気軽に構えた方がいい。らしい。
「ところで《光画新聞》ってなに?」
「ややややや、ウルウさんはご存じなかったですか。お恥ずかしい」
「帝都の新聞屋ですよ。印刷機を持ってるだけでなく、寫眞の印刷技術があるということで話題になってるんですよ」
「へえ……」
「ややッ!? は、反応が鈍いですねえ!? あ、寫眞をご存じない?」
「いや、リリオの家でさんざん撮ったっていうか撮られたし……」
「か、金持ち!? いえ、貴族様でしたねえ…………くっ!」
なんか悔しがらせてしまった。
いやまあ、この世界でカメラとか写真とかがまだ一般に普及してないのは知ってる。
リリオの家、というかリリオパパのカメラも高級品で、撮影するのに時間かかるやつだったし。
ただ、私はそのカメラが手のひらに収まるようなスマホに標準搭載されてて、指先ひとつで世界に発信できる世界の人間なので、別に、というか。なんならいまでもスクショ機能で記録のこせるし……。
でもリリオパパのカメラの話をすると、トゥーヤーちゃんは気を取り直したようだった。
「ややっ、同じ寫眞機でも当社のものは最新式! ご覧ください!」
「あら、ちっちゃいわね」
「本当ですねえ。うちのとは違います」
「ああ、小さい方なんだ、これ……」
トゥーヤーちゃんが箱型のケースから取り出したのは、がちゃこんと開くタイプのポラロイドカメラみたいなやつだった。子供のころに見せてもらったことがある。頑張れば片手で持てるサイズ、かな。まあ、リリオパパのやつは三脚立ててしっかり構えないといけないやつだったし、小さいといえば小さい。
「フフン、囀石の技術を取り入れた、なんかよくわかんない仕組みでなんかよくわかんないままいい感じの寫眞が取れる優れモノなのですねえ!」
「ものの見事に何もわかんなかった」
「しかも会社に持っていくと囀石と土蜘蛛の技師による最新技術で、なんかよくわかんないですが新聞に印刷できるのですねえ!」
「自社の自慢の技術をここまであいまいに説明するの逆に才能あるかもしれない」
とにかくすごい自信があるのは確かだった。
根拠が一切理解できてないのにここまで自信満々なのはすごいよ。営業の才能あるんじゃないかな。知らんけど。
「とはいえですね、最新技術はお金がかかるものでして。新進気鋭の大人気! とは申しましても、当社も実際、設立間もなく実績も少ないので、売れる記事をバンバン出していかないといけないんですねえ!」
「ここまで素直なブン屋も珍しいわねえ」
「素直、軽率、逃げ切りが当社の標語ですねえ!」
「やっぱ駄目なブン屋かもしんないわね」
その素直で軽率で逃げ切りが得意らしいブン屋がいうには、いま《光画新聞》では売れ筋企画として新進気鋭の若手の冒険屋を取材して記事にしているらしかった。
冒険屋というのはやくざな商売であり、土地によっては本当にやくざやってる感じでもあるらしく、いささか以上に治安の悪いこの世界でも半分ダークというかならず者予備軍みたいな意識はあるらしい。
しかしそれでも、荒事込みの便利屋さんとして頼りにされているのも確かで、そういう冒険屋の頑張る姿を見える化し、ならず者は排除し、クリーンな冒険屋業界を推進していきたいという国の方針に乗っかったものらしい。補助金も出てるとか。それって報道が政治に……いや、まあ、いいや。
「《三輪百合》のみなさんの活躍は帝都にもちらほら流れてきてましてねえ!」
「ほほう……それはなんだか面映ゆい評価ですね」
「なんでも北部の魔獣を食べ尽くしたので南下してきたとか……!」
「それはなんだかうれしくない評価ですね……!」
「そうでなくとも辺境貴族とブランクハーラの合わせ技リリオさんに、飛竜紋の武装女中トルンペートさん! これは話題になりますとも! ウルウさんはあんまり情報出てないんですけどねえ……」
「だろうね。特にPRはしてないから」
というか私は必要なとき以外は姿消してるしね。
戦闘の時ですら危なくなければずっと馬車から観戦してるし、街中うろつくときも基本的に絶決め込んでるし。あ、でも町に入るときとか、宿取るときとか、手続きとかお金必要なやつはちゃんと姿現すよ。よくないからね。
「ままままま、こうしてお会いできましたし、ウルウさんのことも是非聞いていきたいですねえ!」
「私もいっぱい聞いて欲しいですね! ウルウのかわいいところとか!」
「かっこういいところではないんですねえ?」
「かわいいんです!」
「了解ですねえ!」
「心底やめてもらえる??」
そのようにして、胡散臭い新聞屋《光画新聞》の胡散臭い記者トゥヤグラーモによる、《三輪百合》の独占インタビューが始まるのだった。
用語解説
・《光画新聞》(FotoPlaĉa)
帝都初の写真入り新聞を発行する新進気鋭の新聞社。
写真印刷技術に関しては社主である土蜘蛛と技師の囀石が開発するだけして特許申請してたら、政府の人が来て隅々まで視察されて、政府広報として使おうかどうかという話にまで発展した。しかし「まあ白黒だし画質粗いしな……」などという心底心外なセリフを吐かれてお流れになり、カッとなって「できらあ!」と技術開発の資金繰りもかねて新聞社を設立したという経緯がある。まだカラーはできてない。次に政府の人が来た時のために常に粉砕バットが置いてある。
・トゥヤグラーモ(Tujagramo)
天狗女性。炯黒氏族。黒髪黒羽。
以前は帝都の『雲雀日報』で記者をしていたが、携帯式の手持ち寫眞機の噂を聞きつけて《光画新聞》に移籍した。
一応事実のみを記事にするというモットーはあるが、それはそれとして下世話な話題が好きなのも事実。
・炯黒
天狗の氏族の一つ。
黒髪黒羽が特徴で、里天狗の代表氏族の一つ。
比較的小柄で、指先が比較的器用。光り物を好む。
小回りのきく飛翔能力は優秀で、特に高層建築のある都市部で活躍する。
例によって高慢で、悪戯やからかいを好む。魔法適性が高い。




